26話 踏み出す一歩
人気のない夕方の道、そこで大きな光と闇がぶつかり合う。光は道路のアスファルトを焦がし、闇は近くにあるミラーを黒く塗りつぶした。そんな大きな力を生み出した者が二人、自分の兄と謎のスーツの男。お兄ちゃんが睨めつけるように男を見るのに対し、男はにこやかにお兄ちゃんを見ていた。
男は手を広げながら、お兄ちゃんに語り掛ける。
「おやおや、ようやくご登場ですか」
「やはり俺が狙いか」
「ええ。厳選なる抽選であなたが選ばれたのですよ。『光剣』」
「そうか……、ついに僕の出番か」
「まぁ、運がなかったと思ってくれ」
「それでも簡単に死ぬつもりはない」
「ではお手並み拝見っと!」
最初に動いたのはスーツの男……いや、闇の魔法使い。彼はお兄ちゃんに向かって走り出す。その両手に黒くて丸い塊がそれぞれ握られた。
お兄ちゃんの両手には光輝く塊があった。こちらの形状は剣になっている。
この後は…
ーーーお兄ちゃんが闇の魔法使いの攻撃を右に避けながら、光の剣で薙ぎ払う。
私の頭の中に不思議な感覚が広がる。そしてことは私の思い浮かんだ通りに進んだ。
闇の魔法使いは両手に持っていた黒い塊をお兄ちゃんに投げると、お兄ちゃんは右に避ける。さらに、そのまま剣を構えた。あの構えは金城流剣術の奥義の一つで横に薙ぎ払う剣技。
二の太刀……『五月雨』
お兄ちゃんの一撃が闇の魔法使いを襲った。しかし、その一撃が闇の魔法使いに当たった瞬間、彼の体が黒いモヤになってお兄ちゃんの攻撃がすり抜ける。この時の闇の魔法使いはまだ余裕だった。
……あれ?
何かがおかしい。知らないはずなのに知っている。なにより、大切なことを忘れている気がする。
私の記憶が混乱していく中でも、戦いが終わることはない。
「しかし、君の妹君はいいねぇ。気に入ったよ、特にあのダイヤモンドのような瞳」
「貴様、妹には指一本も触れさせねぇ!」
「兄の意地か。怖い、怖い」
お兄ちゃんは粘り強く闇の魔法使いに接近し、近接戦闘を仕掛けている。お兄ちゃんは剣士だ、近接戦闘に自信があるのだろう。
ーーーいや、そうではない。
そうだ。お兄ちゃんが遠距離で戦わないのはしないのではなく、出来ないのだ。遠距離攻撃は闇の魔法使いの十八番。なら、出来るだけ張り付き、自分が今まで鍛えてきた剣で勝負するのが一番だろう。
「しかし、いい剣筋だね」
「……ッ」
「うん、綺麗すぎる」
「なっ!」
闇の魔法使いはお兄ちゃんの剣がどこにくるか分かるように避け始める。幼き私だけが気づかなかったお兄ちゃんの剣の欠点……いや、限界。それがここに来て現れた。
「君の剣は分かりやすいね。謂わば模範となるような剣だ。とても教師に向いているね」
「……」
「その顔は自分でも感じていたのかな。だが、努力の跡がよくうかがえる。しかし……」
闇の魔法使いが指を鳴らすと、周囲は闇に染まっていく。私はこれから行われる惨殺を知っている……そう、知っているのだ。
……思い出した。
ーーー今なら止められるぞ。
突然、頭の中で聞き覚えのない声が響く。思わず、足がお兄ちゃんのもとへ向かいたくなる。だけど、私は強い意志を持ってその足を止めた。
ーーーいいのかい?彼を救えるぞ
それでも私は動かない。私はこの光景を自分の目で再び刻み付け、また明日を歩んで行かなくてはいけないのだ。思い出すのはレットドラゴンにひるむことなく立ち向かった元勇者の姿。
彼は言動や行動にはあきらめるなんていうものはなかった。しかし、ときより見せる悲しげな顔。茜も言っていたがあの大きな背中も、何度も苦しい思いをして乗り越えていったのだろう。とても私には想像が出来ない。
だからこそ……
私も変わりたいと思ってしまう!!
私はお兄ちゃんの胸に大きな黒い矢が突き刺さる光景を強く目に焼き付けた。
ーーー何で動かなかったんだ?
ここで動けば自分の過去を否定することになるからよ。何より、前に踏み出すために必要だった。
「はっはっは、なるほど。そうきたか」
「魔物?」
突然、目の前の光景が消え、黒いもやが現れる。なんとそこから声も聞こえてきた。私は自分の刀を抜いて警戒する。
「何年も生きてきて珍しい答えを聞けたよ」
「……」
「すまない、まだ名乗っていなかったな。俺はこの刀に蓄積された呪いだ」
「呪いに意思なんてないでしょう」
「お嬢ちゃん、人の意思っていうのはとても大きなもんなんだぜ。何より、無限大の可能性を持っている」
「人の意思……」
「そうだ。まぁ、んなことはどうでもいい。すまんが、嬢ちゃんを試させてもらった」
「試す?」
私は心当たりがなく首を傾げる。
「この刀の持ち主はお嬢ちゃんになる予定なんだろ?お嬢ちゃんも感じている通り、この刀の呪いは凄まじいからな、持ち主には相当な心の強さが必要だ」
「それで私はお眼鏡に叶ったのかしら」
「まぁ、十分だな。しかし、呪いは過去の持ち主たちの意思の集合体。俺みたいな奴だけではないからな、精々飲み込まれないように気をつけることだ」
すると、黒いもやは少しずつ小さくまとまっていく。それはやがて一つの形に収まった。
「刀……」
それは一本の刀。つまり、私はひとまずこの妖刀を扱う資格を得たのだろう。こんなことがあるとは知らなかったが、なんとか認められて良かった。認められなかったと考えると背筋が震えてくる。
私が妖刀を見ていると、空間が崩れていく。
「これで闇の魔法使いがいるところに戻れるのかしら?」
そして私は再び意識を失った。
「会長、良かった!」
「ようやく目覚めたか、妹君」
私が目を覚ますと、そこは先程の空間ではなく、闇の魔法使いであるメランがいる場所だった。
「心配掛けたわね、凛」
「無事でよかったです。本当に……」
私は凛に優しい言葉を掛けると、次にメランを睨んだ。
「一体こんなことをして、何が目的なの?」
「嫌だな、さっきもその子にいったが唯の暇つぶしだよ。一度この妖刀に触れる機会があってね。あとはついでに魔女の頼み事をやりに。にしても良いもの見せてもらったよ」
「魔女……」
魔女という言葉は気になるが、私はそれよりずっと聞きたかったことがあった。
「あななたち魔法使いは魔神教団と通じているの?」
「魔神教団?……ああ、あの集団か。彼らと私たちが手を取り合うことはないよ」
「何故?」
「それは秘密さ」
彼らと手を取り合うことはない。すなわち、敵対しているということか。
「しかし、彼らもここ最近で力をつけてきたからねぇ。油断はできないな」
「……」
未だに私たちが分かっていない魔神教団と魔法使いの関係、さらにそれぞれの目的。ここで聞き出そうと思ったが、やはりなかなか難しい。しかし、手を組んでいないと知れたことは朗報か。
次に私は閉じ込められている凛を見てメランに言った。
「凛を出しなさい。あなたの余興も終わったでしょう」
「んっ?、ああ、忘れてたよ。ごめんごめん」
メランが腕を振るうと、凛の拘束が解ける。凛は直ぐに私の隣にやってきた。
……さて。
「出来れば捕まってくれるとありがたいんだけど」
「それは困るなぁ。しかも、どうやら君の仲間たちもここに来るみたいだし、置き土産を残していくことにするよ」
「おきみやげ?」
私が首を傾げると、メランの周囲に大きな魔法陣が出現した。そして彼が一言呟く。
「サモン……」
メランが一言呟いた瞬間、大きな何かが出現した。
「なに……あれ」
「ゴーレム?」
ぱっと見ると、それはゴーレムのように見えるが少し形状が違う。何より、大きさが違った。普通のゴーレムでも二メートルを超えていたが、これはその倍以上あり十メートルはある。心なしかこのゴーレムに合わせ、空間も大きくなったようだ。
「キングゴーレム。とある国の遺跡から発見された珍しいゴーレムさ。君らの相手には十分に勤まると思うよ」
メランが指を鳴らすと、キングゴーレムの頭にある目らしきものが赤く光る。そしてそのまま動き出した。
「くっ……」
「これでいいかな。どうやら、厄介なのがもう直ぐ来そうだし、僕はこの辺で……」
メランがこの場を去ろうとすると、突如光の一閃がメランとキングゴーレムの右手を貫いた。しかし、メランはその瞬間、黒いもやになり、その攻撃を躱していた。
「どうやら、うちの元勇者様はあなたを逃がしてくれないみたいね」
「やれやれ、本当に聞いていた以上の男だよ君は。さては魔女が私を嵌めたのか?」
メランを含め私たちの視線の先には一人の男がいた。男はにやりと笑うとメランに向けて一言告げる。
「闇の魔法使い、もう少し付き合ってもらうぜ!」
この言葉を聞いたメランは思った。これは少しでは済まないな……と。




