22話 蓋をしていた思い
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俺は冷静に状況と目の前の強敵を分析しながら、戦闘を行っていく。見れば見るほど蘇ってくる彼女の剣技、そして二人で過ごした思い出。彼女を殺した相手も殺し、もう未練も断ったはずだった。
なのに……
何でだよ……。
今俺はどんな顔でディアナと戦っているのだろうか。最初にこの舞台を用意した闇の魔法使いに怒りを覚えていた。目の前にいるのは俺の記憶を利用して作り出した偽物。それは理解している。だけど何だろうか、彼女を見ていくうちにその感情は別のものに変わっていた。そう、この感じには覚えがある。それはあの男を殺した時だ。そう、ディアナを殺したあの男。
この瞬間、俺の頭にはある記憶がよぎった。
あれは最終決戦の少し前。俺は勇者として戦い魔物や魔族をひたすら殺し、時には魔族に利用された国との戦争にも赴き、人も殺して強くなっていった頃だ。長きに渡る戦いの末、俺は魔王との戦いの前にある男と戦った。その男こそ、世界に一本しかない魔剣を持ち、ディアナを殺した魔族最強の剣士……ザウルだ。
『あーあ、負けちまった』
『……』
『たく、勝ったのになんだその面は。……はっ、さてはお前」
男は俺の表情を見て何を感じたのか、血塗られていた右腕を口を抑えるほど大きく笑いだした。
『はっはっは、そうかそうか。気付いてなかったみてぇだな』
気付く……なんのことだよ。
いや、この時の俺はとっくに気付いていた。
『あはは、腹痛ぇ。なに、簡単なことだ』
……やめろ。
『お前が抱いていた感情は復讐心だけじゃなかったんだよ。むしろ、それ以外に抱いている感情の方がで大きかったのさ』
やめてくれ。
『そう、お前は……』
『ザウル!!』
俺は涙を流しながら、ザウルの言葉を遮るように奴の首を切り落とした。
俺は自身の中に再び蘇っていく感情を押し殺しつつも、ディアナの攻撃に喰らいついていく。しかし、彼女は俺のそんな一瞬のためらいを見逃す訳もなく、さらに彼女の攻撃は加速していった。
「……」
「……っち」
俺は舌打ちをして一度後ろに下がり、そのまま俺はディアナの剣を俺のカシウスで強引に抑え、彼女を遠くへ弾き飛ばした。しかし彼女は剣を地面に叩きつけて、体勢を無理やり立て直す。
……たく、戦闘中になにを考えてるんだ。
俺は心の中で呟くと、再びディアナの動きを分析する。彼女の動き……そう、それは何度も目にした剣技、つなぎ方、足運び。彼女の弟子である自分が誰よりも知ってるはずのもの。対策ももちろん知っている。
しかし、戦況は向こうに傾いていた。彼女は再び俺の元に駆け出す。
「……」
「相変わらずあんたの一撃は重いよ。ディアナ」
俺はディアナの剣を受けながらそう呟いた。なにせ、向こうでは嫌なほどその一撃を受けたからな、忘れるはずもない。
『まったく、リュウタは本当に弱いなぁ』
そうだよ、俺は今でも弱い。
『いつも言ってるだろう、お前は剣の握りがあまいんだよ』
今でもそれは注意してるんだぜ。
『なぁ、こんな時間が続けばいいって思うよな』
ああ、続けばいいって思ってた。
彼女の言葉や共に過ごした思い出が俺自身で閉じていた心の蓋を少しずつ開けてゆく。そして俺は自分がぶち壊した彼女の結婚式を思い出した。
突きつけられた現実、友との喧嘩で出した自分の答え。俺はがむしゃらに駆け出した。
『なんで、来たんだ!?』
『そんなの……好きだからに決まってるからだろうが!』
『リュウタ……』
『誰だ、お前は?』
ディアナの結婚相手である貴族の質問に俺は堂々と答えた。
『彼女の一番弟子だ。ディアナは渡してもらうぜ』
恥ずかしさなどはなく、ただ愛という感情で俺は行動して彼女を救った。その後は色々あったな、マジで。しかも、救われた本人には心配をかけた罰としてデコピンされたし。
でも俺はしっかりとディアナに自分の思いを伝えられ、そのまま彼女と唇を重ねた。その一週間後、ディアナが殺されるとは知らずに。
「そしてその愛情は復讐心に変わり、ザウルを殺すことになる」
「……」
「たく、記憶通りの幻になにを言ってるのやら」
俺がぼやいているとディアナの突きが俺に向かってくる。俺は重い足をなんとか動かし、ギリギリ躱した。すると彼女は何かを紡いだ。それは戦場という場において、絶対的な意味を持つもの……そう、魔法だ。
俺は最悪な未来を見て、溜息を吐く。
「ホーリーエア」
「マジかよ……」
ディアナの剣に沢山の光が集まっていく。彼女の得意とするのは光の魔法。主に彼女はサポートとして使っていた。今使用している魔法はホーリーエアといって、剣に光を纏わせて殺傷力を高くする魔法だ。
「その赤い目……本気の目か」
俺はディアナの目を見た。彼女はホントここぞという戦いでは目の色が燃えるような赤色に変わるのだ。今彼女はその目をしている。
……懐かしいな。
俺は昔からこの彼女の目を気にしていた。俺と戦うとき本気ではないのかと。そんな時、彼女は言った。
『バカ、お前。これはそんな軽いもんじゃねぇんだよ』
ああ、そうだった。
『そうだな。もしお前がこの目の意味に気付いた時、やっと対等な立場になれる時なんだろうな』
この時の俺は気付いていなかったが、ディアナの最後の戦いのときに気付いてしまった。
この彼女の言葉を思い出した瞬間、俺の空きかけていた心の蓋は完全に開いた。
「身体強化……『伍』」
俺は今現在使える最大の強化を行う。
闇の魔法使いが使用しているこの魔法の攻略法も分かっている。この戦いが幻でもいい、目の前にいるのが本物のディアナじゃなくてもいい。俺はここで今出せる本気を出さなきゃいずれ後悔する。俺の心はそんな思いで満ちていた。
そして俺自身の力が高まっていくのを感じる。また俺の相棒であるカシウスも俺の思いに答えるように輝き始めた。
「行くぞ、ディアナ」
「……」
ディアナは俺に言葉を返すことはない。俺はカシウスを構え、彼女の元に駆け出した。
「はっ!」
俺とディアナの剣がぶつかる。確かにディアナの剣は名剣だが、俺の剣は聖剣。魔法を使っていてもその差は着実に表れた。俺はここぞとばかりに思いっきり足を踏む。
「おらよ」
俺のカシウスがディアナの剣をはじき、彼女の胸に向かった。彼女はその攻撃を目で捉えると、加速して右へ避ける。しかし俺は動きを止めず、そのまま二撃目を放つ。彼女はそれを待っていたかのようにカウンターを仕掛けてきた。俺の攻撃に合わせて彼女は一度引いた剣を振るう。これはいつも彼女と戦った時に起こる俺の敗北パターン。結局、俺はこのパターンを破ることは出来なかった。でも……
「考えていたんだぜ。俺も」
「……」
何度も考え、挑んできた。最後までその対策を成功させることは出来なかったが、俺はその方法をここで使う。
俺はここで剣を振るうテンポを変えた。彼女は意思を持たない、俺の記憶通りの剣士。もしかしたらさらに対応されてしまうかもしれなかったこの攻撃も、今の彼女では反応出来ない。
俺はカシウスでディアナの体を一閃した。
「ホント、強いよなあんたは」
「……」
ディアナがこちらに倒れて来る。俺はそのまま彼女の体を抱き支えた。幻だとかそんなのは関係ない、俺がそうしたかったからそうしただけだ。そして感じる彼女のぬくもり。俺は無意識に涙を流した。彼女の体は徐々に消えていく。所詮は俺の記憶が生んだ幻。今の俺の攻撃で現界できなくなったのだろう。
この幸せな時間は終わり、彼女は消えていった。消える瞬間、彼女が笑顔だったように見えたのは俺の気のせいかもしれない。
俺は誰もいなくなったこの部屋で涙を流す。
俺が蓋をしていた思い。それは彼女を殺したザウルへの復讐心ではなく、彼女に自身の力を認めてもらいたかったという思いと、ずっと一緒に居たかったという純粋な思いだった。




