直接対決
(誘い込まれてるわね……)
敵陣を難なく突破し、大言を用いて兵を鼓舞するオヴァだが、内心は冷静だった。彼女が言葉に発す程の優位な状況にはないが、今のところ戦局はほぼ彼女の想定通りだ。
右翼の先たる一団から側面攻撃を受けないように誘い込む突撃は成功した。代わりに主力となるスゥド王国軍の常備軍が抜けたが。
異様な魔力を漂わせていた敵陣の最も堅いと思われる密集陣形も通り抜けた。その脅威は背後に残したままとなるが。
いずれも、スゥド軍の現状からして個々の戦局においては最善手。そしてそう多くはないクリーク軍を倒す機会を活かすための損切りだ。
(そして全部はここの精鋭軍を抜けるかどうかにかかってるというわけね……面白い、あたしを相手にこんな策を取ったこと、後悔させてあげるわよォォオオォ!)
これから飛び込もうとする敵右翼最奥陣。そこには飛び抜けた魔力保有者はいないが、全体が穏やかにまとまった魔力を纏っている。これから激戦に晒されるというのにそれを苦と思っていないそれはまるで静かな水面のようだ。
これからそこに一石を投じる。背後の松田率いる左翼に追いつかれ、網で掬い上げられればスゥド軍の負け、平塚率いる右翼の届かない水底まで到達すればスゥド軍の勝ち。
オヴァは殊更大きな声を上げた。
「全軍、あの部隊を叩き潰すわよぉぉぉオォッ! アレを抜けば私たちの勝ちへ大きな一歩を踏み出せるわァッ!」
「「「「「オォォオオォォォォオッッッ!」」」」」
歓声に沸く自軍。刹那、オヴァは自陣の後方より聞こえる静かな異音に気付く。そして明らかに自軍の行軍速度とは異なる何者かがこちらに駆け寄っているのを聞いた時、身体は既に反応していた。
遅れて来るは金属音。続け様に破壊音。
「チッ!」
「ヌッフゥッッ!」
無礼者を弾き飛ばしたオヴァ。だが相手の姿をしかと見た時、オヴァには自然と好戦的な笑みが浮かんでいた。
「……面白い、あんた。名前は?」
全力で駆けている馬の上に降り立ち、そのまま乗りこなすという戦場にあるまじき曲芸をしている相手に獰猛に問いかけるオヴァ。だが、彼は何も答えずに馬に乗り直すとオヴァを残してその場を離脱した。
「オヴァ様。あれがクリーク軍元帥の平塚です」
「へぇ、あいつが……」
兵からの報告を受けてオヴァは感心したように呟く。確かに、宣戦布告の際に見た記憶はあった。だがその時は魔力の多寡について測っており、その量からそこまで気にしていなかった。
何やら考え込むオヴァを見て兵はまたいつもの美男子コレクションについて考えているのかと少々嫌気の差した顔になりかけるが、オヴァの表情を見て背筋を凍らせた。
「……相手にとって不足なしねぇ……」
その顔は、まさに悪鬼羅刹。彼女好みの相手を見たというのに殺意しか抱いていないオヴァを見た周囲の兵たちは恐れを抱きつつ、それほどの表情をさせる平塚という将にも畏れを抱くのだった。
「平塚様、ご無事で!」
「あぁ……流石に厄介な相手だ」
(そう簡単には獲らせてくれないか……)
自軍精鋭部にやって来た平塚はそれまで隊を預けていた部下からの自重を促す説教を無視しながら考え込んでいた。
松田には言っていないが、自分がいる場所に相手が来ると言うのは事前の撹乱策が失敗した状態で明らかなことだ。オヴァの野生魔獣より鋭い魔力感知能力であれば、魔力の少ない自分の場所を選ぶのは自明の理であり、考えるまでもなかった。
「聞いておられますか! 閣下!?」
「あぁ、忠言には感謝するが今はそうも言っている暇はない。総員に告ぐ、応竜の陣を取れ!」
聞いていなかったのを誤魔化しつつ真実に混ぜ込む平塚。オヴァ率いるスゥド軍は既に目に見える範囲に来ている。ここで陣形の変更など……通常の練度では出来るはずがなかった。
「見ての通り、既に整っております。閣下、迎撃の命令を」
というより、普通に考えてやるべきではないことだった。その代わりに、大隊長から呆れたような返事と提言がなされる。それを受けて平塚は苦笑した。
「そうだった……いや、悪いな。何か色々と仮想空間と混じってだな……」
「お話は後だと仰ったのは閣下の方では? 今は下知を」
「……全軍! 迎え撃てェッ!」
静かな水面が、爆ぜた。現れたのは雌伏していた竜。それが、猛進して来たスゥド軍を真っ向から受け止める。同時に、水面より生み出された水弾がスゥド軍の横っ面を殴りつけた。
「邪魔よぉッッッ! そこをお退きッ!」
竜の鼻っ柱を殴りつける怪女。当然のように力比べで競り勝つ彼女を見て平塚は苦笑しながら覚悟を決めた。それを見て部隊長は何か言おうとしたがオヴァの様子を見て言葉を飲み込み、代わりに告げる。
「くれぐれもご自愛を」
「あぁ、わかってる」
「ご武運を祈ります」
もはや平塚には最後まで彼女の声は届いていなかった。代わりに、オヴァの左手には平塚が放った暗器が到達し……黒い蒸気がそれを阻む。
そしてほぼノータイムで攻撃方向を睨みつけ、そこにいた者を雷斧で地面に叩きつける様に薙ぎ払うと当然の様に叩きつけられた勢いのままに地面を蹴りつけて馬上に飛び乗った平塚に声をかけた。
「待ってたわぁ……スゥド王国軍客将にて元ヴォラス王国姫将軍、オヴァ・セイン・ヴォラス。クリーク軍元帥、平塚治樹……その首、貰い受けるわ」
「知っているなら話は早い……そのセリフ、そっくりそのままお返しする」
松田の愛槍よりも柄が短く、通常より枝の長い十文字槍でオヴァを指す平塚。柄まで魔鉄で鍛えられたそれはオヴァの雷斧による重い一撃を受け切れる。
雷斧による重い、重い一撃とそれを完全に受け切った十文字槍との間で重機とコンクリがぶつかったような音が響く。魔力を纏った鉄がぶつかることで青い火花が散った。
ここからは言葉はいらない。松田との戦いの最中にはまだ駆け引きのために行われていた会話らしきものがあったが、ここにはそんなものはない。互いに殺すという意志だけがぶつかり合っていた。
「ォオオォォオォォォォッッッ!!!!」
オヴァの【全身凶化】による咆哮。だが、平塚は静かにそれをいなし、受け、捌き、返し、攻撃に転じては一気呵成とばかりに攻め続ける。
「【颶風】ッ!」
「ッ! 【雨天】!」
馬同士も拮抗した勝負を繰り広げていた。草食動物とは思えぬ形相で平塚の愛馬の鬣を噛み、毟り千切ろうとしたオヴァの愛馬【颶風】の攻撃を平塚の愛馬【雨天】は頭突きで返す。だが、オヴァと【颶風】の間で培われたコンビネーションには一歩及ばない。対応の遅れを挽回するには十数手ほど要した。
しかしその十数手すらも一瞬で過ぎ去るほどの濃密な攻防。それは誰がどう見ても長く続くようなものではなく、間もなく決着が訪れようとしていた。
「終りね……」
そう言って笑ったのは、オヴァだった。




