次戦への備え
「戻ったか!」
「……何とか」
命からがら逃げだした松田を迎え入れたのは総大将……クリーク王国における大元帥というのに落ち着きもなく陣内をうろついていた平塚だった。彼は松田が五体満足で戻って来たのを見て表情を明るくし……すぐに周囲の目に気付いて引き締めた。
「いや、まぁよく無事で戻って来た」
「負けたけどな……いや、あのおばさんマジでやべぇな。語彙力消失するわ。平塚、悪い」
まずは敗戦について松田は詫びる。だが、平塚はそれは割とどうでもよかったようで切り上げて質問を開始した。
「うん、まぁ、それよりも無事で何よりというところだ。何か怪我とかしてないか? 痛めたところは? 呪いなんて受けて帰ってきてないだろうな?」
「過保護か」
珍しく落ち着きのない平塚に松田が突っ込みに回るという怪奇現象が起きている。だが、彼らにとっての訓練以外の最後に参加した大きな外敵との戦いは松田が瀕死になることで終了しているのだから平塚の心配も仕方のないことだろう。
松田当人としては死にかけた記憶は回復時にトラウマになるかもしれないとして軽微に処理されているためそこまで気にしておらず、寧ろその後の訓練の方がきつかったという意識しかないが。
「はー……にしても、リーゼに怪我をさせた挙句戦果はなし。軍法会議もんだなぁ……軍紀に逆らわない程度にお手柔らかに頼むぜ?」
「いや、そもそもの目標はオヴァが率いるスゥド軍の行軍を止めることだったから目的達成はしている。それに、勝つも負けるも兵家の常だ」
苦笑する松田に平塚は真顔でそう返した。それを受けて松田は微妙な顔をする。
「……それで兵が納得するかぁ? せめて謹慎処分でも下さなきゃ……」
「いや、そんなことしてる暇はない。お前が仕留めきれなかった上にゴンザレス、リーゼを倒したオヴァが控えている以上これ以上相手に付け入らせる隙を与えるなんてありえないな」
一応、諸将の前で軍法会議自体は行うがこれまでの功と今回の実績を踏まえて今後の戦いで雪辱を果たすように告げることで済ませることにしたらしい平塚。その説明を事前通告されて松田は溜息をついた。
「……まぁ、今回は分かるが……内部割れを起こすのは嫌だからな?」
「分かってる」
軍紀を守らない軍にはしたくないと微妙に苦い顔をする松田だが、平塚もそこは理解していると頷いている。だが、松田は少々怪しいなと思い、言い含めようとして……そろそろ痺れを切らしたらしい影が突撃して来たのを受け止めた。
「アキ様! よくぞご無事で!」
「いや、ファムは俺と一緒に戻って来たよね?」
即座に突っ込みを入れる松田。どちらかと言えば自分はボケる方だと思いながらも突っ込みに回らざるを得ない状況は加速していく。
「ですが安全地帯に引き上げるまでファムは気が気では……」
「だから過保護だって」
「怖かったでしょうに、気丈に振舞って……」
「……誰目線なんだよ」
突っ込み慣れていない松田は困惑しながら先程までの激闘から来る疲労を滲ませる。それをファムは敏感に察したらしく松田の腕を引き始めた。
「アキ様お疲れの様ですね。寝屋に入りましょう。ささ」
「……もうそっとしておいてくれないかなぁ」
「ソフトにシテほしいのですね」
「……平塚ぁ」
そろそろどうにか収集をつけてくれと投げる松田。その意思の疎通具合に一部の影の集団から黄色い声が上がり薄い本が厚くなるという異世界に似つかわしくない言葉が聞こえて来た。
(誰がそんな文化を……実は普通のジャンルも探せばあったりするのかな? この前のクーデターまでの長期休暇に近い、暇が続いた時には見当たらなかったが……この戦いが無事に終わったら治安維持の名目で探してみるかな……)
(というかウチの諜報部、腐り過ぎだろ……)
否定はしない松田と平塚。娯楽に飢えているので仕方がない。尤も、娯楽があったとしてもあまりそちらに時間を割く余裕はないが。
どうでもいいことを考えている間にファムの動きは強くなっている。だが、あまりにも松田が動かないので彼女はゆっくりと振り向いて松田に圧のある笑みを向けて来た。
「……アキ様?」
「ん、あ、そうだね。そうだ! そう言えば負けたけど戻って来たからには次の戦いがあるから休んでばかりもいられないなぁ! それに、軍法会議もあるし!」
急に思い出したかのように白々しい態度を取る松田。半分逃げるための口実だが半分事実でもある。それがわかっているからファムは拗ねるだけで何も言わない。
ファムは、だが。
「あらぁ……ちょっと敵本陣の偵察に言ってる間に面白い話が聞こえるじゃない……」
「……アキ様は疲れているそうですのであなたの出る幕はないですよ?」
拗ねていた表情から憮然とした表情になるファム。現れたのは敵の動きを単騎で探りに行っていた小悪魔マリーだった。
(うわー……マリーちゃん……すっごい機嫌悪い……どうしよ)
肌がひりつくほどの不機嫌さを笑顔で振り撒いているマリーを前に松田は大好きな者ながら逃げたいと思わざるを得ない。ふと見ると、平塚は既に脱出していた。
「あの野郎……」
思わず呟く松田。目の前では既に争いが勃発している。この戦いの処理は前の戦いと異なり一筋縄ではいかないだろうと敗戦で疲れた体を押して仲裁に入るのだった。
「……微妙ね」
スゥド王国軍北伐部隊。
大戦果を挙げて戻って来たオヴァの軍から報告を受けて盛り上がっている陣中でオヴァはクリーク領で捕え、隷属化させた男娼を椅子にして文字通りに尻に敷きながら憮然として呟いた。
「何かお気に召さない点が……」
「あんたが気にすることじゃないわよ! 椅子は喋らないの、分かる?」
凄まじい圧と憤怒の表情で睨まれ、黙って何度も首を上下に振る男。だが、オヴァの興味は既に彼から失われていた。
(あのブスは片腕吹き飛ばしてやったから戦線離脱。あの調教し甲斐のあるタフガイもしばらくは動けないでしょうね。ある程度の打撃は与えられてるわ……)
オヴァの夫で、副官でもあるグリュースからの報告を見て自身の戦果を正確に理解するオヴァ。だが、と彼女は脳内で続ける。
(……決定打には欠けるわ。先陣切って戦うタイプの将軍を倒したことで士気には影響するでしょうけど、こちらの将足りうる人材に比べて相手の数が多過ぎるわねぇ……)
優秀な人材がいないと嘆くオヴァ。スゥド王国は険しいニード山脈を越えた豊かな本土で南の戦線に力を注いでいるため例え豊かな土壌があったとしても輸送が困難なニード山脈を越えた先であるこの地にそこまで力を入れていないのだ。
そのため、スゥド王国としては扱いに困る将や凡将、単に経験を積ませたい将しか北部地域には送らない。先の北伐軍であるシャマールは優秀な王国軍人だったが、彼は元々自分たちの領地だった場所を奪われたが故に自発的に出てきたに過ぎないのだ。
現在の陣営は凡将が総大将。扱いに困るが有能な将がオヴァ自身とグリュース。強いて言うのであれば参謀に今後が有望な将が付けられている程度だろうか。
(まぁ、数は足りないと言っても愚将でないだけ十分ね。自分に出来ないことをわきまえて私に軍を預けているだけ優秀だわ。それに、あの可愛い参謀ちゃんも私の策を受け入れる度量はあるし……)
自身の負担が大きすぎるとは思うが、勝てるのであればそれで良し。今後はどうすべきかと考えながらオヴァは戦の高ぶりを寝室で発散すべく椅子を伴って暗がりに消えた。




