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異世界不本意戦争記  作者: 枯木人
スゥド王国代理戦
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撤退戦

 【白熊姫はくゆうき】ことオヴァの前に立った松田。颯爽と現れた救国の英雄を前にクリーク軍は息を吹き返したかに思われた。だが、当の本人である松田はこの状況から自軍を立て直すのは不可能であるのを静かに覚る。


(突破したはいいが、そこに殺到し過ぎて混乱を招いてるな……地獄のトレーニングをした将軍以上ならまだしもこっちにいた一般兵たちにそれを求めるのは酷だが、これじゃ不味い状況は変わらない……)


 堰き止められていた水が流れるかのように逃走を開始するクリーク軍を見て松田は苦い顔をしそうになるのを隠しておく。訓練での逃走、退避は何度も行ったが本当に死の危険がある状態での撤退は行ったことが殆どなかった。基本的には常勝してきたクリーク軍の弱点といえるだろう。松田の後ろでは逃げ遅れた人を突き飛ばし、隊列など意味を成していないかの様に逃げ惑う兵たちがいた。

 非常に危険な状態だ。何しろ、ここにいるのは別動隊で本体はまだ他にある状況。統率の取れていない人の集まり程脆いものはない。敵に遭遇すれば間違いなく粉砕される。


 だが、それでも松田はそこから動けない。今ここで動けば確実に軍が崩壊するからだ。その元凶となるであろう相手は不敵に笑いながら松田に問いかける。


「ヌフフフフ……後ろのお仲間さんたちのことが気になるみたいねぇ? あなたが投降するって言うのなら見逃してあげてもいいけど?」

「ほざけ。40年遅いわ」

「……一つ覚えておくといいわ。女性に年齢の話はタブーなのよォォオォッ!」


 松田は挑発したつもりはないが、オヴァは勝手に激昂した。その怒りのままにオヴァは名馬【颶風】を駆って欠けた大斧【雷斧】を担ぎ松田に襲い掛かる。


(チッ……少し前に付けたはずの傷はもうないと見ても同じか……)


 その激しさにオヴァの誘い込みの際に行われた一戦の影響がないことを覚ると松田は露骨に嫌そうな顔をした。続け様に槍をしごいてオヴァの重い一撃を流すも相手もさるもの。流された勢いすら利用して松田へ死角から襲い掛かる。


「ッ! 今のは危なかった」

「ヌフ! わざわざ教えてくれて感謝するわよぉ?」

「ふん。無駄口叩いて相手に指導できるくらいの余裕があるってことだが?」

「あら可愛い。精々吠えなさいッ!」


 オヴァの身体から黒い蒸気が出る。【全身凶化】だ。

 松田の身体を光が包む。【全魔強化】だ。


 互いにギアを上げてただでさえ激しかった二人の争いが常人の立ち入る隙のない人外の争いへと発展していく。


「ヌッ、フッ! ハァァアアァ!」

「オォオオオォッ!」


 玉のような汗が出るが魔力によって蒸気と化し、一瞬で消えて行く。一瞬が数分にも思える濃密な激突の合間に松田は疑問を持ち始めた。


(おかしい、幾らなんでも強過ぎる……)


 そう思った次の瞬間、気が緩んだ松田をオヴァの【雷斧】が襲う。だが、松田はそれを魔力で受けて後方に飛ぶことで受け流した。間が出来たところで松田は疑問をぶつける。


「……どういうことだ? あんた、フィロドより少し強い位だと聞いていたんだが……?」

「フィロド? フィロドって誰かしら?」


 本気で覚えていないらしいオヴァ。彼女の祖国を滅ぼした将軍の名前であるフィロドとファンテは復讐に来ているくらいにこちらを恨んでいる彼女であれば忘れることはないだろう思っていたが、どうやら規格外の彼女を常識で測ろうとしたのが間違いだったらしい。松田は説明を加える。


「……ウチにいる安寧将軍の狼人だ。お前の国と戦った……」

「狼人……あぁ、あのワイルドな風貌の飼い殺して従順な犬にしたいあの男ね。何? アレから私の事聞いてたわけ?」

「そりゃ勿論……」


 要注意人物だと記録されており、ニード山脈北部地域に残っていた場合には即座に討伐隊を出すべきだと記されている相手だ。斥候が見てすぐにわかる程度には国の軍人たちは警戒している。

 それをオヴァは随分と好意的に解釈したらしく忘れられない相手として記憶していると理解した。ある意味間違っていないのだが、恐らく解釈上では真逆の理解となる。


「ヌフフフフ……忘れられないのは仕方のないことだけど、今の私は過去の私とは違うわ」

「……へぇ、やっぱりか」


 少し眼光を鋭くする松田。その目からは相手の一挙一動を見逃すまいという意思がありありと窺える。対するオヴァは少し芝居がかった動作で告げた。


「私はね、生まれて初めて努力ってものをしたわ……民の見本となる王女には似つかわしくもない地道で、血が滲みそうになる努力よ……」


 見本にしようにも真似できそうにない存在は真面目な顔でそう告げていた。微妙に努力し切れていない感じが言葉端から聞こえた気がするが、それでもこの世界最強の集団に片足を突っ込んでいる彼女の言葉を茶化すことは困難を極める。

 特に、殺し合いをしている松田からすれば今以上の力を身に付けられても厄介なので何も言えない。彼女の祖国を滅ぼしていることから和解も難しいだろう。自らを悲劇のヒロインの様に語り続けるオヴァを前に松田は静かに休息を取って何も言わないことを最善策とした。


(……にしても、冗談みたいな相手だ……冗談は顔と性格だけにしておいてくれよ……こちらが五体満足のままこいつを確実に殺すとなったら平塚か……せめてゴンザレスの力が必要になる。実質、一択しかない……)


 既に敗北して腕がマヒしているゴンザレスのことを考えると平塚しか考えられない。だが彼が全軍をかなぐり捨ててこの場に来るとは考えられないのでこの場でオヴァと戦うのは得策ではないだろう。

 松田とオヴァの一騎討ちの間に林だったこの場が大分開けた場所になりつつある中で、動ける味方は既に結構逃走を完了しつつあるのが見える。ここらが潮時だ。


(さて……後は奴さんが大人しく逃がしてくれるかどうかだが……まぁ流石に空を飛んで逃げに徹すれば何とかなるだろ)


 先程の一騎討ちでは自身の奥の手である飛行は用いなかった。理由はいくつかあり、一度見せてしまえば軍全体で空まで警戒するようになってしまうこと。また、オヴァの矛先が逃走中の自軍の兵に向けられるのを避けること。そして何よりオヴァの近距離に来た時点で飛行に魔力を回すほどの余裕がある相手ではなかったというのが大きな理由だ。


(……あの馬なら一瞬でこの距離を詰めるか……なら、もう少し上手く立ち回ってから逃げる他ないな……一度この林の中に身を潜めて……)


 撤退戦に移行する松田。この後、動けなくなった味方の兵が大量に捕虜にされていく、もしくは松田を誘き寄せるために殺されていくのを見ながらも松田は心内で謝罪しつつ逃走に成功する。



 クリーク軍とスゥド軍の二戦目はスゥド軍に軍配が上がった。




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