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異世界不本意戦争記  作者: 枯木人
スゥド王国代理戦
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三度目の正直

「追え! 逃がすな! あいつをればこの戦争の勝利へ確実に近づく! あいつを殺した者には厚い恩賞を約束する!」


 血眼になって逃げるオヴァを追う松田達。馬の性能が違い過ぎるが、戦闘しながら進むオヴァと自陣を進む松田の間は広がり過ぎることはない。


「ヲォーッホホホホホホ! 退きなさい小童ども!」

「かかれぇぇぇっ!」

「逃がすなぁっ!」

「せめて足止めぐらいは成し遂げっ」


 愛国心、故郷への思い、恩賞への執着、名誉を欲す者。それぞれの思いはあれども果敢にオヴァに挑む魔術兵団。決して数が多くないことから見知った顔も多々ある中でそれらが消えて行く様を見ながら松田は怒りを蓄積しながらオヴァを痛罵して何とかこちらに気を向けさせようとする。

 しかし、オヴァは止まらない。名馬【颶風】を駆って正しく風の様に兵の間を抜け、ニード山脈から連なる森林地帯の方へ走っていく。丁度その時、リーゼが松田に追いついた。


「マツダ様! 流石です!」

「リーゼか! あいつを止めてくれ! 無理はしなくていい、脚さえ止めてくれれば後は俺がやる!」

「畏まりました! さぁテメェら! ラストスパートだ、盛り上がって行こうぜ!」


 連戦した直後というのにその疲労を全く感じさせない機動を見せるリーゼ直属兵団。この勢いであれば背を向けている敵に、オヴァに届く。松田がそう確信したのとほぼ同時に彼は魔力を感知した。


「ッ! しまった、伏兵だ! リーゼ、戻れ!」


 リーゼが出立した後に叫ばれた松田の声は彼女に届かなかった。先の戦闘での汚名を雪がんとする彼女たちの部隊の高い士気が仇となってしまっている。

 そして、彼女たちの部隊に声の代わりに届いたのは森林から放たれる矢の雨と魔術の嵐だった。


「邪魔だぁっ! 雑魚は引っ込んでな! 駆け抜けるよぉっ!」


 それでも歴戦の兵たちは止まらない。クリーク軍の魔術攻勢を意にも介さずに突撃して来たオヴァの精鋭兵たちのように突撃攻勢を続ける。


 それを止めたのはただ一つの声。


「あら、この先は行き止まりなのよブス」

「ーッ! 出やがったな化物!」


 声とともに現れたのは別部隊を伴ったオヴァだ。松田が付けたはずの傷は塞がっており、死にそうな位に窶れた夫、グリュースと共に悠然とリーゼの前に立ちふさがると彼女は嘆息する。


「はぁ~……綺麗な虎を仕留めようと思ったらぶっさいくな猪がかかっちゃって嫌になるわぁ……でも、まぁ何もないよりはいいかしらねぇ?」

「はっ! 大豚が何言ってんだ! その喉笛噛み千切ってやるよ!」


 売り言葉に買い言葉で威勢のいい言葉を吐くリーゼだが、状況が不味いのは嫌という程理解していた。先行するオヴァを逃がすまいと魔力探知を狭めていたのが仇となっていたが、冷静になって周囲を探知するとこの場に伏せられているのは1000名程。目の前のオヴァが引きつれているのが200名。

 対するリーゼの軍は麾下500名が長蛇で挟撃に遭う構えだ。後方に松田が率いる魔術兵団1000名が控えているとはいえ、更に後方にはオヴァと共にベルフェナンド城に向けて出立していたスゥド軍の精鋭たちが残っている。到着まで持ちこたえられるか、怪しいところだ。


(そうなりゃ、ここは一発死中に活だ!)


 この状況下でリーゼが図ったのはこのまま突っ切って奥地で部隊の再編を行うことだった。彼女がそれを採用した理由は2点。まず大きな理由として後方転進では部隊に更なる混乱をもたらして伏兵たちの格好の餌食となること。そしてもう一つが奥地に逃れることで松田の魔術兵団と自軍で挟撃の構えを取ることが出来ると判断したからだ。


 尤も、考えたところでそれが実行できるかは別であり、リーゼが考えたところ実行できる確率はジャックが自ら進んで働き出すくらいの低確率だが。それでも座して死を待つのは性に合わないとリーゼは檄を飛ばす。


「行くぞ野郎ども! 止まるんじゃないよ!」

「「「オォォオオォォッ!」」」

「ヌフ、自分から口の中に入ってくる食事は楽でいいわねぇ? ほら、いらっしゃい!」


 横綱の如き構えで挑戦者を待つオヴァ。彼女がいる限り、自軍の逃げ場はない。だが、後方からは勢いを緩めながらも進んでくる味方が伏兵と交戦する音が聞こえており、この場はクリーク軍の過密場と化し始めているのが肌で理解できていた。つまりただ止まっていれば相手の餌食となるだけではなく味方の突進の威力で先陣が潰されるということだ。最早この場に留まっていることも出来ない。


「地面を赤く染め上げるよ! 突撃ィぃいいいいッ!」

「【全身凶化】……殺すわ、皆殺しよォォオォオッ!」


 怜悧な刃物が敵陣を貫きにかかる。


 ……だが、鋭い刃物が鈍器に真っ向から向かうのは、自殺行為に他ならなかった。勢いは、リーゼ軍の先陣の勢いは完全に殺されてそれに続く中軍は止まった味方を潰さないように急停止。そしてその光景を見ていない後軍の勢いによって鋭く尖った刃物は中で圧し曲がり、折れた。


「ヌッハァァアアァ! 折りなさい! 叩きのめしなさい! 存分に手柄を立てるのよォォォッ! 相手はまともに戦えないわァッ!」

「クソがァァァァッ! この、化物めッ!」

「……あんたにもう用はないわよぉ? ブス」


 クリーク軍に志願して以来連れ添って来た仲間たちが次々に殺されていくのを目の当たりにしたリーゼが激昂してオヴァに襲い掛かるも彼女は冷めた目でその愛斧、【雷斧】を横薙ぎにして彼女のレイピアを圧し折った。


「……え?」


 あまりの速さ、そして唐突な絶望にリーゼは落ちていくレイピアの先を見続けてしまう。目の前には、彼女が全身全霊をかけて戦ったとしても敵わない敵がいるというのに。


 あまりにも大きなミスの代償は、彼女の腕だった。左肩から先の重さが急に消失し、馬上で体勢を崩すリーゼ。だが、それが不幸中の幸いとでも言うべきか。それによってリーゼの頭を真っ二つにしようとしていたオヴァの斧は行き場を変えてリーゼの愛馬を叩き切る。


「あ……」


 リーゼを長年支えて来た武器、愛馬、仲間、そして自身の身体までもが次々と彼女の下からいなくなっていく。どこか遠い出来事のように思えるが、戦場の喧騒と体を襲う灼熱感が彼女を現実に無理矢理引き戻した。


「ッガアァァァアアァァッ!」

「ふん。捕えなさい! あたしは向こうから来てる若虎の方に用があるから!」

「ハッ!」

「「リーゼ様を助けろぉぉおおぉおぉっ!」」

「逃がすなァアアァッ! 絶対に捕えろオォォッ!」


 両軍ともに叫び声が上がる。だが、その内容は全くの逆だった。リーゼを逃がすべく己が命を張って彼女をどこかに逃がそうとするクリーク軍。しかしそのどこかが分からない。前にはオヴァ率いるスゥド軍がいる。後ろにはスゥドの伏兵が……


「援軍だ! スゥドの伏兵、左陣が壊滅してるぞ!」

「マツダ様だ! 【黄昏の大魔導士】様が来てくださったぞォォオォオッ!」


 否。スゥド軍の伏兵は既に半壊していた。雪崩れ込むように味方がいる方向へと逃げ出すクリーク軍。当然、敵前逃亡の輩たちは背後からの強襲に晒されるが行き場をなくした水が下に流れていくようにその流れは止まらない。


 オヴァの猛追が始まる。


 その時だった。唐突に現れた影を弾いた彼女は愛斧を肩に担いで余裕の笑みを浮かべた。


「ヌフ、もう来たの。せっかちねぇ?」

「……よくもやってくれたなぁ? 平塚の野郎に何て言われると思ってんだ……」


 【白熊姫はくゆうき】オヴァの前に現れたのは、言わずと知れたクリーク軍のツートップの片側、【黄昏の大魔導士】松田だった。




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