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異世界不本意戦争記  作者: 枯木人
スゥド王国代理戦
91/102

個人と集団

「おのれッ! おのれッ! おのれェッ! 小賢しい真似ばっかりしてくれるわねェッ!」

「オヴァ将軍、落ち着いて……」

「うるさいわッ! 大体、あんたたちの誰かがあのブスか誰か一人でも捕まえるか殺せれば私の苦労も減るのよ! 何で出来ないの!?」


 陣営に戻ったオヴァは荒れていた。彼女個人としては連戦連勝。周囲に暴虐を撒き散らしているのだが、肝心な軍団の勝利は得られていないのだ。しかも、殺ったのは雑兵ばかりで相手の主要面子の1人も殺せていない。


(いや、無茶言わないでくださいよ……)


 だが、彼女について行くだけで精一杯の部隊にあまり無茶を言わないで欲しい。正規軍で戦闘を生業としている部隊であっても遠距離の行軍、山越え、野営と疲弊したコンディションで戦闘をしているのだ。それでクリーク軍の精鋭たちを相手にしているのだから、これでも頑張っている方だ。


 オヴァが異常なだけである。


 それでも兵たちが彼女の怒りが分からないわけでもないのだ。彼女自身は勝ち続け、彼女が率いている部隊も敵に大損害を与えている。それなのに他がついて来れないから全体で負けと評されているこの現状には彼女の直属部隊もあまりいい気分ではない。


「まぁまぁ、落ちついて……」

「まったく、これだから都会の男は軟弱者って言われるのよ! まだヴォラスにいた頃に戦った異民族のオス共の方が強かったわ!」


(人間とあんたを比べるなよ……あんたと比較すりゃ熊だって軟弱者扱いだろ……)


 食卓に向かっているオヴァが仕留めた熊の亡骸を見ながら近衛兵は内心でうんざりする。面に出さないのは目をつけられた場合に慰安させられる可能性があるからだ。そうなれば翌日の戦闘では使い物にならなくなるのは間違いないだろう。命懸けの戦闘は免れるが、それ以上に夜戦の方が厳しい。


「あぁお腹空いたわ。あの熊はまだかしら? もういっそ生でもいいのだけど」


(……やっぱ化物じゃねーか……)


 誰もが思ったが呑み込んだ言葉。スゥド軍の陣営、その内オヴァが率いる大隊は奇妙な空気に包まれて

夜を迎えることになる。






 そしてところ変わって、クリーク軍。勝利したはずのこちらの陣営では交戦した首脳部が集まって会議を開いていたが、その表情はあまりに勝軍を率いた将とは思えない表情をしていた。


「敵の損害が500にこっちが130……元スゥド軍の奴に聞けば名のある将まで打ち取ってこちら側の大勝利と言ってもいいだろうに……何があった?」


 天幕の中で最も上座に位置している平塚から前線で戦った将たちに言葉が投げかけられる。苦々しい表情で答えたのはジャックだった。


「……敵軍を率いていた女将軍、ヴォラスの紋章旗を引っ提げていたあの怪女ですよ。あれと対峙したらどうしても勝利と言うには……」

「確か……オヴァだったか? 警戒リストに上がっていたな……」


 ファムが率いる松田近衛部隊の斥候から上がってきた情報を確認しながら平塚は考える素振りを見せるが、実際にオヴァと対峙したカシザワが声を上げた。


「警戒なんてもんじゃない……あれは、化物だ……! くっ、鎮まれ、俺の右腕……!」

「化物、ねぇ……リーゼ、実際に戦ってみたらしいがどうだった?」


 戦況報告に目を通していた平塚がリーゼに感想を実際に訊いてみるがゴンザレスがそれを遮って挙手して発言した。


「それにはあたしが答えるわ」

「うん……? ゴンザレス「マリーよ」も戦ってたのか」


 今回の会議に当たって唯一まだ報告書が上がっていないゴンザレスの発言に平塚は訝しむ声を上げる。だが、彼が袖をたくし上げて見せた巨木の幹の如きかいなを前に顔を引きつらせた。


「……その腕……」

「お察しの通りよ……あの女にやられたわ。ごめんなさい、しばらくあたしは雑魚専になりそうだし、報告書は代筆になりそうだわ……」

「うっそだろ……リーゼとカシザワだけじゃなくてゴンザレス「マリーよ」…………ま、マリーちゃんまで相手にして無事に帰還したのか……」


 松田が驚きの声を上げながらゴンザレスに屈した。正直、彼の婚約者となったマリアという小悪魔がいるのに偽名であっても同名の存在として目の前の巨漢の男性と同じ愛称を呼びたくない……のだが、彼の方が付き合いが長い上に距離感を掴みかねている相手なので気を使っての発言だ。


 それはさておき、今回の報告をまとめるのであれば、敵将の1人はこちらが連れて来た4将軍全員を相手取って尚余裕のある存在がいるということだ。松田の葛藤は無視して平塚は考える。


(オヴァ、か……確か北部戦役の時ファンテの報告でフィロドと互角以上の戦いをしていた姫騎士がいたとは聞いていたが……そうなると、グリュースとかいう指揮官もいるな……)


 人の身でありながら獣人と真っ向勝負をして競り勝つ怪女。狼人族フィロドともなればその速度と力は力だけで言えば王国随一とも称される男だ。彼が生まれて来てこれまで初めて恐れた女。


「……一応聞くが、話は通じそうか?」

「そこまで人間は止めてないかと……」


 実際に戦った面々が獰猛な熊にゴリラの腕を足したような化物にオヴァの鼻息を荒くしている顔がついた姿を思い浮かべ、この場が真面目な会議をしているところで笑ってはいけないと抑え込みながら平塚の話を伺う。誤解を招いた平塚はすぐに訂正に入った。


「あぁ、いやそうじゃなくて。内応に応じるタマかどうかって話で……」

「ヴォラス王国の復興を誓って戦っているらしいので難しそうですよ~……」

「……あぁ、マリアか……戦場の後はどうなっていた?」


 松田の直属部隊である諜報部のマリアが戻って来て平塚の問いに答えた。彼女は当然のように松田の席の隣に椅子を持ってくると松田と接触するほど近くに腰掛けた。


「敵は打ち捨てられた武器を拾いに来た様子はありませんでしたよ~」

「ふむ。兵站自体は揃っているという形か……現地で略奪しているらしいが、こちらの国力をそぎに来ているのか、不満に水を向けているのか……」


 矢などの再利用できる武器を回収に向かわせていた部隊の陰に回らせていた諜報部隊から話を聞きながら相手の内情を探る平塚。

 スゥド軍の実情として、山越えの最中に失われた人員分の武器も持ってきていることから武器自体が足りないということはないので危険を冒して回収するつもりはないというのが本当のところだが、考えられる選択肢は捨てずに持っておいた方がいいと平塚は考えておく。


「そうか、オヴァがそれほどまでに心を折りに来るとは思っていなかったが……まぁ問題あるまい」

「おい、いいのかよ? 何なら俺が出るが……」


 まとめに入る平塚に松田がマリアに手を出すまいと顔を腰からマリアの方に背を向けるようにして平塚の方に向けながら尋ねる。その涙ぐましい努力に気付かないふりをして平塚は頷いた。


「あぁ、項羽に呂布……日本で言えば源為朝に足利義輝……って、ちょっと待て」

「どうした?」


 歴史上の個人として最強クラスの存在達であっても集団の前には最終的に敗北している。そう言おうとしていた平塚だが、不意に強烈な記憶を呼び覚まして苦い顔をした。


「そうか……そうだったな。この世界は……いや、剣と魔法の世界じゃ個人の武でも戦況をひっくり返せるのか……」


 思い出すのは地獄の訓練。この世界に顕現できる範囲のレベルに落とされた存在がこの世界最強レベルという制限で戦った戦場。そこで、彼らが見たのはまさに個が集団を凌駕する屠殺場。


(オヴァがそこまで行くとは思わないが……実際に見に行く必要があるな……)


 今後の方針について転換する平塚。そんな中、ゴンザレスだけが違うことを考えていた。


(マリー……被ってるわね。なるべく遭遇しないように避けて来たけど遭ってしまったわ……どうすべきかしらねぇ……?)


 だが、非常にどうでもいいことだったので本人が口にすることはなかったし、例え口にしていたとしても無視されていたに違いないのでどうでもよかった。





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