スゥド戦 準備
スゥド王国による北進の知らせ、クリーク王国からすれば再侵略の知らせが入り、王都周辺は慌ただしい動きを見せていた。しかし、上官クラスの人間となるとまた話は別だ。特に特訓を受けた彼ら、彼女たちは落ち着いて会議を行っていた。
「さて……国民に対するプロパガンダの進捗は?」
「商会を通して十分に行き渡っております。今回は相手側の侵略と言うことで大義名分もはっきりとしており城下は自国防衛という正義のために一致団結して敵に当たることが出来そうです。避難民に扮した間者による市政調査の結果では王都を含めた6都市のほとんどの民が有事の際には自らも兵に加わるという意思を見せるほどだとのことで。」
「ふむ。まぁ民兵を出させる気は全くないが兵の戦意高揚にはつながるか。……あんまり過熱し過ぎてたら嫌なんだけどね……」
平塚は報告を受けて満足げに頷いた後に陰りを見せながらそう呟いた。王都周辺の6都市ということは平塚がくる以前はスゥド国領土だったルノティアなどの都市も含まれているということで、彼らがそこまで戦意を高めているということはその家族である将兵たちもそれに引き摺られるということ。
つまり、元スゥド軍たちの将兵たちからの裏切りの確率が大幅に下がるということだ。
「……罪科軍の村はどうなってる?」
元罪禍軍を少し変えた名称で平塚は呼ぶ。禍をもたらす罪人ではなく、罪に罰を課せられ、それを償おうとしている軍とし、彼らのモチベーションを上げているのだ。そしてその目論見は成功しており、部下の報告もいいものだった。
「皆、汚名を雪がんと準備に余念がありません。」
「そうか……」
平塚はそう言って背もたれに体重を預け、瞑目して天井を仰ぐ。そして松田が口を開いた。
「行くか。」
「……あぁ。」
平塚の返事はただそれだけ。しかし、この場にいた兵たちは単なる同意という意味ではなく、様々な思いを盛り込んだ趣としてそれを捉え、身を正した。
「全軍、出撃の準備をせよ。」
「「「「「はっ!」」」」」
これよりスゥド軍を討つための王国軍が進撃することになる。
「ヲーホホホホホッ! 大地よ、私の帰りを待ち侘びたことだろう。私は今、帰って来た!」
「疲弊しきった兵たちにこれ以上の進軍は難しいですな。本日はここで野営としましょう。」
あくる日、ニード山脈を越えて雲霞の如くニード山脈北部地域へとスゥド軍はなだれ込んだ。日課の如く大言を吐くオヴァの発言を聞き流しつつサミュエルは越山により疲弊した兵たちを伴ってニード山脈の麓で休憩し、そろそろ陣を築こう考える。
それを止めたのが変な哄笑を上げ、大地に凱旋の声を上げていたオヴァだ。彼女はサミュエルが部下に指示を出す前にグリュースに視線で会話に加わるようにメッセージを出しつつ発言した。
「少し待ちなさい。この近くに村があったはずよ。ねぇグリュース?」
「そうですね。元々スゥドの地域でしたので解放軍と称して兵站を整えることも視野に入れるのはどうでしょうか?」
オヴァの疑問に答えることに加え、険しいニード山脈越えで減っていた兵站を整えることも提案するグリュース。その提案にサミュエルも頷いた。
「我が帝国の村がこの近くにあるとはまさしく、かの国を滅ぼさんとする天啓ですな。臣民であれば我々に感謝して快く糧秣を提供するでしょうし、これからの道を知るに当たって丁度いい。」
「ヲーホホホホホッ! 大地だけでなく天も私の帰りを望んでいたということね! 気分がいいわ!」
単に山路による交易がある中でその中継地点として盛り上がり、そこから発展した村ということで山路を超えればあるだろうという突っ込みは誰からも入らない。自らが望まれたからその場にあると言わんばかりの言葉で疲弊した軍を動かす。
「グリュース殿、それでこの場所からどれくらいの移動でその村という場所に着くので?」
「そうですね……およそ西へ30分というところでしょうか?」
「近いですな。」
ニード山脈が育んだ豊かな山林の中を進みながら移動することしばらく。話題に上がった場所であろう村が見えてくる。それは以前、グリュースたちがこの地域を脱出した時よりも発展しているようだった。
だが、いくら発展したとしても所詮村は村。大軍であるスゥド軍の相手ではない。陣を築こうと休憩地に周囲の危険がないかどうかを確認に出していた斥候と合流しつつ大したことはないという情報を手にして使者を出すことを決めた。
そして待つことしばし。
「ふむん。そろそろ空腹が限界よ? あまりに決断力のない村の責任者には文字通り、責任を取ってもらいましょうか?」
「遅いですな……我が国威を示す能力に欠ける使者の方にも罰が必要ですか……」
空腹と疲弊のあまりに苛立ちを見せるオヴァと思うように物事が進まず、同じく苛立つがそれをなるべく表面に出さないように心掛けるサミュエル。見かねたグリュースがオヴァに干し肉を差し出して宥めているとようやく使者に出した男が戻って来た。
「遅い! 早く案内を!」
「そ、それが……」
オヴァから叱咤を飛ばされて身を竦ませる使者。その様子に冷静を装っていたサミュエルが彼を冷たい目で睨みながら話を聞く。
「何か、問題があったのですか?」
「わ、我が軍に対しての糧秣提供を……要求の半分に……そして、住民が不安になるため、村内への立ち入りは遠慮願うとの……」
「あなたは、その条件でおめおめと引き下がったのですか?」
使者の男が最後まで言う前に重圧をかけて尋ねるサミュエル。目の前の男は顔色を悪くしながら平伏して必死で自らの努力と交渉の推移を述べる。
「そんな話はどうでもいい。お前はその条件で引き下がったのか、それを聞いている。」
「……あ「返事はイエスorノーだ。」……申し訳ございません!」
その返事を聞くや否やサミュエルは魔力を帯びさせた大剣を抜いて目の前で地面に額をこすりつけている男の首へ勢いよく落とした。頭部をなくした男の首から噴水の如く血が飛び出ると血がこちらに飛んでくる前にそれをオヴァが蹴り飛ばし村の方へと弾き飛ばす。
「……愚かな民に我が国威を示しましょうか。以降、我が臣民に血を流させることがないように。」
怒気を無理矢理押し留めたサミュエルの感情なき表情。対するオヴァはグリュースから与えられた干し肉を丸ごと口に放り込んで飲み下し、舌なめずりをする。
「やるからには徹底的にですわね? 愚かな民が逆らうとどうなるか。……その身にとくと刻み込んであげましょう……ヲーッホッホホホホホッ!」
その日、戦場で語られる悪しき風習たるすべてを受け、その翌日からは地図から消えてしまうことになる一つの村が最期の日を迎えた。




