失念していた
それは突然やって来た。それが来た瞬間、平塚は飛び上がり次の瞬間に失念していたことを思い出す。そしてそれを隠そうとして……
「あ、ご主人様……そ、その子は……」
ディアに発見された。平塚は非常に珍しく、分かりやすい程に動揺してしまった。片手で抱えているその子を何とか隠そうと身を捩りながら今まさにドア付近にいるディアに対して笑いかける。
「は、はは……やぁディア。今日もいい天気だよね?」
「にーさま、外雨降ってます。今、ぴかってしました。」
舌っ足らずな幼子の言葉。平塚はもう何でこうなんだろうなぁとそろそろ自分も覚悟を決めて想いを伝えようとしていたことなど忘れて諦念の籠った爽やかな笑顔を浮かべる。
ディアは叫んだ。
「王女様ぁっ! ご主人様が女の子連れ込んでますぅっ! しかもフロワ様よりずいぶん年下で端的に言えば結構アウトなのですよぉっ!」
「遺言は決まったかしら?」
「神への祈りは済ませたか?」
平塚が何か言葉を発す前に首に冷たい物が左右から当てられ、ついで左側の冷たい何かは弾け飛んでいつもよりハッピーな声で弾け飛んでやがる最高の友達の声がした。
「ここ庫オコココココkぉ小kぉおねういごいjvfjmf小鳥ちゅわぁんっ!? どうしてここにっ! しかも小さくなっちゃってまぁ!」
「おー……松田しゃんですかぁ。元気にしてましたかぁ?」
「瘀fhbいおいふぉvkmんっ! あぁ、溶ける……平塚ぁ……お義兄さんと呼ばせてくれぇ……」
ファムとマリアが同時にこの場に着地して松田は狂喜の状態から狂気の2人に凶器を当てられて侠気でそれを耐えるが平塚はもう混沌の坩堝に陥り始めたこの場を整理するために手を叩いた。
「まず、紹介させてもらおう……小鳥、自己紹介。」
「はいっ! にーさまのごしょーかいにあずかり……? ました! 平塚 小鳥、5歳ですっ! よろしくお願いしますっ!」
しばらくの静寂。そして一同の視線が集まる中であどけない表情を浮かべていた彼女は急に涼やかな表情を浮かべて今の発言はなかったかのように自己紹介を繰り返す。
「……さっきのは、素の自己紹介です。それでハル兄さん。5歳の状態とこっちに飛ばされた状態の精神状態が混ざってるのでご迷惑をおかけしますが、今の私になるまで面倒をおかけします。何かよく分からない兼ね合いで滞在期間は決められ……」
急に上を向いたかと思うとふらつく幼子。平塚は即行で松田が退いた方面へと身を翻して首筋に中てられていた物から逃れつつ少女に駆け寄った。
「おい! 大丈夫か!?」
「さびしかったよぉ~っ!」
「にぃにもだよぉ~っ!?」
平塚の方へと床が陥没するほどの踏込と共に駆け寄るあどけない表情を涙に染めた少女。そしてそれを挟むように勝手に義理の兄になった松田が追いかけてきて平塚と松田の顔が至近距離に存在し、平塚が嫌な顔をして顔を逸らす。その視線の先には何故かファムが居た。
「アキ様反省してます?」
何やら非常に大事な話があったのではないかと思いつつ天を仰ぎみる平塚。取り敢えず再び右側におかれている冷たい道具は早くどけてもらいたいと思った。
「妹、ね……」
「そういうプレイじゃないと、ディアは信じます。」
「……寧ろ私がハル兄さんの趣味を疑ってますが……いつから幼女趣味に目覚めたのですか? 流石に引きます。松田さん。本っ当に気持ち悪いので退席していただいてもよろしいでしょうか?」
「酷い! さっきまで素直に膝の上に乗ってお菓子食べててくれたのに!」
一応の事情説明が済み、平塚は無罪。松田は拷問状態で平然と平塚の妹、小鳥と会話する状態になっていた。ディアが叫んだことで城内でも奥の間と呼ばれるその場所から何名か人がやってきたりしたが概ね日ごろの行いが良かったため、何ともなく現在は松田と平塚のプライベートで密接な関係者のみが集まっている。
「……それで、小鳥はどうしてここに? いや、どうやってここに……? まさか、死んだのか?」
「死んだのか? じゃありませんよ。残された方の身になって言葉を選んでください。外見だけじゃなくて中身も子どもに……くっ……」
何かに抗う素振りを見せつつも小鳥はそのナニカに屈して幼子状態に戻り平塚の膝の上に座る。それを見て松田が血涙を流し、ファムとマリアによる拷問の執行が再開する。
しばらくの根気を要する解読作業の後、地球でまともな身内が二人とも死んでしまったことでショックを受けていたが時の流れと共にもう過去のことと思っていたらしい。その前提で、謎の青年が会いたいなら会わせるけど戻って来たらコネクション全部使って雑務処理をしろという取引を結び、悪い待遇ではなさそうだったので引き受けて滞在期間1週間の条件で会いに来たということだ。
5歳児なのはこの世界と地球を行き来するのに時の隔たりがあるので調節した結果そうなったということで精神が変なのは自我を保つためと肉体に引き摺られているかららしい。そして、精神が不安定でも記憶は共有しているので問題はないとのことだ。
「……よくわからんことが分かったな。」
「まぁあの方々がやることに理由を求める方がおかしいしな。」
一先ずそれで納得しておく二人。この場にいる面々の内、マリアのみが事情は了承したと仕方なさそうに離脱し、他の面々はよくわからないのでこの場に残った。
「……ところで、会いに来てどうするんだ?」
「まぁ、新天地でどんな暮らしをしているのか見たかったということです。それと……ハル兄さんが松田さんと一緒に幼女趣味に目覚めてたということを聞いたのでそれが気になって来たというところです。まさか事実とは……」
「違う、訳じゃ、ない、か……」
事実、心は揺らいだし、小鳥が来なければ自分から真剣に告白して子どもの話をする予定だった。そんな様子を見ていた小鳥だが、少し嘆息すると付け加える。
「……別に、責めることはしません。この世界がどういうところなのかは窺ってますし……まぁ突然死なれたことについては少々お話がありますが……」
「それは、本当に悪いと思ってる……」
「嘘ですね。その辺は夜にお説教です。それより今からは小姑としてハル兄さんのお嫁さんの観察をさせていただきたいと思っています。」
小鳥の宣言に何故私たちがそんなことを? という視線を返すフロワとディア。そこに執行猶予が付いた松田から説明が入る。
「説明しよう! こいつ顔が良くて頭もまぁまぁいい。しかも運動は得意中の得意と来たもんだ。しかしだ! 故郷じゃ全然モテなかった! 理由はそこのプリティベイビー、小鳥ちゃんのチェックだ!」
「……数が多ければいいと言う問題ではありませんからね。いずれ家族になる訳ですからその辺のチェックはしっかり行ってきただけです。」
「……その所為で30越えても結婚できなかったし女の陰もなかったが……」
暗黒の世界に呼ばれた平塚は溜息をつく。そんなことお構いなしに小鳥はその幼い容姿に似合わない恐ろしげな笑みを浮かべた。
「もし、ダメだと判断した場合は取引先の……ハル兄さんと松田さんがよく知るあの方から貰ったポーションを投与します。」
平塚と松田の顔が蒼褪める。幼女の所業に松田が笑みを消して蒼褪めるという異常事態に状況が分からなかったこの場のメンバーにも焦りが伝播した。そんな中で彼女は更にいい笑顔で告げる。
「私が何らかの事故で死んだ場合、そしてお二人が細君としての心構えが存在していないと私が帰る1週間後時点で判断した場合はこの素直になるお薬が自動投与されるようになっています……お薬は余分に貰っているので安心してください。」
笑顔のままそう言い終えた彼女は幼女バージョンに戻り、平塚に甘えるのだった。




