決意
部屋の中から、何か踏み抜いた音がして魔術師たちが出てくる。
「どうした?」
「魔導侯爵閣下が、危篤に……」
その声を聞いて拘束されていたファムが自らの体を省みずに無理矢理拘束具を外し、部屋の中へ飛び込む。
フロワがそれを追って部屋の中に入ると平塚は夢遊病者のようにふらふらと松田の方へと歩いて行っていた。
「おい……」
「アキ様!」
ファムを止めよう。そう思い入ったが、尋常ではない平塚の焦燥にフロワは生気をなくしている平塚の下へと駆け寄る。
だが、彼はフロワのことを一切見なかった。心配で、声をかけても平塚の目は松田を向いて、その松田に縋りついているファムを見据えている。
「……ヒラツカ……あなた、少し休むか、せめて座った方が……」
「おい、止めろ……」
フロワの声は届かない。それよりも平塚はファムが縋りついたことで松田の顔が苦しげに歪んだことへ怒りを覚えているようだ。
しかし、その怒りすらフロワには体力のない状態で無理をしているように見える。
「おい!止めろって言ってるだろうが!苦しそうにしてるのがわかんねぇのか?退けよ!」
無理矢理ファムを退かす平塚に鬼のような形相を向けるファム。そんな平塚をフロワは宥めようとするが、平塚は全く耳を傾けようともしない。
そんな険悪な雰囲気でファムは平塚を地獄の底から睨みつけるような表情でおどろおどろしく言った。
「お前が、邪魔だ。……大体、お前が戦争など……あのまま、屋敷でぇっ……」
「ふざけんな……お前、俺らのことを、何も知りもせずに……」
平塚を庇おうとしていたフロワに平塚の言葉が突き刺さる。
「俺らのことを、何も知りもしない。」
(……全く以て、その通りだ……)
たまたま、馬車が襲われたところに通りがかり、護衛をしてくれた。
凶剣のフォリーから、助けてくれた。
クリーク王国を強大に、そして豊かにしてくれた。
王妃が亡くなった際には何も言わずに支えてくれた。
フロワにとって、平塚はまさに英雄と呼ばれるにふさわしい相手だ。恩や損得勘定抜きにしてもフロワは彼を支えて行こうと、支えられるようにと、宮廷内で頑張った。
だが、現実はこれだ。
(……何も、教えてくれなかった。)
フロワの平塚のことを訊こうとする試みは、抽象的な答えと会話の誘導によってすべて失敗に終わっていた。
支えになっていたのは、常に松田と呼ばれる彼の同郷の男だった。
フロワは、それが悔しかった。
(私が、小さいから……?まだ、幼いから……?それとも……?)
理由を考えていると、不思議な存在が目の前に現れる。流石、御伽噺の英雄のような存在だ。その存在は平塚を助けに来たようだ。
また、分からないことが増え、距離が遠くなった―――
「みゅ?」
正体のわからない、虚無感に近い何かがフロワの小さな胸を苛んでいると不可思議な存在の一人がこちらに飛んできた。
白銀の美しい髪、あどけないながらも、神々しさを感じるその尊顔を前にフロワは顔を伏せたまま息を吞む。
『……あー……君も……相手が大人扱いしてくれないと……苦労するよね……』
何を言っているかは分からなかった。だが、次の言葉はこちらにも分かるように話してくれたようだ。
「魔力的に、これかな。この薬……一切の副作用なしで2日だけ大人になれるよ。その間に、子どもじゃない、子ども扱いからの脱却を、目指すといいよ。」
「!」
「彼の、支えになりたいんでしょ?」
白銀の髪を持つ女神はそう言ってウィンクを決め、黒髪の創造神と呼ばれる男神の下へと戻って行った。
彼らの姿が消えた後、光の精霊から精霊神と呼ばれた存在が帰って来るまで宮廷から出さないと言う宣言を受ける。
フロワは、この好機は逃せないと覚悟を決めた。
そして現在、何かはよくわからないが危機感を覚えたらしいディアと何かを決意したらしいフロワは向かい合っていた。俺は現実逃避を試みているがどうやら上手く行かないようだ。
「だから、この機会を逃すと……」
「ディアが先!ディアが先にするの!」
フロワはどうやら俺の正体を知りたい様子。だが、正直30過ぎたおっさんが元の姿と知られるのは……ねぇ。何かね。嫌だよね。変態認定されるし。ファムとかはもういいよ。100越えれば流石ファンタジーで済むもの。
でも、30とか40とか、微妙なラインはちょっと……
「ディア……よく聞いて?私たちはヒラツカについて全然知らないのよ?この機会に知るべきだと思わない?」
「ディアご主人様のこといっぱい知ってるもん!巨乳好き!髪の毛は降ろしてた方が好き!ムカつくけど黒髪より金髪とか銀髪が好き!割とSだけど実は少しだけMとか、他にもいっぱい!」
……何だろう。甚大な被害を受けた気がする。
「そういうヒラツカの性癖は……まぁ後で教えてほしいけど。今は違うの。」
「まっつんと時々一緒のベッドで寝てるご主人様は早い所ディアが食べたげないとダメなの!真っ当になれないの!もし、最初が下手な人だったらご主人様絶望してまっつんと……」
「それはないぞディア!」
そこは否定させてもらう。絶対に、だ。
「……中性的なヒラツカが、爽やか系のマツダを攻める……ありかな。ヒラツカの酷薄な笑みで攻め、だんだんと涙目になる……うんうん。書ける。」
精霊が腐っていた。その間にフロワはディアから性癖を聞き出していた。
「上に乗っかると、苦しい退けとか言われるけど、ちょっと嬉しそうだったりするし……ディアが抱き着いたりした時の反応から……」
「……なるほど。でも、大人になってからの性癖って子どもの時の影響が強いとか聞くわ。ディアもそれを知るために……」
「うー……正妻はフロワに譲ったんだから……初めてはディアだよ……?それだけは肝に銘じておいて。」
「……王位継承権を考えてくれているはずの思慮深い、ヒラツカを……私は信じてるから……」
期待の眼差しが、痛い……アレ?光の精霊……俺のこと守ってくれるんじゃないのか……?俺……こんなに痛い思いしてるよ……?
「精神的ダメージは一定量まで無視しまーす。越えそうだったら気絶して悪夢ということにして処理するよー」
「心を読むな!」
「欲望駄々漏れのあんたが悪い。」
光の精霊と俺がじゃれ合っているとディアとフロワは一時的ながら手を組んだようだ。
「取り敢えず、ご主人様に最初の質問。……衆道じゃないよね?」
「違う!」
「きゃー!衆道じゃないことを強く否定したー!衆道なんだー!」
「俺は、女好きだ!」
「うわ、獣……でも手を出してない……?じゃあ不能……?」
「お前……」
光の精霊にもう何とも言えない目を向けた後、フロワからド直球の質問を受ける。
「ヒラツカは、どこでどんな経験を積んで……クリーク国を変えるような政策のことを知ったの……?」
「う……」
幾千の商談や取引、日常での駆け引きなどを通じて形成していた営業用の表情を真剣なフロワの前で平塚は作れなかった。
「教えて……?」
伸ばされた手、芸術品のようなフロワの手が触れた時、平塚は隠しておきたい事実だけ暈して、フロワの質問に答える形で降参した。




