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喪失

「急げ!」


 松田が静かになったことで平塚の焦りは頂点に立った。周囲も普段では見ないような怒声に戦々恐々としながら急いで松田の部屋に入って来る。


「……げ、元帥閣下……これは……」

「何だ?伏している暇があったらさっさと治療をしろ!」


 松田の様子を見た魔術師が怒る平塚に伏しながら声をかける。それは怒声で返された。しかし、魔術師はどうしても言わなければならないことがあった。


「最早、私ではどうしようも……」

「あ゛ぁ?お前、何を言ってるんだ?」

「で、ですから……」


 すぐ近くの床を踏み抜く平塚に怯えながら魔術師は平塚に事実を伝える。


「もう、手の打ちようが……下手に手を出す方が、その……」


 平塚は目の前の男に怒鳴りつけたい気分でいっぱいになった。だが、彼は殺される可能性が高い中でどうしようもないと言っている。つまり、最善を尽くした上で本当にどうしようもないのだろう。


「……下がれ。」

「は、ははっ!」


 怒りを買っては適わないとばかりに魔術師たちは下がる。平塚はどうしようもなくふらふらと松田の方へと歩いて行った。


「おい……」

「アキ様!」


 血の気が引いて、苦しそうに音を鳴らしながら呼吸する松田の顔を見ていると勢いよく扉が開いてファム、そして彼女の拘束具を外したのであろうフロワが突入して来た。


 ファムはそのままの勢いで松田に縋りつき、フロワは生気をなくしている平塚の下へと駆け寄る。


「起き、て……起きてください……」

「おい、止めろ……」


 ファムが縋りついたことで松田の顔が苦しげに歪んだ。それを見て平塚は怒りを覚える。


「アキ様……アキ様……」

「おい!止めろって言ってるだろうが!苦しそうにしてるのがわかんねぇのか?退けよ!」


 無理矢理ファムを退かす平塚に鬼のような形相を向けるファム。そんな平塚をフロワは宥めようとするが、平塚は全く耳を傾けようともしない。

 そんな険悪な雰囲気でファムは平塚を地獄の底から睨みつけるような表情でおどろおどろしく言った。


「お前が、邪魔だ。……大体、お前が戦争など……あのまま、屋敷でぇっ……」

「ふざけんな……お前、俺らのことを、何も知りもせずに……」


 ファムの言葉に激昂する平塚。そんな最中にドアが4回ノックされた。


「何だ!?」


 ファムに対する怒りのままに叫ぶ平塚。それに対して扉がおずおずと開いた。


 そこから現れたのは艶やかな黒髪を、いわゆる姫カットに揃えた稀に見る美少女だった。だが、今の彼らにそんなことは関係ない。若干びくびくしている彼女の用件を無言の圧力で促すと、彼女は日本語・・・で、言った。


『あの……トイレって、どこにあります……?』

『あ゛ぁん!?テメェ、ふざけて……』

『うひゃ……ここの人達怖ぁ……トイレ位教えてくれても……』


 あまりの空気の読めなさにブチ切れる平塚。怒鳴られた少女はドアで半分ほど身を隠して文句を言う。


 その次の瞬間、文字通り空気が変わった。


「なっ……?」


 そして現れる多くの精霊たち。平塚だけでなくファムにも、そしてフロワにも見えているようで驚きの声を漏らしていた。


「……創造神様がおいでです。皆、平伏しなさい……」


 その中で明らかに格の違う透明な蝶の羽のようなモノを生やした、平塚達がこれまで見たことのないような銀に様々な光を反射させている髪をした美少女がそう言うと、この場に光と共に幾人かが舞い降りてきた。


「……ん?何だお前ら。」


 最初に口を開いたのは闇を束ねたかのような黒髪、そして大きく死んだ黒目をした何処にでもいそうで、何処にもいなさそうという矛盾した印象を与える青年だった。


 その存在に、平塚とファムは思わず跪く。そして、その先で別の存在に目が向いた。


「みゅ?……あ、これ……パパが創った精霊じゃない……?」

「かっ、はっ……」


 そこに居たのは10歳程度の強く保護意識を掻き立てる超ロングツインテールの白銀の髪にアメジスト色の目をした、ロリコンではない平塚でも魅了するような超美幼女だった。


 だが、彼女からも恐ろしい程のナニカを感じる。しかし、声を掛けられた青年は平伏している面々になど気を取られずに扉の後ろでもじもじしている少女に声を掛けた。


「お前、俺ちょっと用があるからあっちに行って来いよ……俺早く地球に行きたいから早く話を進めたいんだが?」

『あ、でも……その……言葉、通じませんし……危ないかなぁと……』

「……そう言えば、ここって何語だったっけ?」

「ザガリッシュです。」

「……そうか。オイ、言葉通じてなかったっぽいから調整した。適当にあっちの方に移動して確認すれば?」


 平伏している面々の中で極々自然に話を続ける青年たち。平塚はここでようやく青年と美幼女以外にも誰かいることに気付いたが、そんなことはどうでもいいとばかりに青年が扉の向こうの美少女を追い出す。

 それを見送ってから青年が周囲を見て一番格が高そうな羽の生えた美少女に尋ねる。


「で、お前ら何か用?……あ、ついでにそこのガキ。多分、お前がここの最高権力者だろうし馬鹿勇者がトイレ借りた礼に何かやろうか?」


 彼は途中で興味が移ったらしく、平塚に質問して来た。羽の生えた美少女が口を開きかけて閉ざしたのを見、そして目の前の存在が創造神ということを鑑みて平塚は恐る恐る尋ねてみる。


(……幸運補整があるから、大丈夫なはず……)


「あの、そこで、眠っている者を治せませんか……?足りない代償は、必ず支払いますので……」

「ん?……あぁ、アレ。」


 平塚の言葉に青年は頷き、言った。


「んー……俺、白魔術は封印されてんだよねぇ……まぁあの程度なら適当に治せるけど……」


 平塚は最初で落胆するが、続く言葉に顔を跳ね上げ、見えざる力で下を向かされた。そんなことなどお構いなしに青年の周囲は動く。


「【魔神大帝】様のお手を煩わせることはありません。私が……」

「む、みゅうがやる。」

「あ、みゅう様や代理管理者様が出る必要もございません。私が……」


 青年の横に控えていた秘書風の女性が真っ先にそう言い、続いて白銀の美少女が対抗し、そして羽の生えた美少女が続いて前に出る。


 青年が適当にやれと言うと、先程まで絶望的だった回復が簡単に処理される。その様子を呆然と見送る平塚だったが、不意に目の前の青年が呆然としている平塚を見てギィィ……と口の端を歪めた。


「……こいつ、確率子を……ズルいなぁ……?おい、何でこいつに俺が創ったご都合主義を?」

「え、あ、その……」

「あ、もしかしてこいつらが地球から来た二人とか?」


 青年から発される何気ないその言葉に平塚が驚いた。


「はい……連絡が取れなかったからと言って、無断で使用してしまい、申し訳ありません……」

「いや、どうでもいいけど……ん~……」


 青年はそう言ってみゅうと呼ばれた白銀色の髪をした美幼女と動かない松田を見て頷いた。


「これじゃ、面白くないな。この程度の呪いなら精霊たちでも解けただろうし、その確率子がある限りこいつらの不幸が全部他の誰かに押し付けられる。ということで。」


 青年は歪んだ笑みを浮かべて手を翳した。


「剥奪。……まぁ、そこで寝てる奴の治療費とでも思ってくれ。」


 平塚の体から何かが喪失する。何もできないまま、話が進行していくので平塚は呆然とするが、そんな彼に青年は声をかける。


「……んー。お代を貰い過ぎか。ま、少々面倒を看ようか。少なくともこの世界でご都合主義に頼らなくとも生きられる程度には。」

「パパ、終わったよ~」


 呑気な幼い美声が響く中で青年は平塚に恐ろしい笑顔を見せた。




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