ニード山脈北部地域 決戦
「……チッ。相手の勢いが思ったよりも凄まじいな……」
思わず舌打ちを漏らす。敵将のシャマールを戦闘として獅子奮迅の恐ろしい突撃を繰り出してくる敵陣に対して俺らはリーゼが中腹を、そしてジャックが後陣を攻めていることでスゥド軍は腹を食い破られた蛇のようになっている。
軍略上でのこちらの優位は目に見えている。しかし、前線はそうはいかない。実質、あの魔導師からは逃げるしか出来ず、魔力切れを起こすのを待つか松田が来るのを待つかしかできない。
(……魔力切れを起こさせるとすれば兵の損傷が激しくなる……もう既に勝ちが半分以上決まった戦でそんなことはしたくないな……)
貧乏性だ。出来る限り兵を減らしたくない。そんなことを考えていると戦場の流れが急に変わった。
「ゴンザレスの挑発に乗っていたはずのシャマールがこっちに向かって突撃を開始した……!」
止められない暴走将軍、シャマールがこちらに向けて突撃して来たのだ。それを受けて短い悲鳴を上げる部下の中で平塚は行動を起こす。
「炸薬弓を。」
「は、はっ!」
こちらを真っ直ぐに見て突撃してくるシャマールを見下ろしつつ平塚は笑う。それを見て兵士の一部がシャマールの恐怖を忘れて平塚から引いたがもう慣れたことにして呟く。
「確かに、止められない勢いのまま将を殺れば勝てる……シャマール将軍の考えは至ってシンプルだ……だが、魔獣に文明を教えてやる……!」
「閣下!炸薬部隊、揃いました!」
「よし。」
敵の戦闘を切っているシャマールの魔術陣が浮かび上がる。しかし、平塚はそれを見てもまだ撃たせなかった。
「閣下!射出の命を!」
「まだだ。もう少し引き付ける……今だ!放て!」
魔術陣が発光し、その効力を発そうとした瞬間。平塚は炸薬弓部隊に斉射を命じる。しかし、シャマールの魔術はこちらに向かって放たれていた。
勝ちに溜飲を下げる思いを抱くシャマール。しかし、彼の目の前で通常であれば呑み込まれるだけのはずの矢が炎に触れるや爆裂した。
そしてそれは連鎖する___
大爆発。網膜を焼き切らんとする閃光。それに鼓膜を破りかねない程の轟音が鳴り響き、平塚が率いるクリーク軍の本陣とスゥド軍の本陣の先端部分の上空が赤く光った。
「連射だ!シャマールを近付かせるな!」
先程の轟音で全体の耳が一時的に機能不全に陥る中で平塚は伝令に青い旗を持たせて斉射の意思を伝える。
それにより、状況把握のアドバンテージを得ていたクリーク軍が優勢に立ち、スゥド軍は近付けない。
シャマールも降り注ぐ矢の対処に手間取られ、大規模な攻撃魔術は使えない状態に陥った。
そんな近くの状況を見ながら平塚はもう少し全体を見ることでシャマールの包囲が完成したことを見て取る。
そして、待ち望んでいた部隊も遠目に見えるようになった。
「来たか……」
「た、【黄昏の魔術師】様だ!」
音が戻りつつある戦場でその声が聞こえると既に高い状態である本陣の士気が更に上がり、天を衝かんばかりの物となった。
その様子を見て非常に苛立たしげで忌々しい目になるシャマールは豪雨のように降り注ぐ矢を放つ平塚の本隊から狙いを変えた。
「目標を変える!彼奴等の希望を絶つぞ!足並みの揃っていない今こそ敵の魔導部隊を討つ好機だ!」
その命令に応じたのはスゥド軍直属兵だけだ。奴隷兵たちはほぼ戦闘意欲をなくして死亡、もしくは逃亡し、降伏している。
だが、ゴンザレスの部隊とともに現れた魔導部隊とだけ戦うのであればその兵力でも十分に勝算はある。
尤も、当然のことながらこの場には他にも多くの部隊が存在しているが。
「敵は混乱の坩堝に嵌ったぞ!全軍!今こそ突撃の時!存分に手柄を立てるがいい!」
斉射をしていた炸薬弓部隊が引き、突撃部隊、そして戦車部隊が進路を変えたスゥド軍のどてっ腹に喰らいつく。
「……さて、俺も移動しなければ……」
全体の指揮はこれで大体が終わった。残るは臨機応変に動くことが求められるので平塚は彼の馬に乗って移動を開始する。その時、軽装に緑色の腕章をつけ、ジャックの部隊であることを示している伝令が彼の下へとやって来る。
「どうした?」
「はっ!隠密部隊との合流を果たしました!」
「よし、組み込んでそのまま突撃だ。」
「はっ!」
その他に幾つかの伝令が来た後、平塚は本陣全体を動かしにかかった。
「間に合ったか……」
「まっつん!こっちに凄い顔した人が全力で来てるよ!」
「……多分、それが敵将だな……よし、皆の者!疲れてるだろうが最後のひと踏ん張りだ!ゴンザレス。前線は任せたぞ。」
「あん。マリーちゃんって呼んで?任されたわ。」
ゴンザレスは松田にウィンクして彼の部隊に獣の咆哮のような大声を上げた。
「行くぞ野郎どもぉおおぉぉおっ!殺せ!蹂躪せよ!叩きのめせ!二度と立ち上がれぬように徹底的に滅ぼすぞ!」
「ぅおぉぉおおぉおぉぉっ!」
「……おっそろしいな、オイ……」
そう呟きつつ、彼は一番魔力の多い敵将、シャマールを見て既に魔術陣が構成されているのを目撃した。
「……成程、着弾と共に攻めきる……馬上で、しかも武器を扱いながら何て緻密なことを……だが……」
松田は真剣な目をして狼牙棒を構えた。
「3対1だ。シャマール将軍。悪く思うなよ?ゴンザレス!攻めろ!俺が物理を防いで、ディアが魔術を防ぐ!防御は気にせず全力で撃ちこめ!」
「意味深ね。もし、物理を受けるだったら……もっと美味しい……それはさておき、いくわよぉおおおぉっ!」
ディアが何を言っているんだろうと言う顔をしている中で今一締まらない決戦が始まった。
「貴様らぁ……一騎打ちの作法も知らんか土人どもめ……」
「はっ!これは戦争だ。勝てばいいんだよ。」
始まった時点で押され、すぐに防戦一方になったシャマールは充血した目で松田、ゴンザレス、ディアのことを睨みつけ血を吐きながらそう吐き捨てる。
「誇りもない、こんな未開の土人どもに……ぅがぁあぁぁああぁっ!」
「おっと。」
「んふ♪……腕は頂いたわよ?」
鮮血が舞い、シャマールの武器を持っていた腕がゴンザレスによって斬り落とされる。
「~~っぅぐっ!」
「そして、命もいただくわ……」
動きが止まった瞬間、ゴンザレスの偃月の形をした刃の槍がシャマールの首を狩りに行く。しかし、小規模な爆発によってそれは阻まれた。
「ちっ……」
殺り損ねたことを舌打ちするゴンザレス。しかし、シャマールは自らの魔術によって顔の半分から首の辺りまでを大火傷し、最早死ぬのも時間の問題だ。
そんな彼は少し息を吐くと転進した。
「逃がすな!」
急な転進に虚を突かれた3人がシャマールを追う。しかし、彼は全力で馬に術を掛けておりそれに気付くころには少し差が開いていた。
「チッ!ディア!」
「分かった!」
松田はディアに馬に術を掛けさせてシャマールを追う。しかし、それは程なくして止まった。
「何だ?……平塚か!」
すぐに追いついた松田に平塚は少しだけ視線を動かしてシャマールに戻した。その瞬間、シャマールは火傷の為に満足に動かない口を無理矢理石の力で動かして言った。
「ぎ、ぎざまらだげでも……せべで、貴様らだけでも…………」
シャマールはそこで息をつき、やけにはっきりとした口調で最期の言葉を告げた。
「殺してやる……!」
怨嗟の籠ったシャマールの言葉の後に、暗黒としか形容できないような影が彼を中心に炸裂した。




