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ニード山脈 侵攻

「シャマール都督。強行軍は現在で2万4097名となりました。」

「うむ……まぁ、予想の範囲内だ。」


 スゥド国軍征北軍。


 彼らが母国の首都から出発し、過酷なニード山脈へと挑んだ時点での人員は4万名を越していた。

 その数は志願部隊を含めて4万4000名ほど。だが、峠を越した現在ではその半数近い数になっていた。


 そんなスゥド国の2万4000名ほどの軍の内訳は、1万5000名が奴隷兵上がりの軽装歩兵。3000名が同じく奴隷上がりの騎兵。そして王都騎士団から1000名の重装歩兵と同数の騎兵。そして3000名の工作兵と輜重兵を兼ねた後方部隊に残るは魔導兵となっている。


 そしてここからがシャマールにとって重要なのだが、この山越えで死んだのは多くが奴隷兵、もしくは志願兵であって王都騎士軍や魔導兵には軽微な損害しか生じていない。


「その程度の損害であれば土人どもを征服するのに支障はないな。反乱に紛れて我らが神聖なるスゥド王国の領土を掠めた土人どもに戦争というモノを教えてやるぞ!」

「はっ!」


 標高が高く、寒い場所で見晴らしがいいのだが彼は一応奴隷兵上がりの軽装歩兵から斥候を放ってから、周囲の索敵を行った後に魔術で斜面の一部を切り崩して陣を設置して休憩をしていた。


「……兵は拙速を貴ぶ……か。私の先祖はそれを信じて我らが神聖なる王国に侵入してきた蛮族に現実を教え、叩きのめし、威光を広げた……それを土人は奪い去り、増長している……これは許されざる行為だ。」


 シャマールの独白に彼の書記官はまた演劇スイッチ入ったよこの人……という視線を一瞬だけ向けて素知らぬ顔で彼の次なる行動を待つ。


「速度を急ぐあまりに軍の状況を察せないなどあってはならない。まずは十分に思考できる余裕を持たせるのだ!そしてそれは軍全体ではなく個人にも適応される!君、私が何が言いたいのかわかるか?」

「食事ですね。準備いたします。」

「うむ!」


 長い付き合いなので何となくわかった。書記官の上司は前置きが長い上、芝居掛かった動きで最悪の場合全然違う話から結論を導き出さねばならない。


 そんな書記官の内心の苦慮など一切察さずに都督は満足気に頷いて部下に指示を出している彼に言う。


「ガストー君は話が早くて助かるな。……これで君が女だったら、私の正妻間違いなしなのだが……」

「都督、申し出はありがたいのですが何度言われましても私は男でございますので。」

「うむ……だが、正直脱がせてみれば本当は……と言う可能性も捨てがたいのだが、どうだろう?」

「どうもこうもありません。」


 書記官たる彼、ガストー・ネードは優秀な魔導師であり、一応は戦術家でもある彼の上司に溜息をつきたい気分でそう切り捨てた。自分は中性的な顔立ちではあるが、女性に間違えられることはまずないのだ。


 彼の上司とその家族を除いて。


 別の受難に再び内心で溜息をつくガストーをちらちら見ながら残念そうにシャマールは呟く。


「……ガストー程私の言うことを事前に理解できる者はいないのだがなぁ……やはり禁断の性転換の術に手を出すべきか……」

「都督は美男子であられますので、探せば理想の相手が見つかるでしょう。そして、ネード家はこれでも領土持ちの子爵ですので周囲の目もお忘れなく……食事の準備が出来たようですよ。」


 不穏な呟きが最近増したことに内心恐々としつつガストーは思考を別の方向に誘導してシャマールに食事が出来たことを伝える。


「まぁ、此度の戦相手の国にも面白い相手がいるらしいな。フロワ……と言ったかな?結構強力な魔導を使えるらしいが……私に相応しいかな?」

「……まずは戦相手に専念してください。モーガラッハが言うには精霊の加護を受けた将軍、ヒラツカやマツダと呼ばれる魔導師がいつ戻って来るか分からない状態なのですから。」


 ガストーはそう言いつつも彼の上司はその程度のことを調べているのは分かっている。だが、目の前のことに集中して欲しいのだ。


「まぁ、所詮は大きな戦も知らぬ者だろう。レノウ卿の程度の謀略に掛かり財産を持って帰らせる隙まであったというのだから…………だからと言って手加減や慢心は一切しないが、過度に注意を払い過ぎて勝ちを失うのもよくあるまい。それにその噂の連中は放逐された身なのだろう?」

「モーガラッハ様からの密書にはそうありますが……」


 ガストーは苦い顔をしながら彼の上司の言葉に頷いた。シャマールの示した二人は個人的に信用できないのだ。


 両者ともに忠義など一切なく、己の欲を満たすために他者、もしくは国を平気で陥れる欲深さを感じる。レノウとモーガラッハの違いはその知能だけだ。


「それより問題は地図だ。これが本当に正しいのであれば山を下った後の大河、そしてそこから最寄りの城である……元ベルフェナンド領。これは大河との距離などを考えると城の規模がぎりぎりになってしまうのだが?」


 シャマールは食事をしながら模写した地図と気になった概略をまとめてある彼手製の軍事地図をガストーに見せる。それを見たガストーは城が造られた経緯を思い出して答えた。


「……まぁ、それを造ったのは小国連合との戦時中ですから資材などが厳しい状態でしたからね。尤も、それから長い年月が経っているのですが。」

「歴史に縛られていたのだろうな。一族の本家が立てた過去の栄光に……」


 彼も考えていた答えを得てシャマールは満足気に酒を飲む。


「ふむ。こう寒くてはダメだな……兵への振る舞い酒の量は足りてるな?」

「はい。」

「酔って来たぞ。寝室まで送れ。」

「すぐに人を呼びます。」

「イケズが……」


 何をする気……いや、ナニをする気だったんだろうなと思ったガストーは行軍中やたらと増えた溜息をつきながら掛りの人物を呼んだ。




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