蠢動
「……よもやこうなるとは思ってもいなかったな……」
一人の男が重々しくそう呟くとそれに追随するかのように周囲の者たちも頷き口を開き出した。
「全く……クリーク王国をここまで変えて何がしたいんだあの男は……」
「第2王女も第2王女だ。あのような者を何故あそこまで信じるのか……」
口を開けば零れるのは彼らより後にこの国に入り、そして彼らとは比べ物にならないほどの巨大な功績を叩き出した男、大元帥ヒラツカ・ハルキのことだ。
「先のことだが、古参のギリーヴ家の方々も無理矢理退役させられた。」
「……高々白金30程度で退役まで行かせることはないだろう……そもそも、彼の者の側用人であった商人を潰したのは彼奴らが新設した商会だろうに……」
「我々の商会も次々と競争に敗れて……」
「それだけではない。領内の我らが治めている土地よりも多くの作物が取れるように何かしらの魔術を使っているようだ。人の流れも深刻になって私の領地も与えられた分を生かせなくなっている……」
集まっている人々の中で平塚へのヘイトが溜まって行く。そしてそれは現在の王家の話にも流れて行った。
「陛下も、あまり快くは思っていないのであれば言ってくだされば我々も動きようがあるのだが……」
「大体、ここまで領地を広げて尚、軍備をする意味が分からん……」
「スゥドは先の小国連合の大進攻の前例を見てニード山脈を越すなど考えていないだろうにな……」
「まさかまだ領地を……?」
誰かが言った言葉の後に沈黙が舞い降りる。
「……最近では、彼奴を崇める宗教まで起ろうとしている動きがあるとか……」
「王家を蔑ろにするのにも程があるぞ!」
怒りを露わにしている貴族の男に疲れたように別の男が洩らす。
「それを扇動しているのが第2王女様と第4王女様だからな……」
「陛下のご心労も仕方のないことだ……」
「貴殿らの教育が悪いからだ!」
「……まぁ待て……彼らを責めても仕方ないだろう。悪いのはあやつらなのだから。そうだろう?」
鼻白む男だが、その男を責めても仕方がないと分かっているのでそこで気勢は削がれた。
「どこの馬の骨ともしれん輩が……そもそも奴は雇われることに否定的であったではないか……」
「それが第4王女殿下の恩寵を得てからというものの増長しおって……」
「このままではクリーク王国が軍事国家になってしまうぞ?」
「志願制の兵制度が強制徴兵になるかもしれんな……」
不安の声が出るとそれを誤魔化すかのように怒りの声を出して平塚たちへの文句を紛糾させる。
「穏やかで平和だったクリーク王国はどこに行ってしまうのか……」
「あいつらを追い出さなければこの国は駄目になってしまう!」
「……では、我々も動こうではありませんか。」
ある男が言った言葉に全員が一瞬黙り、そしてその男に質問を始めた。
「……貴殿は何を言っておられるのか?」
「知れたこと、彼奴を政治の舞台から引き摺り落ろすのですよ。」
「それは無理では?口惜しいことに彼奴は大魔導師を二人とそれに中級魔導師、それに私兵が大量に……」
「おやおや、あなたは自分で言われたことをお忘れか?」
発言した男が自信ありげにそう言うと周囲も考え始める。誰も発言しないことを受けてその男は内心で溜息をつきたいのを抑えて言った。
「陛下が、気に入られていないのは明白であろう?例え、第2王女殿下、第4王女殿下がどう思われていようとも関係ない。この国は陛下が王なのだ。そして、王の言葉は絶対である。その上、彼奴が傲慢にも定めた貴族院は我々の管轄にある。上奏を通過させるのに何の弊害もない。」
「陛下か……だが、王女殿下方に甘いお方であられるからな……」
「だが、あ奴に恩寵をお与えになっておられる第4王女殿下の方に関しては王妃殿下が逝去なされてからというものの少し距離がある。」
また別の男がそう言った。それを聞くと他の者たちが色めき立つ。
「それは本当か?」
「ならば行けるかもしれんぞ。」
「だが、どうやって奴を失脚させる?奴は国の兵を半ばの統帥権を持っている上に、我らの財源だった多数の商会を潰し、自らの財団を作って金を集めている。まともにやり合っても……」
弱気な意見が出ると初めに貴族団が動くように提言した男が気勢良く次のように発言した。
「それが、つけ入れる隙なのではないか。国の半ばの兵を私物化し、我らの力を弱めて国庫の源である金を徴収している。これは立派な謀反の備えと見做せるのでは?」
この男の話を聞いて行けるかもしれないと言った雰囲気がこの中を包み、そして誰かが言った。
「では、勘付かれぬように実行することにして異存はないな?もし、異存があるようだったらその方は参加しないで静観しておればいい。ただ、我々の邪魔をするようなことはしないでくれ。……尤も、この場にいる賢明なる方々であればそんなことをするような人物はいないだろうが……」
そして、会議は終了した。次々と人が去っていく中で最初に動きを示そうとした男が椅子に腰かけたまま内心で笑みを漏らす。
(……愚にもつかん俗物どもが……元々名ばかりだった役職に実が付いた途端に掌を翻し、挙句はその失敗を人の所為にするか。白金30枚の横領も昔のお前らであれば国を挙げての責める事件だっただろうに。)
誰もいなくなった後の部屋でその男は誰かを待つ。するとどこからか極々薄い茶色の服を着た男が男の前に降り立った。
「……虫は?」
「誘蛾灯に。ここにはナシです。では。」
それだけ端的に告げるといきなり現れた男はすぐさま消えた。それを受けて男も立ち上がる。
(軍備?お前らは平和だと言っていたがこの国はまだ平定して間もないんだぞ?各地で細かい暴動などが起きているのを知らんのだろうな。スゥド王国が攻めて来ない?何を根拠にそんなことを言える……国境付近でどれだけヒラツカが苦労していると思っているんだ?国民皆兵?お前ら、何のために貴族院として君臨しているんだ?そうなったら死ぬ気で止めるのがお前らの役目だろうが。大体、いざ戦争になればスゥド王国にとってクリーク国は敵国の人間だから兵士だの民間人だのそんなものは気にしないがな……)
思考の途中で男は部屋を出てすぐに先程室内にいた貴族の一人と鉢合わせしたのでそこで思考を一度止めてにこやかに会話をしながら内心で嘲る。
(いざ、動くとなれば一気に怖気づきよって……文句を言う声だけ一人前。しかもそれも多くはポーズに過ぎない。自分が何もできないのを周囲の責任にするだけの無能。内心では自分がダメなのを分かっている。)
会話を終えて一人になって彼は屋敷に戻りながら更に思う。
(……ヒラツカ。お前は何でスゥド王国が無駄な軍事を行っているのに我々が動かないのか考えなかったのか?国民の気質?現地の人々の話し合い?違うな。答えは、ここにある。内部の不満は高まり切っており、機は熟した。確かにお前は天才だったのかもしれんが……私の為……引いては我がスゥド王国の栄達のために表舞台から消えてもらうぞ?)
彼はすでにまとめてある草案を思いつつ今回の会議の流れに従って内容の一部に編纂を加える必要があるなと思いつつ帰路についた。




