生きる世界
「…松田。差し入れ…」
「あぁ…」
本が積み上げられた部屋の中、連日に渡って様々な魔法や術式を行使している松田の下を平塚が訪れていた。
ノブナガの下で条約などの締結を行っていた彼らは一足先に本国へと戻ったフロワにより王妃が本当にスゥド国の呪いにより衰弱していることを告げられた。
そして、宮廷魔導師の松田の帰還を早めるように、言われて全て読んでいたかのように先回りしていたノブナガと省略気味な条約の締結をして、戻って来てから松田はずっと呪いと格闘しているのだ。
「くっそ…平塚。これ分かるか?」
「…分からん。少なくとも今使われてる言葉じゃない…」
ニード山脈のスゥド国領土を奪ったことによりスゥド国の呪術に関して多少の情報は入って来ているのだが、解読に時間がかかる。
平塚の言語能力付与は現存し、日常的に使用されている言葉だけが解析され使用可能な為、呪文などには効力がないのだ。
「時間がねぇってのに…」
「飯食わねぇとお前が死ぬぞ。ほら。」
「あぁ…」
松田は平塚が持って来た食事を摂る。彼らの身分に比べると非常に簡素なものだが、効率重視の為松田はそのようなことに気を配ることもない。
なにせ、解読された限りのある情報から見るにもう余命が数日しか残っていないのだ。
その部分の解読時、松田は一度「楽になる」との文言を見て安堵した後に続く文で現在の段階が進むと死んで楽になる言う意味で書かれてたと知り、て一気にどん底に落とされた気分になっていた。
そして、その日を境に松田は寝食を蔑ろにして研究に没頭し始めたのだ。基本的に平塚の言葉しか頭に届かない。聞こえていても流すだけになってしまい、今のように平塚が食事を持ってこないと食事すらしなくなってしまったのだ。
例外はフロワの言葉と後宮からの連絡だけになっている。
「フロワ様は…?」
「表面上はいつもと変わらんが…空き時間は王妃様の所に付きっきりだ。後は分かるだろ。」
フロワが平塚達の所に来る回数はめっきり減少している。公の場では毅然とした態度で振る舞っているが身近な者であれば誰が見ても心を痛めているのは分かる状態だ。
「ちっ!あ゛ぁ…ウッゼェ…幼女様泣かせて紳士の名を語れるかよ…クソッ!」
松田のこの言葉の裏には彼の親友と言える友人の重荷になりかねない現状を打破できない悔しさも込められている。しかし、それを伝えることは彼を追い詰めることに直結しているので面に出すことはない。
松田の努力あってその事実を知らない平塚は表の意味だけ捕えて頷いた。
「…まぁ、言葉はともかくそうだな…」
心底病気なんだなぁ…と思う。しかし、いつものように突っ込みを入れるほどの元気はない。松田の方も話を切り上げて食事を片付け、本の解読へ向かって行った。
「…じゃ、俺は…」
平塚はそう言って食器を持って部屋を後にする。
「あぁ…悪いな。」
松田はそう言って平塚を見送った。
平塚は平塚でやることがあった。王妃が危篤であっても国政は回さねばならない。そして重役である松田がいない状態で平塚は彼の分まで仕事を回されているのだ。
無論、城の文官たちも働いてはいるのだが、判断を下すことができるのは平塚だけで、優秀な面々は併呑したエスド国、ヴォラス国などに出向いているので絶賛人手不足となっている。
「…ちっ!慣習法の統合が上手く行かんな…効率だけを考えるなら権力と武力で一気にごり押ししたいところだが無理がある。」
上手く行かないこととストレスからかイライラが募りつい言葉を漏らしてしまう。
ここで今更ながら平塚は自分の現在の職に疑問を持った。何故、楽な仕事を手にしたはずなのにこんな状態になってしまったのか。分からないが考えていても仕事が減るわけでもなく思考は作業の中に埋没していく。
そして気が付くとまた翌日になっていた。思考の海にダイブしていた平塚は執務室のドアの前に誰かが居る気配を感じ、思考を戻した。その直後にノックされる。
「後宮の使いです。元帥閣下にご用件があり、参りました。入室の許可を。」
「入れ。」
「失礼します。」
入って来たのは第一王妃の侍女だった。その顔から表情は欠落しており機械的な口調で用件だけを告げて来る。
「第一王妃殿下様がお呼びです。至急ご参内をお願いします。」
「……わかった。今すぐか?」
「はい。危篤状態に入られました。急いでお願いします。」
平塚は香水などで連徹の匂いを隠したりして手早く身支度を整えるとすぐに案内されるままに移動して行った。
そこにはすでに松田が参内して何か術式を唱えていた。平塚の入内と共に第一王妃は松田の術の詠唱を少し小さ目の声で発するように頼んで、平塚を見据える。
「…お待ちしておりました。ヒラツカ元帥閣下。早速で悪いですが、あまりもたないようですので簡潔にお話をさせていただきたいと思いますね?」
「はい。」
衰弱した影響か、以前に会った時に比べて痩せている印象を受ける顔から放たれる射られるような視線を平塚は真っ向から受け止める。
そして苦しそうに喘いでいた声が松田の詠唱の終了とともに整い、整うと第一王妃は口を開き、一気に言った。
「…元帥閣下ですから、側室を持たれるのは仕方がありません。しかし、フロワを蔑ろにすることはないようにお願いします。それと、あの子はまだ幼いですので無理をさせないでください。感情に乏しいように見えてあの子は情緒豊かですからサインを見逃さないように気を付けてください。魔法という強力な力を持つことで面には出さないようにしていますが、本当は寂しがり屋で怖がりで、実はロマンチックな物語が好きなんです。あの子に何も残せないまま逝ってしまう病弱になってしまった我が身を恨めしく思いますが母の頼みだという事でお願いします。」
そこまで言って返答を求めるような視線を向けられ、多少迷っていると第一王妃は続けた。
「元帥閣下におかれては実年齢の割に大人びた思考をお持ちのようでフロワのことをどうしても子どもにしか見えないようですが、あの子は本気です。一方的で勝手だとお思いでしょうが城内で姫として言った初めての我儘を、どうか叶えて頂けませんか?」
そう言って第一王妃はフロワの母、ジョルジュとして頭を下げた。平塚はそれでもしばし逡巡し、目を閉じてから考えて答えを返す。
「―――微力ながら、尽力させていただきます。」
平塚の返答はこれが限界だ。しかし、第一王妃は顔を上げて微笑んだ。
「『ちょっと兵を貸してくれ』と言ってニード山脈北部地域のスゥド国の領土を全て征服してくださった閣下であれば微力の尽力でも安心させていただけます。松田さん。ありがとうございました。」
「……申し訳ありません。」
礼を言われた松田は苦い顔をして第一王妃の礼にそう返す。第一王妃は気にしないように言ってから寝台から立ち上がり、彼女の侍女を伴って扉から出て行った。
残された平塚と松田。不意に松田が口を開いた。
「……王妃様は明日、身罷られる。研究中に急に呼ばれて訊かれた術があるって答えたら1日だけでも動ければそれだけでいいという本人たっての希望でそういう術を掛けた。全部解読したが……解呪方法はやはり術者の全滅しかなかったんだ…」
松田が悔しそうに話をするのを平塚は黙って聞いていた。
そして、翌日ジョルジュ第一王妃は崩御した。




