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異世界不本意戦争記  作者: 枯木人
地盤固め
47/102

VS ヴォラス 迎撃戦

「…は?今、何と言った?」


 ヴォラス軍中軍を率いる将は伝令の言っている言葉を聞き、それの意味を十分に理解することが出来ずにもう一度聞き直した。


「はっ!先鋒のイスカルツェ様の軍は壊滅し、クリーク軍によってヴォラス王国軍は国境の森付近まで追い返されております!」

「も、森とは我が私兵の目前にあるあの森か?」


 それ以外に何があるのか、と言われれば何もないという事位彼―――グリュースには分かってはいたものの尋ねることしかできなかった。


 そして伝令は事実を淡々と述べる。


「その通りでございます。」

「ば…馬鹿な…ヴォラス王国最高の将軍と言われるイスカルツェ様がこんな短時間で…?」


 グリュースは伝令によるイスカルツェの敗走と戦死を理解し、受け入れるのには伝令がいなくなってから数分の時間を要した。


 それほどイスカルツェの敗退が驚きだったのだ。そしてグリュースではクリーク軍に勝つ方法を知らない。彼はヴォラス王国で軍部大臣の父を持つものの実戦経験は皆無なのだ。


 彼はその端正な顔を歪めて色々と考え、そして取り敢えずは自分の上官に当たる後軍を率いる将に連絡を取ることにする。そこまで約10分近くの出来事だ。


 そしてその約10分間の時間が彼にとっての不幸を招くことになる。


「ふぅ…すぐさま白熊姫はくゆうき様に伝令を頼むぞ。」


 彼が近衛の一人にそう頼んだとほぼ同時に天幕の出入り口に人の気配が近付いてきた。それに気付いたのはグリュースだけで、伝令内容を暗記するのに忙しい近衛は気付かない。


「はっ「邪魔するわよ。」」


 内容を理解した近衛が返事をし、駆け出そうとしたところだった。


 グリュースの天幕に厚化粧で肌を白く塗りたくった巨体の持ち主である白熊姫ことヴォラス王国第1王女オヴァ・セイン・ヴォラス(独身・46歳)が彼女の子飼いの奴隷の男娼を複数人連れて現れたのだ。


「こ、これは第1王女殿下…」


 グリュースは慌てて臣下の礼を取り椅子から降りて跪く。それを受けてオヴァは面倒臭そうに彼女の男娼の太腿ほどもある腕を払って椅子に座ることを許可する。


「グリュース子爵。戦況は聞いてるわよ。旗色が悪いらしいわね?」


 彼女はそう言って彼女が連れて来た中でも屈強な男娼を2人ほど四つん這いにしてその上にどっかり腰かけた。彼らの太い腕が軋む。


「はっ!申し訳ございません!」


 グリュースは不興を買わないように頭を下げる。そのついでに目を合わせないようにも気を付けた。


「あたくしは責めているわけじゃないのよ。これからどうするか、それを話し合いに来たの。……しっかりおし!」

「っぐぅ…」


 序盤の言葉はグリュースに向けられたものだが、最後の言葉は座って数十秒しか経過していないのにもかかわらず震えだした男娼たちへと向けた物になっている。


 オヴァの巨体に椅子になっている男娼たちが時間経過とともに腕を震わせながら耐える。それでも震えてしまうので、その震えが上に来る度にオヴァは尻を思いっきり叩く。


「…失礼したわ。」


 グリュースは内心恐々としながらオヴァとの話し合いに戻ろうとする。しかし、何やら外が騒がしいことに気が付いた。


「…何かしら?」


 そしてそれはオヴァも気付いたようだ。彼女も立ち上がり、外を見ることで男娼たちは解放され、ほっと安堵の声を漏らすが、オヴァはそれどころではなかった。


「しっ!失礼します!…っ!これは第1王女殿下!」

「今は礼は良いわ。何が起きてるのかは見たらわかるけど…クリーク軍の襲来で間違いないわね?」


 ガマガエルのような顔で睨みを利かせて伝令に駆け付けた青年を見るオヴァ。青年は何故か敵よりも目の前にいる彼女の方が恐ろしく感じ、顔を蒼白にして何度も頷いた。


「グリュース子爵。行くわよ。」

「はっ!」


 そしてグリュースは天幕から飛び出して馬を馬丁に引いて来させ、オヴァは輿を引き連れていた男娼とはまた違う男たちに持たせて戦場へと出向いた。





 そこで待つのは当然クリーク軍を率いる二人の男。今や男爵になった元帥ファンテ。それに勇猛なる狼人、フィロド将軍だ。


 そんな彼らを見てオヴァは舌なめずりをする。


「…あらぁ…中々いい男じゃない…グヌフフフフ…」


 瞬間、遠く離れたはずのファンテとフィロドの背筋に悪寒が走ったような気がした。


「欲しいわねぇ…?ねぇ、グリュース子爵…」

「え、あ、第1王女殿下のお望みの様に…」

「あの狼人はぜぇったいたくましいもの持ってるわぁ…それにあの将軍も田舎臭いけど中々いい味出しそうだし…」


 戦場で覚えてはいけない感情―――同情の念を思わず覚えてしまったグリュース。そんな彼らは一般卒より当然高い位置にいるので目立ち、敵軍がこちらに迫り来た。


「フヌ…お楽しみはこれまでね…馬と雷斧持てい!」


 そう言うと彼女の体型を支えることができる希少な彼女の愛馬、颶風ぐふうが彼女の下にやって来た。彼女は輿からその巨大な馬に乗り移る。


「グヌフ…フフフフフフフ!さぁ!行くわよ!」


 5人がかりで持って来た巨大な斧を片手で軽々と持ち上げるとそれを掲げ、一気に突撃を開始した。


 その姿はまさに暴虐を以て全てを破壊する台風。また、ヴォラスが位置する北で最強の熊のようだ。


「ヌフフフフフフゥアッ!」

「槍衾で牽制しろ!後続!弓構え!」


 だが、クリーク軍もただやられるわけではない。近接戦で不利なのを悟るとその一部分だけ兵を若干下げ、長物で牽制しつつオヴァを狙い撃ちしようと構える。


 しかし―――


「『全身凶化』!」


 オヴァから白濁とした変な煙が出たと思うと矢の雨は戦斧「雷斧」の一撃で全て勢いをかき消されてしまった。


「ちぃっ!次!かま―――」

「貴様がこの隊の頭ねぇっ!ったぁっ!」


 次の指令を下そうとする小隊長を見据え、オヴァが戦斧を振り上げる。


 小隊長が彼の人生を諦めた…その時だった。ガギンっ!という金属同士がぶつかり合う音がして彼の命は守られたのだ。


「グ…ヌフフフフ…来たわね?」

「…お前がこの軍の大将か?」


 小隊長が目を開けて、その前にいたのは彼がまだ傭兵だったころからの付き合いであるお頭―――


「フィロド将軍!全体の趨勢が決まるまでそちらは任せたぞ!」


 フィロド将軍だった。


 彼は狼の顔をにやりと笑わせるとオヴァの戦斧を大剣で弾き飛ばした。オヴァは特に何の苦労もせずにそれを操って自分の横で構える。


「ヌフ…ヌフフフフフ!出来ればあなたとはベッドの上での戦いが望ましかったのだけど…どうかしら!?」

「…何を言っているのかわからんが…敵であることは変わりないな。斬る!」


 気迫を込めた一撃。それをオヴァは受け止めて化粧に包まれたガマガエルのような顔をにやりとした物に変える。


「やるわねぇ…?ますます欲しいわ。ふぬぅんっ!」

「ぐっ!なんて力だ…」


 お返しとばかりに雷斧で大剣を弾き返すとそのままフィロドに一撃を加えた。その重さは獣人であるフィロドをしても驚かせるには十分な物だ。


 辺りはその一騎打ちに巻き込まれないよう、そして妨害が無いように次第に円形になって戦闘を止めている。


 そしてその中央で剣と斧が舞い、ぶつかり、数十合、100合近い数に及ぶ激闘が繰り広げられる。


 そんな戦場の拮抗した戦いはオヴァのフィロドの剣を強く弾いた後の行動で止められる。


「はぁーっはぁーっ…何を企んでいる…?」

「…これ以上は無駄ね。」


 フィロドは分かっていた。


 周囲は拮抗した戦いだと思っている先程の戦いだが、実力でフィロドはオヴァに僅かながら負けていたことを。


 彼女は何かを気にしてあまりこの戦闘に集中できていなかったことを。


 そして、このまま続ければ彼は間違いなく負けていたということも。しかし、彼女の突然の行動によりその結末は訪れなかったのだ。


「グリュース子爵!逃げるわよ!」

「は…?」


 突然の終わりに呆然としているのはフィロドだけではなかった。周りもどうしたものかと固まっている。


 しかし、オヴァはそれに気を留めず、グリュースを拾い上げると愛馬「颶風」の背中に乗せ、自陣の方へと一気に駆けだした。


 そしてグリュースはオヴァが逃げた意味を悟る。


「いつの間に…」


 ヴォラス軍の中軍が駐在していた陣はファンテによって全て奪われ、先程彼らがいた所以外の全ての場所が既に決着をつけられていたのだ。

 そんな陣形を見てオヴァは端的に呟く。


「…あっちね。」


 その方向はヴォラス本国の方向ではなかった。それを悟ったグリュースがオヴァに質問する。


「あの…第1王女殿下。どちらに…」

「ヴォラスは滅びるわ。だから王国の血を絶やさないように今は逃げるのよ!」


 鼻息荒くオヴァがそう言うと、王国最高の将が討ち死にし、最強の将が戻らないという事は確かにヴォラスにとって致命的な物であることを理解し、そして血を絶やさないことが大切だという事も分かった。


「そうですね…では微力ながら私もお供を…」


 彼は本国が亡国になったからといって忠誠の心を失うほど薄情ではない。本心からそう言ったところ、オヴァはしばらく馬を走らせた後、彼を見て今にも捕食をしそうなウシガエルのような笑みを浮かべた。


「いえ、あなたの力はとても大きいわ。…そうね。取り敢えず、今日から励みましょうか。」

「…は?」

「王国ではあなたの父上、軍部公爵が邪魔をしていたけどここでなら邪魔は入らないわ…」


 グリュースは言いようのない恐怖に駆られた。先のクリーク軍と比べても計り知れないほどの巨大な恐怖だ。


 だが、彼は今巨大な馬「颶風」の背に乗っている。つまり逃げ場はない。


「…ヌフ…まだこの辺りは残党がりで来そうね…落ち着けるところまで…ヌフ…」




 彼は、先の戦で死んだ方がマシだった。そう思えるような日を迎えることになったのだ…





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