VS ヴォラス 防衛戦
ファンテが考えた策がフィロドの命によりクリーク軍に下り、翌日の空が白み始めるころ、砦を落とせずに少し離れている矢の届かない国境の林付近に陣を敷いていたヴォラス軍は視界が開けた砦前を確認してすぐに伝令を入れる。
「で、伝令です!クリーク軍が立て籠もる砦の前に軍団が展開しています!」
「何?もう援軍が届いたのか…?数は!?」
ヴォラス軍を率いているのは何度かアヅチ軍との交戦経験を持つ将軍、イスカルツェだ。彼はアヅチ領に侵略しに行っては敗ける同僚の後始末で功を立てていた辺境の将で、ある程度退けば追って来ないアヅチ軍による恩恵を受けている中年だ。
今回、内乱の最中で漁夫の利を勝ち取っただけの噂が流れているクリーク軍を破り、自分の地位を盤石にしようと画策して前線の任に当たっている。
その地位を自分の息子にも継がせるために息子のカシューイもこの戦争に参加して、陣営にいる。
「か…数は馬が100に人が200人ほどです。」
「ふむ…まずは小手先調べ…か。兵を集めよ!500の兵で打って出る!」
イスカルツェは伝令を運んできた兵士にそう告げるとカシューイにも行軍に参加するように言って軍議の席を立った。
「ククク…出る杭は打たれるのだぞ。クリーク国…その巨大となった国力、そのまま我らに渡して貰おうか!」
イスカルツェはそう言って愛馬の下へと移動して行った。
「…来ましたな。走り始めじゃあまり意味がない。もう出撃して…」
「フィロド将軍。まだで…まだだ。今出撃すれば陣に籠っている兵の斉射範囲内で交戦することになってしまう。」
ファンテ卿は戦闘中は部下の士気を下げず、舐められないために偉そうな言葉遣いをするように言われているので頑張って色々押さえつけ、軍の流れを見ている。
(…やっぱり情報は確かみたいだ…アヅチ族との小競り合いは実質戦争じゃないみたいだな…これなら戦を知らないっていう情報も頷けるだ。)
ファンテ卿は進軍スピード、軍の士気、兵の流れ、統率などを見ながらそう判断した。
「…遅い…ですな。確かに先程ぶつかっておれば…いや、しかし…遅すぎや…」
「見たこともない物にいきなり突撃と言われればあまりモチベーションも上がらないだ…ろう。それに、だ。」
ファンテ卿は隣にいるフィロドがギョッとするほど不気味な笑顔を浮かべた。それはまるで平塚の笑みだ。
そしてファンテは隣にいる伝令兵に端的に告げた。
「合図を。」
「はっ!」
伝令兵は急いでその場から離れた。それを見てフィロドは訝しげな顔をする。
「ファンテ隊長…いったい何をたくらんでいるので?」
「フィロド将軍に全部任せるというわけにはいかないのでな…ちょっと工作しておいた。一応話は貴君の副官に通しておいたはずだが…?」
ファンテの言葉にフィロドが舌打ちし、唸り声をあげる。
「あいつ…弛んでやがる。軍律を正さねばなりませんな。」
「恐怖による統治は許可されてないが…まぁ今回はそうだな…」
ファンテはフィロドの言葉に同意の声を上げる。降伏で得た領土内で軍務を下りて実際の戦闘をしたことがない物も多くいるので一部に弛緩した雰囲気がある者がいるのは仕方ないが、許されることではない。
フィロドの副官はクリーク王国の名目上軍部大臣だった男が推薦して入れた者でスゥド国との戦争時は本国にいた者だ。
訓練時は各任務を熟しており別段問題はなかったのだが、軍備、行軍、確認、砦の補修、軍備…と連続した任務により今回失態を犯してしまった。
「過ぎ去ったことは今嘆いていても始まらないですな。ファンテ隊長。何をなされるので?」
「まぁ…簡単なことだ。」
伏兵だよ。ファンテ卿が別段変わったことはしていないそう告げたその時、進軍しているヴォラス軍の後方で混乱が生じた。
「イスカルツェ様!後方の林より敵襲です!その数、多数至急お戻りください!」
「はっ小賢しい!俺が出向くまでもないだろう。弱卒はお前らで…」
イスカルツェはここに来てまだクリーク軍を侮っていた。しかし、一応頭は使っている。
「俺の後の200後ろで攪乱して来ている別働隊を殲滅しろ。どうせ小勢の浅知恵だろうが前にいる敵兵に対して陣が乱れると相手の思うつぼだ。カシューイ。任せたぞ。」
「はっ!」
イスカルツェの命に従い、カシューイはその場から走り去った。
「ふん…諜報部隊が役立たずしかいないせいで敵の概要があまりつかめずに少々浮き足立っておるが…同時攻撃に我がヴォラス王国の突然の宣戦布告。軍備が整っていないクリークは…」
イスカルツェの言葉はそこで途切れた。目の前の光景が自分の思い描いていたものと全く異なっているのだ。
「…は?」
次々に兵が逆流してこちらに戻ってくる。そしてその戻ってくる部分と進んでいる部分がぶつかり、争いが起こる。
しかし、馬上のイスカルツェは争っているその前まで見ることが出来ていた。
「ば…馬鹿な…おかしいだろ…何故あの程度のモノを全く止められないのだ…?」
こちらに迫って来るのは全身フル装備で何人もの人が乗っており、これまた馬具で固められた馬が牽いている鉄製の荷台のようなもの。
「飛び乗るなり、叩き殺して奪うなりすればいいじゃないか!」
イスカルツェは矢も楯もたまらず馬を駆り、前線へと単騎で乗り込み叱責した。
「全軍恐れるな!突撃せよ!我こそは勇敢なる北の戦士、イスカルツェ!我がヴォラス王国に栄光をもたらすためにこの地に戦火を落とした野蛮なるクリーク国を排除する者なり!」
彼は名乗りを上げるが逃げ惑う兵士たちの悲鳴とその上官の怒号によってかき消される。
しかし、単騎で馬に乗っているその姿は目立った。クリーク王国の戦車が一部方向を変えてイスカルツェの方向へと迫ってくる。
そんな中イスカルツェは不敵に笑った。
「いいか!こうやって…」
迫り来る戦車に乗っている一人の攻撃を槍で受け止めると攻撃を返そうとして…その戦車は行ってしまった。
「ちぃっ!ぐ…あ?」
己の武を誇示するための絶好の機会を逃し舌打ちをし、行ってしまった戦車を憎らしげに見ていると突如その腹部から灼熱感が襲ってきた。
「おぉ。何か偉そうなの刺せた。」
「軽口叩くな!死にたいのか!」
「へいへい…まぁ弱いし…大したことない奴だろうからいっか。」
遠ざかっていくその声を聴きながらイスカルツェは落馬する。
(ふざけ…俺は…この軍を率い…)
そしてその思考を最期にイスカルツェは野望を抱いたまま絶命した。
その後、総大将がいなくなった挙句、後方での戦闘でも常に多対1のクリーク軍のスタンスを崩すことが出来ずに別働隊にも敗北したイスカルツェ率いる兵500はこの日の昼までに壊滅した。




