ニード山脈北部地域 第二戦・準備
「さて、牢の中に居るクシア・フィロド卿の下に行くか。」
流石に今日また別の所に進軍するつもりはないので俺は事後処理に一度区切りをつけて、残った一部を何故か最近張り切っている松田に任せて狼人さんの下へ行くことにした。
…流石に今日は進軍しないと言ったところだが、実際は進軍したいところなのだ。しかし、訓練されている兵ならまだしも、ここに居る兵の大半は農民兵だから無理は出来ないと判断して進軍はさせないことにしている。
これから鍛える人々が厳しさばかりの行軍に疲れて逃げないように適度に飴を与えておく必要はあると思ったからだ。
ただでさえ、略奪を禁止しているのだからそれ位はしておかねば離反者が増えまくる事だろうと見越してのことでもある。
さて、それはともかく今の話はスゥド王国の狼人族の騎士についてだ。最近、間諜の育成まで手掛けだしたファム(もうロリババアとか言えない。もの凄く有能な幼い体を持たれるお年を召された方だ。)の調べによると…
フィロド卿の生れはスゥド王国の首都エーラワンだが…騎士になった時に治めている人種が猿人(俺らみたいな普通の人間)だったので猿人の王による猿人以外の獣人排斥のため、能力があるのに排斥。この北の辺境…レノウに飛ばされたという事だ。
肝心なのはここから、それでも彼は逆境にめげずに今獣人の地位が低いなら俺が上げればいいとこちらに飛ばされてから10年近く功績を立てようと画策していたらしい。これは並大抵の心ではできないことだと思う。
普通の人物であれば、現状と折り合いをつけて諦めるところなのに、この騎士は苦境に於いて諦めることなく戦い続けたというのだから。
…尤も、兵が減るし、今の暮らしの何が悪いという考えの無能領主の所為ですべて無駄になっていたのだが…それを思うと、この辺りの軍事について思うところが出て来る。
「実際問題、こっちに居る貴族の私兵を動かせば多分この辺りの平定できてただろうしなぁ…まぁ、一枚岩だったらの話なんだけど…」
俺は牢に向かう途中で今思ったことと、あることを思い出してそう呟いた。
スゥド軍の北部残留組、総軍1万5千が協力すれば総兵力5000しかないクリーク王国に普通に攻め亡ぼされていたはずなのにクリーク王国が生き残っていたのはこちら側の貴族が互いに足を引っ張り合ってくれていたことが大きいだろう。
何せ、酷い時は砦に派遣された貴族に近づこうとして前線近くの領地を留守にしていたら奥地に居た貴族から攻め込まれたという貴族がいたらしいからな。その所為で迂闊に領土から出ることが出来なくなったという腐敗ぶりだ。
本国は山脈北部は自治地区として何も命令を出さないらしいし…
そんなギヨーム辺境伯たちから聞いた悲惨すぎるスゥド国の内情の世間話を思い出しながら歩いているとすぐに牢の前に着いた。
中に居る狼人は全てを諦めている眼をして、笑ったように見える。…正直お犬の顔だからよく分かんないけど…多分笑ったんだと思う。うん。牙を剥いたようにしか見えないけど。
「…あんたが大将かい…若いねぇ…」
「お前がフィロド卿か。」
今度は分かった。これだけ目を見開いているってことはほぼ間違いなく驚いてる。
「…何で俺の名前を…?」
「調べているからな。…さて、まだるっこしい話は抜きだ。お前、俺に仕えろ。」
ちょっと…いや、大分偉そうかな…?でもただでさえ子供姿だからなぁ…舐められたらお終いって感じがするし…
それに元30半ばのおっさんから見ればこいつもまだ俺より年下っぽいし…
そんな言い訳がましいことを考えていたが、相手はそれどころではなさそうだ。
「…は?」
今度も感情が見て分かるなぁ…口をぽかんと開けているし。驚いた顔は分かりやすいな。うん。
そんな彼は少し困惑して何か考え出した。
「え…俺、最後まで戦ってたよな…?アレ?兵を任された辺りから夢ってことはない筈…火柱を突っ切ろうとしてもの凄く熱くて諦めたの覚えてるし…」
…そんなことやってたのか…アレは…死ぬぞ?もっふもふの毛皮が超燃えそうなんだが…よく生きてたな…
「まぁ…逃がしてやってもいいが、逃げたら殺されるだろうな。調べる手間なんざスゥド国の腐敗貴族がかけるとは思わない。疑わしきは処刑って感じだろう?」
「…だろうな…」
重々しく狼人は頷いた。
「それに万が一生き残れたとしても、もう軍を率いるという事はない。」
「…待て、」
「ん?」
何かマズったか?もしかしてこいつ楽観的に生きてるとか?それなら希望は打ち砕かないと…
そんなことを考えていた俺に狼人が若干早口で訊いてきた。
「その言い方だと…仮に俺がクリーク国に寝返ったとして、これから後に軍を率いさせてくれる…みたいな…ニュアンスが…」
「?勿論だが?」
狼なのに馬か鹿なのか?使える奴に仕事を与えず何とする?
「俺は…狼人族だぞ…?猿人のあんたが他人族を信用…」
「狼人族とか見ればわかるわ!」
こいつ俺を馬鹿にしてるんだろうか?食う気か?狼め!…ふぅ。俺も緊張してるみたいだ。落ち着こう。
「信用するさ。野望あるんだろ?狼人族の地位の向上って。」
「あんた…だが…勝手にそんなこと決めて…猿人族は獣人を…」
「知るか。俺の下に付かせるんだ誰にも文句は言わせねぇよ!」
「っ!」
お、何か感動してるっぽい。…特にそんなことをされる覚えはないのだが…アレか?貴族の扱いが俺が考えてたより悪かったんかな?
しばらくの間の後、狼人は俺の目を真っ直ぐ見て言ってきた。
「…俺の命はあんた…いや、旦那に預けよう。我が主として信念違わずここに生き続ける者に我、クシア・フィロドの忠臣を捧げる!」
…何か大袈裟なことになってる…やんわり止めてみたけど「一度は死んだと思ってた命だ。旦那の好きなようにしてくれ。」って…おぅ。何か嬉しい。
「…それじゃ、牢から出すか。」
出した。さぁ次はお隣の、この領地主だった無能より更に性質の悪い腐敗貴族、カジャル率いる1500が相手だな…今回は、面倒な奴だ…
ガジャルは先ほど言った貴族が居なくなっていた所に攻め込んだという老貴族だ。
その性格は短気だが抜け目がなく狡猾とのこと。また、圧政によって得た金で軍備も整えている上、こちらの様子を窺って傭兵まで300名ほど雇っているらしい。
俺はファムさんが持って来ていた資料と、ギヨーム辺境伯から貰った情報を思い出しながらここが今回のターニングポイントだという事を再認識して思いを馳せた。




