落としてみたんだが…
俺はスゥド国の最北にある城塞都市の領主を務めるギヨームだ。この都市は周囲が穀倉地帯という事で中々の賑わいを見せている。
今年の出来も中々で、仮に北のクリーク王国が攻めて来てもこの都市の住民ごと籠城しても1年はもつだろう。そう認識していたが…戦争が本当に起こった。
例年のように牽制に向かった兵を撃退し、砦まで侵略。スゥド国でも有名な剛勇で知られるイェズウ将軍は討ち死にとのことだ。
…はっきり言おう。想定外だ。
「なぁオイ…どうする?」
俺は幼い頃からの友人で、今は家令になって切り盛りしている一番の信頼できる臣下。へクドに助けを求めた。
へクドは何を考えているか全くわからない目で応じる。
「降伏なされたらどうですか?」
「なぁっ!?」
あんまりな言葉に俺は声を失った。…が、へクドは淡々と続ける。
「先程の戦いで敗れた兵たちが逃げ帰ってこちらに戻ってきました。これが意味することを旦那様はご理解頂けるでしょうか?」
「運が良かったんだなぁ。」
俺の率直な意見にへクドはゴミ屑を見る目でお返しして来た。
「馬鹿ですか?…いや、いいです。馬鹿だという事は知っていました。」
大仰に溜息をつくとへクドは仕切り直して説明を入れてくれた。
「いいですか?無傷で投降兵を解放するという事は相手はそれなりの兵力を有するという事です。でなければ貴重な兵力を手放したりするわけがないでしょう?」
「え?相手さんが優しかったのかも…いってぇ!」
殴られた。そして汚物が散乱している床を見る目で俺を見てきた。
「優しい人が一晩で侵略戦争を仕掛けてくると思いますか?」
「お…思いません。」
一応俺が当主で偉いはずなんだけどなぁ…とか思っているとへクドは説明を再開した。
「現に逃げ帰って来た農民兵は相手が強大だったこと、それに上級魔導師を連れて来ていたことを門番をしていた私の兵に言って来ています。」
…それ俺の兵じゃね?と思ったが、口に出さない。何か怖いし…
「こちらを必要以上に脅し、住民の混乱を招く策かと思いましたが、農民たちは自ら吹聴することもなく、訊かれたら答える程度のことでした。」
「へー。じゃあホントのことっぽいな。」
「…まぁ箝口令が出されてないのが不思議なんですが…流石に外に逃げた人の言動まで操作できなかったというところが妥当な所ですか。」
何か考えてるけどまぁいいですといってへクドは考えを打ち切った。
「正直に申し上げますと、スゥド国の内部は腐りに腐り切っています。見限るという意味でも降伏した方が良いと思います。それに待遇もいいでしょう。」
「う~ん…でもなぁ…一戦もせずに降伏って安く見られると思うんだけど…」
「し…失礼します!」
俺が悩んでいると伝令兵が息を切らして部屋に入って来た。
「どうした?」
へクドが伝令兵に尋ねる。すると伝令兵は慌てて報告を入れる。…ところでその台詞俺のじゃないか?まぁいいんだけど…
「クリーク兵が10名で城門前に来ております!軍を指揮しているヒラツカと言う者が領主を城壁に出せと…」
「…狙撃されるかもしれないというのに何で行かないと…」
俺が嫌がっているとへクドは一つ頷いて言った。
「わかりました。」
「オイ!」
「はっ!」
伝令兵は去っていった。だから俺の言うこと聞けよ!
そう思って恨みがましくへクドを見ると軽く微笑まれた。
「大丈夫ですよ。いざとなれば私たちが命を賭して守りますから。」
「っ…卑怯だぞそういうの…」
女のお前にそう言われたら俺がビビッて城の中に籠ってるのも格好悪いし…
「敵の将軍の顔でも拝ませてもらうか!」
俺は気合を入れて外に出る準備をした。その際へクドのぼそっとした呟きが耳に入る。
「まぁ弱そうでしたら暗殺も視野に入れておきますか…」
怖ぇよへクド…
「俺がこの城塞都市を治める領主ギヨーム・ヴルトゥームだ!」
そう言った時、下にいる奴の一人が何か少しだけピクッとしたが、すぐに何か女みたいな子供から返答が帰って来た。
「そうか。俺は平塚 治樹だ。今日は降伏…っと。」
相手が子供とみるとへクドが城兵に矢を射かけるように指示。空を覆うとまではいかないものの暗くするぐらいは放たれた矢を見てヒラツカと名乗る子供は口上を止めた。
俺もへクドに抗議する。
「うおっ!何するんだへクド!」
「舐められてはお終いですから。こんな子供を使者に送った方が…」
そこでへクドの言葉は完全に止まってしまった。斉射した矢の彼らに当たったであろう部分は全て空中で止められていたのだ。
「なっ…」
「これが返事か?…まぁいい。松田。」
「あいよ。」
下で何か言っていると空中で止まっていた矢が全て破裂した。
「言っておくが、俺が今回の戦争の全権を持った者だと分かって射掛けたんだろうな?」
破裂音が消えた後、ヒラツカと名乗る少年は良く通る声で俺らにそう言った。へクドがそれを聞いて珍しく顔を青ざめている。…不謹慎だが可愛いと言っておこう。
そんなことを思っていたら上空に何か打ち上げられ、轟音が辺りに響いた。兵たちはそれを見て怯え始める。
「じょ…上級魔導師…」
「化け物だ…」
恐怖が周りに次々と感染していく。それを見計らってヒラツカと名乗る少年は大音声で叫んだ。
「さぁ訊こうか!降伏か!戦争か!戦争を選ぶのであれば明日!全力を以て相手しよう!」
その口上が終わると兵たちの視線が俺の方に集中する。ヒラツカと名乗る少年も俺の目をしっかり見据えている。…何だアレ。ガキのする目じゃないだろ…人生の酸いも甘いも感じた目しやがって…
「ギヨーム様…ご決断を…」
「いや、無理だろ。スゥドの王族とか本隊は南征いってんだし。」
そこでちらっとへクドを見る。彼女も頷いた。
「門を開けろ。降伏だ。」
俺らはこうしてスゥド国から離反した。
この後、本体が100名足らずしかいなかったことを知ってへクドは目を回して倒れた。が、上級魔導師が城内に入った状態で戦争しても勝てるわけがなく取り返しがつかなかった。
それに略奪等が行われなかったので住民も特に何か起こすという事もなく、完全なる無血開城となった。
追伸:弱気になったへクドは超可愛いです。