やってしまった…
俺は何をやってしまったんだ…
目が覚めると昨日のことを思い出して愕然とした。俺はアホだ。他の人の迷惑も考えてない屑だ…
「…何自分から戦争仕掛けてんだ俺は…幾らなんでも酷過ぎる。」
隣にいるディアが規則正しい寝息を立てている。可愛い。…じゃない俺は蒼白になってくっついていたディアから身を少しだけ離す。
「うああぁぁぁ…俺何やってるんだ…ほんっと何やってるんだ俺…」
ディアを起こさないように身悶えする。昨日の俺は本気で何てアホなことを…松田より性質が悪い…ぐぁあぁああっ!
『えへぇ…ご主人様…ディアも首とって来たよ…褒めてぇ…』
物騒なことが聞こえた気がするが聞こえなかったことにする。
「…あぁ…でも不幸中の幸いというか一応今回の戦いで死んだ人は少ないみたいだし…この後俺を免職にすれば大戦争とか起きずに一件落着になんねぇかな…」
ひどく欝な気分になる平塚。どんどん塞ぎ込んでいく平塚はベッドから出ることにする。ディアを起こさないように部屋の外に出るとそこには松田がいた。
「お前…いつからそこに?」
「さっきだよ。お前の部屋の扉が開いた音がしたらファムさんに起こして貰うことにしてたんだ。」
…一緒の部屋で寝てるのか。まぁ俺も人の事は言えないが…
疑わしい犯罪者を見るような目をしていたのだろう。松田は慌てて弁解してきた。
「違うぞ?ヤったりなんかはしてない!婆さん朝早くて俺も起こされたんだ!で、俺は眠いから起こして貰うことにして二度寝をだな…」
「安心しろ…その辺は結構どうでもいい。」
話が果てしなく脱線しそうだったので、俺は話の軌道修正を行う。
「…で、話ってのは…」
「お前。昨日の事悔やんでない?」
あっけらかんと言われた言葉に俺は思わず息を吞んだ。すると松田は笑った。
「あ、やっぱり?だよな~一時のノリでやってしまってたもんな。」
俺はバツが悪くて顔を背けてしまう。だが、松田の方はまだ軽いノリだ。
「何人も死んでたし、日本にいた時には考えられないよな。」
「お前っ…」
咄嗟に咎めるような口調になった俺だったが、昨日俺がやったことを考えれば何も言えなかった。
「…なぁ平塚。この世界の命って軽いよな。」
「いきなり何を…?」
急に真面目な顔になった松田に俺は混乱する。が、俺の頭の中には初めて来た日に殺した野盗。それに昨日間接的に殺した農民の顔が思い出される。
「お前、日本にいた時も人を殺したって言ってたよな?」
「あれは…」
ある。兄貴の息がかかった奴と試合をした時だ。試合中の事故という事で片付けられたが俺は殺しをした。
…だが、それは相手が明確に害意を持っていたからであり、実力もかなり高かった。手加減なんてしてられなかったのだ。今回は違う。明らかに弱い者を何も知らずに間接的に殺したのだ。
野盗はまだよかった。悪だと決める定義があったし、害意が明確だった。今回は…
「あー…ごちゃごちゃ考えてるなぁ…」
俺が堂々巡りを行おうとしていた所で松田がかったるそうに言葉を発した。
「別にお前を責めに来たわけじゃないっての。ちょっと言いたいことがあって来たんだ。」
「…何だ?」
「今回砦を潰した後、農民を解放した時に農民たちから言葉を貰ってね。」
聞きたくない。…が、俺がやったことだ。聞かなければならないことだろう。
「ありがとうだとよ。」
「…は?」
俺は思わず耳を疑った。攻め込まれた相手だ。恨みこそすれ感謝することはないだろう。あり得ないことだ。
「毎回出兵時に臨時増税をかけられる上、8:2の年貢。足りなければ女を出す…更には出兵時は男が戦いに出される…」
「…何だそれは。ここの領主は馬鹿か?」
「そうだな。」
俺は今聞いた意味一瞬わからなかった。全員を殺す気なのか。
「…だから今回膨大な財宝が砦にあっただろ?それは領主から中央貴族への貢物らしい。中央に取り立てて欲しいとね。」
「…捨て駒か。」
中央に行くからこんな敵国に面した土地は要らない。だから生きようが死のうが関係ないといった思考か…クズだな。
「だから今回報酬が払われた時の顔はびっくりしたぞ?『え?何ですかこれ』だってよ。」
「…無償出兵だったのか。よく生きてられたな…」
「彼らにしてみれば負けたら殺されると思って投降したら金までもらえたってことだ。」
何か命令するのならば対価を出さなければならない。元勤めていたブラック企業でさえ守っていた当たり前のことをスゥド王国はしていなかったのか。
「しかも解放してもらった。それで喜んでるんだ。だが…お前がいなくなったらあそこの人間は皆殺しだろうな。」
俺は黙って俯くしかなかった。今の話を聞く限り当然だ。敵国に裏切った者など見せしめに処刑するだろう。それ位の絶対的な権力をスゥド王国は所持しているようだから。
「戦争が続いてるから軍は力を持つ。軍政を敷いている限り治政に目が向くことは少ない。足りない物は他国から奪い取ろうとするからな。力が主義だ。」
「だろうな。」
広く奴隷制が認められている世界だ。攻め込んで勝てば死ぬまで酷使してもいい人材が次々と手に入る。
勝ちを手に入れている地方は富み栄え、それによってもたらされる恩恵で首都も栄える。だが、勝ちも負けもしていないここのようなところは栄えることもなく、寂れるのだろう。
逃げようにも領主が持っている軍には勝てない。それに計画を立てる前に潰される。恐怖政治ができるということはそういうことだ。
「なぁ…お前ならスゥド王国を倒せるんじゃないか?」
「はっ?」
今日は本当にこいつには驚かされてばかりだ。
「…少なくとも俺が持ってる知識じゃこの国の方がマシだ。表向きとはいえ、奴隷制度を疑問視しているところもそうだし、農民もあそこまで酷くはない。」
それはわかっている。…だが、俺にスゥド王国を倒せという意味が分からない。兵力数が違う。軍備も違う。こちらの戦争経験はほぼない。向こうは遠くに出兵しているが、主戦力というものが存在している。
勝てるわけがない。ゲームとは違うのだ。今俺に出来るのは逃げるだけ。
「腹括った方がいいと思うぞ?逃げられる訳がない。この辺りの国でスゥド国の要求を跳ね除けられるのなんていないからな。どこに行こうとも捕まって送られるに決まってる。」
「…ユーク国が…」
「スゥド国を越えて更に南か!越えられればいいな!」
そうだ。悔しいことに逃げるならば山の中しかない。だが、そんなことをしても時間の問題だ。
冷静に考えたらすぐに分かる。詰んでいるのだ。
「なぁ?正直もう気付いてるんだろ?なら九死に一生をかけてみないか?」
「…何でお前がそこまでやる気なんだ…?」
―――クックックやな質問するねぇ…こいつがどんな言葉をかけたら元気になるか徹夜で考えた結果の言葉なのに…―――
悪魔…もとい、【闇の精霊】が突如俺の目の前に現れて姿は見えないようだが笑ったようだ。
「あ?幼女!幼女ハーレムの為だよ!偉くなったらそれ位簡単だろ!?」
―――あぁ素直じゃない…隣の部屋の物音を気にしながらずっと色々考えたのにね―――
あぁ…俺は良い友人を持ったな…アホとか言ってたが最高の…
―――ん?あ、4割本気だ。―――
「やっぱお前アホだろ。」
だけど良い奴だ。頑張ってみようじゃないか。
「はっは!俺が真面目でどうする!あぁ~三度寝しに行ってくる。起こすなよ。」
「…ありがとな。」
「え?何て?」
「寝過ぎんなよって!」
俺は随分と軽くなった心持ちで松田と別れた。
平塚は言葉云々より松田という存在で心が休まったのです。