何か小競り合いみたいだけど…
「…失礼します。フロワ様がお見えになっておられますが…王妃様。いかがなさいますか?」
クリーク王国王城の一間。豪奢なベッドがある以外は何もないその部屋にメイド服を着た女性が入って来た。
するとベッドから美しい女性が顔だけ見せてメイドに答える。
「…あの子に対して閉める扉を私は持っていないわ。早く通してあげなさい…」
「…その…お加減の方は…」
メイドが僅かながら眉を顰めると女性は慈母の様な笑みを向けて言った。
「今日は大丈夫よ…早く入れてあげて…」
「…はい。」
メイドは不本意そうな顔をして部屋から出て行った。
その数分後、部屋の扉がノックされた。
「マーテル様。フロワ様のお入りでございます。」
「許可します。」
マーテルと呼ばれた女性が上体を起こして返事をすると扉が開かれフロワが中に入った。マーテルは目配せをしてメイドを下がらせる。
部屋の中は二人きりになった。
「お母様…お加減はいかがでしょうか…」
「今日は大丈夫よ。…それよりフロワ…最近楽しそうね?」
穏やかな笑みを浮かべるマーテル。フロワは最近あった出来事を次々と語って行く。
マーテルは既にメイドから聞いていた話だが、フロワの感情込みで伝えられる話に一々相槌を打ったりして楽しそうに聞き入った。
「それでフォリーを倒したヒラツカは私を守ると言ってくれたのに変な女を連れているのです…全く…私の名前も覚えてないみたいですし…」
「あらあら…それでフロワは拗ねてるのね?」
そこにあったのは年相応の親子の姿で、いつものフロワの姿は見当たらない。そして他愛無い会話でマーテルは非常に楽しそうにしている。
「別に拗ねてませんが…ちょっとムッとします。私は忠愛に対する証立てまでしましたのに…」
娘の姿を見て快活に笑うマーテル。
「それを拗ねてるって言うのよ…それにしても…そう。あの小さかったフロワがそんなことを考える年にねぇ…」
あの小さかったという割に今も小さい王女様を見て感慨深げにするマーテル。そこでマーテルは一つの提案をした。
「今度、そのヒラツカ君も連れて来てくれないかしら?」
「えぇ?いいのですか?でしたらすぐそこに控えてますのですぐに連れてきます!」
「ふふ…お願いね?」
柔らかく微笑むマーテル。だが、その願いは叶わなかった。先ほどのメイドが現れたのだ。
「申し訳ありません。フロワ様。南方で戦でございます。つきましては速やかに従軍するようにとの王の命令でございます。」
親子の和やかな対話のには似合わない話に思わずフロワは顔を顰める。マーテルも僅かながらに表情を曇らせる。
「フロワ…」
「お気になさらず王妃様。それでは失礼致します。…それと、先程の件については後程…」
それだけ言うとフロワは踵を返して部屋から出て行った。マーテルは深い溜息をつき、そして体を支えきれずに伏せてしまう。
「大丈夫でございますか?」
「…えぇ…それよりもフロワを…」
「あの方は魔術師。大抵の事では問題ありません。それよりも王妃様の方が…」
メイドの気遣いの中、マーテルは心中の思いを吐き出したかった。
(いくら大人びているからと言ってもあの子はまだ幼い…だれもあの子のことを理解していない…力の及ばない母親でごめんなさいフロワ…)
しかし、その言葉は咳込むことで言葉に出来ず、心中に秘めたままとなった。
「…暇。」
「ひま。」
何か幼女様が呪いで臥せっている母親に面会に行っている間俺はもの凄い暇だった。何度暇と言ったか分からないほど暇と言って、ディアが発音と意味を覚えたくらいだ。
因みにディアは俺から3メートル以上離れない。悪魔族がアストラルボディとかいう訳のわからない体じゃなくてトイレとかしてたら下の世話までさせられていた気がする。
そんなどうでもいいことを考えていたら幼女様が出て来た。何か目つきが悪い。
「ヒラツカ。戦になります。準備は良いですか?」
「…は?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
「南方でいつもの様に戦なのです。…おそらくスゥド王国が領域侵犯を警戒して国力を減らそうという魂胆なのでしょう。」
「はぁ…それで何で王女様が直々に…?」
「…フロワ様と呼びなさい。それで質問の答えだけど…私はこれでも名のある魔術師よ?」
「あぁ成程。牽制ね。」
納得したついでにこの世界の常識として詰め込まれた知識を漁ってみる。結構簡単にスゥド王国とやらが出て来た。
スゥド王国。
歴史58年。結構大きな国。重装歩兵が主戦力で3000はいる。全体戦闘兵は農民を合わせておよそ7万。
(…負けたじゃん。)
俺は掛け値なしにそう思った。…が、ふと思い出した。この国の他に東にも国があるし、西にも国がある。また、スゥド国の南にもまだ国があってどこもかしこも戦闘状態だったことを。
「…因みにどれくらいの軍勢を送って来てるんです?」
「…そこまで聞いてないけど…いつも通りなら大体200って所かしら。」
(あ、じゃあ勝てるな。本当に唯の牽制だ。)
俺は少なくとも安心して幼女様の後を追っていく。…その一方で考えることがあった。
(…いつも200?陽動にしてはお粗末だし…何かおかしい…大体200の兵なら動かさなくても国の中の兵たちを少し進軍するくらいでそれに対しての対応に追われるのに…)
何となく大学時代の血が騒ぎだすのを抑えることができなさそうだ。…だが、目立つのは断固として断る!日本人として穏便に事を運びつつ何とか目立たないようにしていきたいと願った。