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異世界不本意戦争記  作者: 枯木人
スゥド王国代理戦
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これから

 クリーク王国に平和をもたらした平塚たち。祝勝に熱狂する国民たちのお祭りの裏で彼らは……忙殺されていた。


「あー……スゥド国め、滅びやがれ……」


 俺は目の前にある膨大な戦後処理の書類の山を見ながら呪いの言葉を吐き、隣にいる同僚の【黄昏の大魔術師】様を見やる。奴……松田は無駄に精錬された無駄のない動きで決裁待ちの書類にサインするとそこで区切りがついたのか天を仰ぎ、急角度で首を動かし、虚ろな目で俺を見た。


「俺……この仕事が終わったら……ファムとマリーちゃんと結婚するんだ……」

「言ったな? やれよ?」

「ん……まぁ、戦争も一段落したし……そろそろ覚悟決めないとかなって……」

「マジかよ……」


 いつもの冗談、いや……どこか既視感のあるやり取りかと思い冗談交じりに返したことが本気で俺は言葉に詰まった。今、松田が挙げた女とは遊び(ゲーム)ではない関係の正真正銘の妻候補たち。例え、幼女体型の少女たちとしても内面はいい歳を……


 積み上げられた書類が何故か不意に揺れた。このことについてはこれ以上は考えない方がよさそうだ。


 ……それはさておくとしても己が好きなことを貫き通し、自慢げな表情で言い切った感を出している松田を見ると何となく感慨深いものを感じた。いつでもどこでも自分を貫いたこいつ……やっぱり、凄いよな。


 だが、口をついて出たのは別の言葉。


「あー……そうかい。式には友人代表で出てやるから今は無駄なことしてないでさっさとこの仕事を終わらせるぞ」

「はいはい」


 無駄口をたたきながら仕事に戻る。絶好のからかい時というのに彼らのテンションが低いのは今回の戦が大勝利と言っていいにもかかわらず、何も得られていないただの防衛戦だったということが理由だ。仮にスゥド国に賠償金を求めても中央の理屈では化外の地扱いで一蹴されてしまう。それでも働いた者たちへの恩賞は出さなければならない。どう足掻いても赤字。やる気など出る訳がない。


「はー……」

「溜息ついてると幸せが逃げるぞ☆」


 平塚が突っ込むかどうか悩んだその時、来訪者の予定のない執務室の扉が開いた。ノックのみで返事と共に入るということは彼らの身内。だが、今回の来訪者は珍しい相手だった。


「……お? フロワか……珍しいな」

「天使様ぁっ!「アキ様?」ヒェッ……お、俺たちはお仕事を真面目にやってましたよー!」

「いつまでやってるのかしら? 昼は私のところに来るように言っておいたはずだけど」

「え? 今……うわ。こんな時間か……」


 松田との話で少し考えることがあったが故に見たフロワの幻覚かと思いきや普通に返事があった。どうやら想定以上の時間を費やしており、様子を見に来たようだ。ぼんやりと眺めていると彼女は少し顔を顰めてこちらにやって来た。


「ん……?」


 そして目の前に立ったかと思うと、そのまま止まらずにこちらに突っ込んできた。フロワの頭部が俺の顎にヒットして微妙に痛い。少し下を見ると彼女の綺麗な髪がドアップで見え、芳香が鼻腔を擽る。気恥ずかしさを覚えた俺は誤魔化すかのように言った。


「オイ……ちょっと痛いぞ?」

「……放っておくほうが悪いのよ。バカ……」


 周囲の生暖かい視線を感じつつしばらく抱き合ったまま沈黙する二人。程なくして平塚から釈明が入り説得を行った。その結果、平塚は多少のお叱りと共に少しだけ猶予を貰うことに成功する。そして、彼はフロワを見送って自分用に設えた豪奢な椅子の背もたれに体重を預けた。そこで先程から黙っていた松田が天井に向けて合図を送った。どうやら人払いをしたようだ。そこにあるかもしれない程度の気配が完全に消えたのを確認して彼は口を開く。


「……なぁ」

「うん?」

「さっきから様子がおかしいのにはそろそろ突っ込んでいいのか?」


 気付かれた……平塚は、そうは思わなかった。平塚からすれば松田は気付くだろうということを前提として、どのタイミングで話そうか悩んでいただけだ。このタイミングで切り込んできたということは今はなすべきなのだろうと判断して彼は告げる。


「この平和……いつまで続くんだろうな」

「さぁ?」


 誰かが言った。平和とは戦争と戦争の間にある騙し合いの期間、次の戦争への準備段階である。と。そしてこの世界、シュラハトバッターリャでは永久戦争状態を解除されている……という話だ。


 だがしかし、それは逆に言うのであれば戦争が起こった時点でそれが完全に終わるまでは続けられるということ。現在、クリーク王国とスゥド王国の間では何の協定も結ばれていない。それはつまり、終戦どころか停戦すらされていないということだ。ただの休戦。再び動き出すまでの余暇の時間に過ぎない。


(オヴァはしばらくスゥド国はこっちに来ないと言ったが……南方戦線が終結した場合、雪辱を晴らさんとこちらに来るのは間違いない……その時、オヴァただ1人に苦戦した俺たちがスゥド軍の本気に勝てるとは思えない)


 平塚は一人で百面相をする。松田はそれを眺めながら何も言わない。ふと、目が合った。


「何だよ」

「んー? 何を難しいこと考えてるんだろうなって思ってなぁ……仕事終わらせないとさっきより嫁さんに怒られるぞ?」

「……誰が嫁さんだ。気が早い……」

「クックックック……それが早いとも言い切れないんだよなぁ……悔しいけど。本当に、本当にぃぃいいっ……そんなに急いで大きくならなくてもいいんだよって声を大にして言いたい! せっかく、魔力による老化防止の恩恵があるのに! 小鳥ちゃんも変なのを持ってきて……まぁ尤も、効果は一時的みたいだからいいけど……」


(何の話だ……)


 真面目な考え事に水を差されて微妙な顔になる平塚。しかし松田の発言によって同時に新たな思考要因が混じった。


(魔力による老化防止、か……)


 魔力をほとんど持たない平塚は普通の人と同様に老いて逝く。しかし、松田やフロワ、ディアは違う。幾年生きたかも不明ながら幼いままのファム、マリーを見れば分かることだ。彼女たちは種族特製として成体が幼体だが、それを差し引いて精神も身体も老いてはいない。


(俺が居る間に……やれることはやっておくべきか……? だが、それは傲慢な考えなんじゃ……それでも、手遅れになって動いても……いや、国運が絡んでくる事態を私情で動かすのも……でもなぁ……私情と言っても国の問題が絡んでくる以上、宰相として手を拱いているのも……)


 思考の坩堝に嵌る平塚。そんな彼に松田が近付いて来た。


「……今度は何だよ」

「……あー……まどろっこしいのは抜きにすることにした。もっと気楽にやろうぜ!」

「何の話だ? ……じゃないな。分かってるよ。分かってるはずだ」


 松田の言葉に余計な誤魔化しは入れるべきではないと判断した平塚は苦笑しながらそう応じた。だが、松田は納得いかないようだ。


「頭でわかっていても行動に移せなきゃわかってないんだよ。あの時とは違うんだ。もっと周りを頼っていいんだ……本当なら、書類だってこんなに引き受ける必要はないのは分かってるだろ?」

「……でもな」

「お前、背負い過ぎ。反論なら幾らでもあるだろうが、再反論も幾らでもある。議論が平行線をたどるのは分かり切ってるからもうそれは終わり。ということで、推考は事務方に丸投げして分かり易くなった文章の決裁だけやろうぜ。今日の業務終了! 今から幼女様に会いに行く時間まではマズダーさんのお悩み相談室! 今日の相談者さんは平塚治樹さんです!」

「何だ急に……」


 唐突に始まったコーナーに困惑する平塚。だが、もう大体どういうことかはわかっていた。もう半笑いで彼のコーナーに乗る。


「さて、本日のお悩みは?」

「隣国に戦争仕掛けようかどうか悩んでるんですよ」

「おや、物騒な! 何があったんです?」

「えぇ、実は……」


 話していく内に、思考を言葉として引き出される内に悩みの半分が解決していく。お悩み相談室の態で始まっておきながらすぐにメッキが剥がれても気にしない。平塚は言いたいことを言った。


「なるほど。皆を守るために戦いに行かないといけない。でも、本末転倒なんじゃね? 万一しくじったらどうしよう、そういうわけですね?」

「まぁ概ね」


 言いたいことを言った結果、流石の松田は俺の考える論理をすぐに理解してくれたようだ。そして、彼は結論を導き出す。


「だったら、みんなに聞けばよくね? 取り敢えず俺は賛成しておくけど」


 この時俺はこの天才(松田)がアホなことを忘れていた。


「お前、今の国民感情とか考えたらどうなるかは分かるだろ。俺たちが元居た世界で「はいはい! ということで! 女神様たちはどう思いますかー!」」


 俺の言葉を遮って松田は突然、入り口方向に向かって声を張り上げた。


「……は?」


 訝しむもそれに釣られて俺が扉方向に意識を向けると……そこには何やら大量の気配が。


(……やられた。人払いじゃなくて人を呼びに行ってたのか……!)


 天井裏の気配が退室した後にどうしていたのかを理解して松田を睨む。だが、彼は笑っていた。


「言いたいことは分かってるよ。でもなぁ、お悩み相談室の最初に言った通り。お前、背負い過ぎ。多少は他の奴に任せないと死ぬぞ? ……前みたいに」

「お前なぁ……」


 小さく、悪戯のように呟かれた最後の一言に一気に脱力してしまう。外からは賑やかな仲間たちが乱入してきて……後はもう、お祭りのような騒ぎだった。一応、ここは執務室で俺たちは仕事中と窘めるが何の意味もなさない。


(あぁ、でもなぁ……)


 そもそも、俺の仕事はこれまで以上にはかどっているのが事実だった。決断すべきことが分散される。政敵だったはずのモーガラッハ卿も涼しい顔をして戦争に賛成し、その一部の仕事を持って去っている。


(何が嫌われる覚悟を持てだ。お前のは嫌われる性格なだけだ……)


 平塚は仕事の種の1つである彼に内心で悪態をつくが、今はそれすら爽涼感を覚える。思い思いに意見を言い終えた後、すっきりした様子で彼らが去ると室内もすっきりとしていた。平塚たちのやっていた仕事を松田が分別して方々に任せたのだ。


「さて、しばらく休憩してからスゥド国の南方、ユーク国に連絡を取りますか」

「……お前……はぁ。わかったよ」

「はっはー! だったらいい。お前だけには背負わせないからなー?」


 立ち上がった松田。微妙な気遣いまで完璧だ。その後ろにファムが現れて微妙な攻防がなければもっと完璧だったが。その締まらなさが逆に心地よい。


「まったく……いい友人を持ったもんだよ俺は」

「友人だけかしら?」

「……ん。違うな」

「分かってるならいいわ」


 最後に残ったのは俺とフロワ。熱が引いた部屋で平和になったことを実感させる穏やかな時が流れる。気付けば、悩みも解けていた。


(……次の戦いの前に、やっておかないといけないことがあるなぁ……ふっ……先のことを考えるだけの余裕が出来た。そして、ここにいることが先であると思えるだけの意識が……)


 平塚に余裕が生まれた時、彼は初めて気付く。最悪、逃げようとしていたこの場所……いや、一度は容易に逃げ出したこの場から最早動く気がないことを。ここが、彼のいるべき場所なのだと。


 自覚したのであればここからが勝負。与えられた幸運で作られた人生を演じるのはもう終わり。自分の意思で、自分の世界を切り拓いていく。


 平塚の新たな人生が今、ここに始まった。




 ……異世界、不本意戦争、記。これにて一区切りとさせていただきます。非常に長い間お付き合いをしていただき、ありがとうございます。また、申し訳ありませんでした。

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