過労死寸前で銃殺された…
「あー…世界滅べ…」
俺は目の前にある書類の山を見ながら呪いの言葉を吐き、隣にいる同僚松田を見る。松田は無駄に精錬された動きで書類にサインすると天を仰いで虚ろな目で俺を見た。
「俺…この仕事が終わったら…真奈美ちゃんと智子ちゃんとポーラとレベッカと…とりあえず今はこの子たちと結婚するんだ…」
「黙れ屑。何人と結婚するつもりだ。それに相手は二次元世界にいるじゃねぇか…一つ世界跨ぐ気か…」
「いつも言ってだろ…跨ぐ気だって…」
今挙げた女の名前はすべてギャルゲーやエロゲーの女の子、それも幼女体型の少女たちばかりだ。この書類が積み上げられる前―――通勤して来た時に自慢げに見せられたのを覚えている。…通勤して席に着いて定時になる数分間で刻み込んでくるんだからこいつも凄いよな…
「あー…無駄なことしてないでさっさととりかかれ。」
その時何故か誰も来るはずがない深夜の仕事場の扉が開いた。
「…あ?」
「あー…何か天使みたいなのがいる…お迎えが来たのか。仕事を真面目にやってた俺たちにも救いが来たのか?…なら幼女寄越せよ!」
なん徹した後かも覚えていない頭が見せた幻覚か。あ、何か光線が俺の胸を貫いたなぁ…光線につられて下を見るとだらしなく出て来た自分の腹が目に入った…それにしても太ったな俺。大学時代はスポーツやってて…てぇ?
「オイ…滅茶苦茶痛いぞ…」
惚けた頭が覚醒していく。隣でふざけていた松田を見る。すると彼は目を開いたまま机に突っ伏していた。
俺が意識を保てたのはここまでだった。
「お?…何だ。やっぱり夢か。」
「…ん~…お…平塚ぁ俺どん位寝てた?」
気付くと山積みになっている書類が視界の半分を占める所に座っていた。どうやら眠っていたようだ。
「あ~…悪ぃ俺も意識とんでた…」
「そっかぁ…さて、仕事に取り掛かるか…」
「あー触らないで!」
俺が書類に手を掛けようとすると女性の声で待ったが掛けられる。俺はまだ寝ぼけてるんだなと思いながら書類を手に取った。だが手に取った書類を見て思考が止まった。
「…疲れすぎてついに文字まで読めなくなったか…?」
俺が冷や汗を流していると書類の山の向こう側から声がかかった。
「違う違う…これ私の書類。…さて、キリがいいところまで行ったし時間もないし話をします。」
書類の向こう側から少し太った家庭的な40代ぐらいの女性が出て来た。
「さて、あなたたちは別世界の天使に殺されてしまったわ。で、この世界にはもういられないの。」
「え…?何で…?」
いきなり何を言っているんだろうこの人は…
「その天使が言うには毎週毎週大量の仕事をしている姿が自分と被ったから救いたかったそうよ。」
「…何故それで殺す…」
「…殺すつもりはなかったみたいよ…ちーと?を授けて別世界に送るつもりだったって。その際に必要だった手続きね。ちーとが何なのかは知らないけどあなたたちに埋め込まれた宝玉の力に耐えられなくてあなたたちは死んだの。」
「…何でそんなことを…」
本当に訳が分からないことばかりだ。そんな大きなことをするぐらいなら書類を片付ける能力を…
「何でもあなた。平塚君だっけ?世界滅びろとか言ってたからじゃあこの世界から逃がしてあげようって思ったらしいわよ。」
「…まさか…そんなことが…」
「それに松田君は日頃からこの違う世界に行きたがっていたそうじゃない。」
「あー…二次元ね…」
そうだね。俺も松田もよく言っているね。でも本当に連れて行かれるとは思ってなかったよ?
「…よし、読めた。平塚ぁ…これどこの国との取引だよ…これ何語?」
松田…黙っていたと思ったら書類をやっていたのか。何て社畜の鏡…ってか読めるのか!?この訳の分からない記号の羅列が…
そんなことを思っていると女性の方も驚いたようだ。
「うそっ!これ読めるの!?あなた天才ね!」
「あー…誰この人…平塚…お前手が止まってるぞ…これじゃあのバカ上司に…」
虚ろな目で俺に注意してくるが…
「松田、これは俺たちの仕事じゃないらしいぞ。」
「はぁ…?あ!あのバカ上司俺たちに仕事を押し付けてたのがばれたのか!?ヒャッハー!ざまぁみさらせぇボケがぁ!…で、この人がこの後の仕事引き受けてくれるのか!よし!上がりだ!平塚!今日はお前の家に泊まりで起きたら飲みに行こう!」
死にかけだった松田が復活。そこで俺は松田を宥めて今までの経緯を説明した。
「フーン…あの夢は現実だったのか。で、この人はお迎え…っと。幼女が良かった。」
「聞こえてるわよ。…これでも昔は美人だったんだからね!?事務仕事が忙しくて運動もできないし時間もないから出来合いのものしか食べてないから…」
…分かります。
「俺も大学の頃はシュッとしてたんですよ…それがこの会社に入って十年であなたと同じような生活をして…」
「あぁ…そうなの…」
「俺は大丈夫だけどな!」
「…どこの漫画だっていうようなもん着てるしな…」
暗い気分になる俺と女性を前に松田は場違いな笑顔を浮かべている。こいつは日頃常に全身バンドを着ているのだ。若いころはアホだなと思っていたがこの年になって自分の体形を見ると何か負けた気分になる。
「…でもいいわね…」
「え?」
不意に女性が呟いた。
「あなたたちは向こうに行くと若返るんだから…」
「…俺の努力が…」
松田はがっかりしているが俺には朗報だ。女性の方も暗い顔をしていたが切り替えたようだ。
「じゃあ宝玉の力で好きな力を1つ選んでいいのだけど…松田君の方は言語理解が早いみたいだから2つ選べるわね。」
「よっしゃ!」
「…一つか…因みに異世界ってどんなところに行くんですかね…?」
「…そう言えばそうね。えっと…?」
知らないんかい!
「…げ、シュラハトバッターリャ…」
空間にパソコンの画面のようなものを浮かべた女性の眉が顰められる。
「え、不味いんですか?」
「…年中戦争してるところよ。今いた世界の中世ヨーロッパ風で違う点として魔法があるわ。そんなに強力なものはないけど…それにしてもあの天使人の事救いたいって言ってたけどこの世界じゃ…まぁ宝玉の力があるから大丈夫とでも思ったのでしょうけど…」
「げ、戦争…」
それは困る。俺は戦争知らずの平和な時代に生まれた日本人なのだ。…まぁ三国志とか好きだし大学時代は戦史の論文書いたりしてたけど。…だから貰い手が居なくてあのブラック極まりない会社に…って話が逸れた。
行く世界が戦争ばかりしているところなら能力を考えないとな…戦闘系か…いや正直戦争には興味あるけど殺し合いはしたくないし…どんな能力がいいのか…参考までに松田の考えを聞こう。
「松田。お前何にする…?」
「もう決まってる。例えお前でも真似されると困るから教えることはできないがな。」
「…そうか。」
こいつが俺に隠し事とは珍しい。何となく裏切られた気分だ。…まぁ何となくろくでもないことを考えていそうだな。俺が何回も止めた時の顔してるぞ。主に保育園に突っ込もうとした時なんかに…
…まぁいいか。俺の方も決めないとな。
「一応言っとく。真面目に考えろよ?」
こいつ言動はアレだが一応馬鹿じゃないから大丈夫と思うが言っておこう。聞いた試しがないがな。さて俺だ。…やっぱり運だよな。運があれば大抵なんとかなる。ブラック企業に入らなくて済む。うん。運だな。
「運が欲しい。幸運が。」
「そうね~…じゃあ似た感じの奴をスキル欄に入れとくわね…あ、もうそろそろ時間ね。君の方も言ってくれないと折角のスキルが入れれないわよ?」
「…あぁ。本当にギリギリのところでもう一回聞いてくれ。」
無駄にカッコいい表情作るよなこいつ。でもこの人困ってるぞ…
「困るわね…あんまり危ないスキルはあげられないのよ?ギリギリだと撤回できないことも…」
「…じゃあ、」
松田は女性に近付いてこそこそ何か言った。
「…出来るけど…ホントに…?」
「勿論だ。」
女性がこいつ信じられないみたいな顔を浮かべているのに対して松田は無駄に決め顔だ。俺の不安を駆りたてる無駄に良い決め顔だ。
「ちょっと聞かせてもらえる?」
「…ごめんなさい。ちょっと集中がいるの…もうちょっと早めに言ってくれれば…」
俺は本当に不安になったので女性に訊いてみるが女性は何やら集中しているようだ。俺は隣にいる松田に何を言ったか聞いてみる。
「おい、何言った?真面目な奴にしたよな?」
「あぁ至って大真面目だ。」
だから無駄にいい顔決めんなよ。不安になるじゃねぇか。
「…時間いっぱいね。じゃあ『部分ファシネイト』…幼女を集めるスキルと『セレクタル』選択肢を見るスキルね。」
「ふっざけんなぁっ!真面目に考え…」
俺は光に包まれながら大声で松田を怒った。