表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

茜の場合

「アンタいつまで寝てるの!」

朝はそんな母の怒鳴り声で目が覚める。大抵、寝起きは頭の中はガンガン打たれているような感覚が広がる。恐らくは寝不足のせいだと思いながらも、夜中の2時や3時に寝る生活を改める気は毛頭ない。

いや、改めた方が良いというのは分かっているのだ。しかしながら、誘惑に負けてしまう。

今もまた、布団から出るべきだと理性で判断しているものの、握り締めた携帯電話――最近では珍しくなってきた、所謂ガラケーの折りたたみ式――を開いた。そこには昨晩、読み途中の小説が表示されていた。


そう、私はネット小説が大好物である。



始業時間に間に合うだろう電車に飛び乗る。スカートがドアに挟まるかと思った、危ない。今日は少し出遅れてしまい、いつもと違う車両。この車両は混雑していることが多く、あまり好きではない。混雑しているということは、携帯電話を操作しづらいということだからだ。

あと1分早く出れば良かった。そんな後悔をしかけたものの、ドア近くの隅という居心地の良い空間に押し込まれた。押し込まれた形である為、座席の仕切りを背にすることは適わなかったが、この位置であれば携帯電話の操作も容易である。素晴らしい。

電車内の中ほどは、ドア付近よりも混雑具合は解消される傾向や、座席に座ることのできる可能性は上がる。けれど、混雑時であれば釣り革と荷物とで両手が塞がり、携帯電話の操作が難しいのだ。


いつも通り、握り締めていた携帯電話を開く。片手で操作できるのが魅力である。友人たちの持つスマートフォンは片手での操作は難しく、このように混雑した電車内での操作は困難を極めるだろう。

最近ではガラケーの新機種発表が減っているのが悲しい。更に言えば、新機種のガラケーが出ても、サイドボタンでのページ送り機能がついていないものも多いのが残念で仕方ない。読み終えたページを一気に進めることができる、これはネット小説読みにとっては重要な機能だ。誰がなんと言おうと、私はそう主張しよう。

そんな取り留めのないことを考えつつ、昨晩、読み途中で寝落ちてしまった小説の続きを表示する。


中学生の頃は個人の小説サイトに嵌っていた。しかし、最近では某小説投稿サイトを中心に読み漁っている。

なにせ、そのサイトは量が多いのだ。探しやすいのだ。嵌るに決まっている。

今、読み途中のこの小説も、お気に入りの小説の作者が気に入っている作者の作品、である。好きな作者の好きな作品にハズレは少ない。こういったものを辿りやすいのも魅力である。

よくあるファンタジーであるが、少年漫画のように成長過程が描かれており、その描写も超展開なく納得しやすいのが良い。昨日の帰りの電車で見つけ、夜まで読み耽ってしまった。100話なんてとっくに超えているのに、昨日まで気づかなかった自分が恨めしい。

今日はバイトの日だ。放課後までにキリの良いところまで読み進めておきたい。でなければ、仕事に集中できないだろう。


2話ほど読んだところで、学校の最寄り駅に到着した。

仕方なく携帯電話を畳む。位置が位置だけに、人に押し出されるようにして電車から降りた。

人の流れに乗って改札へ向かいつつ、混み具合が緩やかなタイミングで鞄のポケットから通学定期券を取り出し、携帯電話の代わりに握り締める。

改札をくぐる頃には、周りはクラスメイトなど友人・知人の姿が目に入る。挨拶を交わし、仲の良い友人と談笑しながら学校へ向かうが、私としては歩きながらでも小説の続きを読みたい。しかし、ここで友人を無視するわけにもいかない。我慢の時間である。

昨日のテレビ?知るか。その時間は小説を読んでいた。そう答えれば、友人は苦笑を返す。

いつものことだ。などと言ったのは私か友人か――。


学校へと到着すれば、直ぐにホームルームの時間となる。幸せな時間だ。

鞄の中身を整理し、着席して携帯電話を開く。続きを読もう。

教師が入って来れば、皆と共に起立して挨拶さえすれば、机の下で操作できる。頬杖をつきながら画面を見ると、丁度良い距離感となるのだ。これも、ガラケーだからラクに、さりげなく、片手での、操作が可能なのである。ガラケー万歳。

これは、座学の授業であれば共通している。いかに、これらの時間に読み進めておくか。それによって、今日の私のバイト時の集中力が変わるのだ。

だからこそ、体育の時間は嫌いである。小説を読み進めることが不可能であるから。幸い、今日は座学のみだ。しっかりと読み進めよう。


ただひたすらに、文字を追う。

こういった一気読みの利点は、登場人物が多くとも理解が早く、伏線も伏線であったことに直ぐ気づけることだと思う。

登場人物の名前も、ファンタジーだとカタカナ名であることが多く、凝る作者はその名前も長くて誰が誰だか分からなくなることもしばしばである。

その点、この作品では登場人物の名前も貴族達は長いのだけれど、主要人物であれば愛称が設定されており、覚えやすいこともまた、好感度が高い。読みやすい。

トリップした主人公の名前が、漢字とカタカナでの使い分けされているのも作者の拘りだろう。

使い分けの仕方も分かりやすく、適切に感じられる。

昨日から読み続け、この作者の世界のどっぷり嵌ってしまった。ただ、1つ注文をつけるのであれば、誤変換の多さか。しかし、その誤変換の仕方も愛嬌と言えるかもしれない。

また1つ誤変換を見つけ、クスリと笑ってしまった。集中が切れたところで4ボタンを押し、目次を確認。

第一部の完結までは、あと少し。


時折、宿題の出る教科の時もある。そう、今この時間の数学のように。

その時はキリがある程度は良いところまで読み、授業中に宿題を終えておくのだ。

でなければ、今夜は落ち着いて夕飯の後に続きを読むことができなくなってしまう。今、せっかく教科書とノートを開いているのだ。後で取り出すよりも、やってしまった方が効率が良い。練習問題なんて直ぐに終わるのだから。

問題をカリカリ解いていると、教師に当てられた。授業を聞いていたか疑われたようだ。鋭い。

シャーペンを置き、黒板へ向かう。この問題を解けとな?はいはい。

私だけではなく、複数の生徒が呼ばれて黒板に向かっていく。1人1問、担当か。

――問題は解けたのに怒られた。隣の問題だったらしい。


昼休みは残念ながら落ち着いて小説を読むことができない。友人達との関係があるからだ。

試験前のノートは非常に重要である。友人がいなければ、授業をまともに聞かないと試験を通ることが困難な可能性が高くなるのだ。よって、昼休みはお弁当を囲みつつ、友人達と雑談をする時間となっている。

そろそろ目を休めないと霞んでくる頃合でもあるし、丁度良いと自分に言い聞かせている。

友人の中で、同じようにネット小説を読む同士もおり、良い情報交換の場となっている面もある。


読んでた作品が文庫化することになったことを喜ぶ友人。私としても、文庫化はめでたいことだと思う。多数の人に認められた結果だ。

私としても、好みの作品であれば応援の為に購入したいと考えることもある。

しかし、しかし、だ。

好みの作品=既に読んだ作品である。改良はされているだろう。けれども、読んだ話を再度読むのなら、見知らぬ作品の世界に向かいたいと思う。

小説を読む。これは時間のかかる行為なのだ。

そして、高校生でバイトの身。バイトができるようになり、我が家ではお小遣い制は廃止された。

携帯電話で思う存分、小説を読む為に通信料が定額となるプランに入った際、携帯電話の料金は自分で支払うようになった。

そう、切実な問題としてお金がない。

お金を稼ぐ為にバイトを増やすか?その結果、小説を読む時間が減る。その選択はできない。

読んでいる、お気に入りの小説たちが文庫化されるのが最近は目立つ気がする。

私の見る目が良いんだな!との喜び、そして、おめでたいと祝う気持ちが混ざる。

とにもかくにも、ダイジェスト化されずに残ることを切実に願う。


そうこうしているうちに、午後の授業。

小説を読み、一息入れてまた小説を読む……と繰り返していると、1日が過ぎ去るのはなんと早いことか。

このペースで読み進めれば、放課後にはキリの良いところまで進むことができるだろう。

物語の展開としては、今まで起こっていた小さな事件に繋がりが浮かび上がり、黒幕に迫ってきたところである。黒幕との直接対決が控えているんだろうか。超熱い展開が期待される。

黒幕が見えたくらいまで読み進められれば、今日のバイトは集中できそうだ。


なんて考えていた時期が、私にもありました。

主人公の意識がなくなり、別視点に切り替わったとこまでしか読み進められず、気になり過ぎてバイトではミスを連発した。具体的にはお客様の話を聞き流しまくった。そりゃミスる。

店長は怒鳴るタイプではないものの、穏やかに釘を刺してくる。とても痛い。寝不足でもあくびをする雰囲気ではなく、必死で噛み殺した。バレた。長引いた。

話が終わり、店長の姿が見えなくなれば、溜息をつきながらさっさと身支度をして帰ろう。おうちでは夕飯と小説の続きが待っている。

バイト先の駐輪場に向かい、自転車のペダルを力強く漕いだ。


帰宅すれば、暖かい夕飯。ほんのりと母に感謝の意を示して、ガツガツ食べる。お風呂は烏の行水で。

明日の学校の支度も済ませ、携帯電話を充電器に繋ぎながら布団へIN!


今夜もまだ長い。さあ、続きを読もうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ