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「突然の訪問をお許し下さい」
丁寧な言葉とともに、優雅に挨拶をする青年がナギのもとを訪れたのは、ある晴れた午後のことだった。
ナギがこの城に……正確にいうならば、城の奥まった中庭に面した部屋に仮住まいをするようになってから、初めて見る顔だった。
レアルと名乗った青年は高く通った鼻筋に、縁が細い眼鏡をかけている。 端正な面立ちをしていて、目も髪も涼しげな淡い色彩のためか、ともすれば冷たい印象を抱かせる人だなとこっそり思った。
王などに比べれば線も細く、剣を取り戦いに赴くようなタイプには見えない。
身につけた衣装も上質なもので、この国において高い身分であろうことが見て取れた。
そしてナギを見て、目を丸くしたことも見逃さなかった。
ナギが想像したよりも年若く見える……有り体に言えば、ほんの少女にしか見えない事に驚いたのに違いない。そういった反応には慣れている。
さて、一体どんなご用事かしらと思いながらも、ナギは微笑んで来訪者を迎え入れる。
「いいえ、丁度お茶を淹れるところでした。よろしければご一緒して下さい」
先日以来、王はナギのもとを訪れていない。
度々顔を出すシエナも今日は用事があるようだった。
一度出て行く機会を逃してしまってから、ナギは結局与えられた部屋で過ごし続けている。
気まずいのか何なのか、ランドはあれ以来顔を見せにも来なかった。
一人過ごすのには慣れているナギでも、今の状況は落ち着かなかった。
いっそのこと何も聞かなかったことにして、ここを出てしまおうかとさえ考えたが、ランドは追いかけてくる気がした。
さてどうしましょうかねと頭の隅で思いながら、気を紛らわせるため、お茶を淹れ本でも読もうかと思っていたのだ。
部屋から中庭がよく見える位置に、小さめの丸テーブルと椅子が二つある。部屋の中から中庭を眺める時の、彼女の定位置でもあった。
そこに自分用と来客用のカップに茶を注ぎ入れ、置く。
昨日シエナから貰った、小さな焼き菓子も添えて。
訪問者は、ではお言葉に甘えてとナギの向かい側の椅子に腰かけた。
どうぞお召し上がり下さいとナギがお茶を勧めると、彼は優雅な手つきでカップを傾けた。
「とても美味しいお茶ですね」
ありがとうございますとナギは答え、自分もお茶を口にする。いつも通り美味しいお茶に安心する。
何やら落ち着かない気がするのは、青年が自分に向ける値踏みをするような……探るような視線のせいだろう。
お茶で喉を湿らせた後、彼はところで、と切り出した。
「初めてお目にかかりますが、私は王の側近をしているレアルと申します。このような立場にある以上、個人的な感情はどうあれ、私はあなたに些か無礼な事もお尋ねしなければならない。それをお許しいただけますか」
「それはお話を聞いてみなければ私にはわかりませんが。お立場が言わせる言葉が時としてご本人にとってはお辛い事くらいはわかっておりますよ」
ありがとうございますとレアルは頭を下げた。すぐに、では、と顔をあげ、ナギをまっすぐに見つめる。
「単刀直入にお尋ねします。あなたはこの先、いかがなさるおつもりですか」
「この先とは」
はぐらかすつもりではなかったが、レアルはそう思わなかったらしい。
怜悧な瞳に苛立ちの色が滲む。
「この先、王の愛妾となられるおつもりですか」
まあ、とナギは眼をみはり、レアルを見つめた。
彼はごく真剣な顔で彼女に尋ねている。
ナギが望んだのはそのようなものではなかったから、いいえと答えた。
「いいえ。私には、そのつもりはありません」
するとこの答えに、レアルはますます苛立ちを募らせたようだった。
「それでは、正妃の座が欲しいと言われる? 」
どうやら自分がここに居続ける事は、そのように捉えられているらしい。 王が自ら望み連れてきた女性と言う、その事実や立場だけを見れば、そう考えられても可笑しくはなかった。
いいえ、とナギは答えようとしたが、どうにも笑いがこみあげてきて仕方がなかった。
そんな……何か形ある立場を、ナギは今まで望んだことはなかったし、これからも望むことはない。
ナギがここに留まった理由はただひとつ。
硬い表情を崩さない王の側近に、ナギは笑いの発作をやっとのことで抑え、答えをかえす。
「いいえ、私はどのような地位も立場も望みません。ただ少しばかり、あの人のそばに居たいと思っただけですよ」
それでは、とレアルはますます硬く厳しい表情になる。
「それでは、あなたはご自分の立場を何処までもご存じない。私など一部の者は、あなたがかつて魔術師として“王”と契約したものだと知っています。そして今は契約は破棄されたことも。けれど大多数の者にとって、あなたは王が突然連れてきた見知らぬ女性なのですよ。何事もない時期であれば、王の我儘も看過出来ました。しかし今は状況が悪すぎる……何故だかおわかりではないでしょうね」
皮肉げに唇を歪めるレアルに、ナギは肩をすくめて答えた。
「知っておりますよ。最近勢力を増してきて、何かと国境で揉めている隣国が、娘を娶れと要求していることでしょうか。それとも家臣たちが自分の娘を正妃にと要求していることでしょうか。王はまだ年若い。けれど不穏な情勢である以上、血を継ぐものを残さねばと周りは気を揉んでいるのでしょうね」
「……わかっていて、何故」
小さな呟きがレアルの口から零れた。
ナギはそれには答えずゆるりと微笑む。
「わかっておりますよ。どのみち、私がここへ留まるのは、そう長い事ではありませんし、あなたが懸念するような事にはならないでしょう。この答えであなたは納得してくれますか」
ナギの声は、あくまで穏やかで優しい。
しかしそれに抗いがたい力を感じ、レアルは再び頭を下げる。
「不躾なお尋ねをお許し下さい。私はこれでお暇いたします。美味しいお茶をありがとうございました」
「いいえ、大したお構いもできませんで。あなたの立場はわかりますから、気になどしておりませんよ。それに、あの子のためには、あなたのような人が居てくれてよかったと思いますし」
あの子と言う言葉に、レアルは目を丸くするが、ナギが長い時を生きた魔術師だと言うことを改めて思い出した。
ナギの見た目がほんの少女であるため、違和感がどうも拭えないのだ。
ナギもそれに気づいてか、苦笑を浮かべる。
「こんな見た目ですけどね、長い事生きて居りますよ。あの子のことも、ほんの小さな頃から知っています。少し人の話を聞かずに先走る所があるから……それでも言いにくい事でも、言い続けてくれる誰かが傍にいてくれたらと思っていましたから」
本当に、貴方のような人がいてよかったと言う彼女の顔を、レアルは直視する事が出来なかった。




