八章 死への導き手
植物の青臭さと焦げの入り交じった風が、“聖樹の森”の中を自在に吹き抜けていた。
「こんな所で何をしようって言うんだ?」
石と木造の船着場は燃え尽きたまま無残な姿を晒している。オウグの話だと建て替えの目処はまだ立っていないらしい。とは言え、翌日には政府が二キロ東に臨時発着場を作り、特に交通の不便は無いそうだ。
燃死体は隣街の警察署まで運ばれ、恐らく五日経った今も行方不明者との照合の最中だろう。定期船の乗客を中心に、最終的な死者は五十人を超えると予想されている。その中に二人も……。
「浮かばれない連中を鎮魂するのか?有り難い話だな。お祈りは神父様の十八番だろ?」
アルコールの力で軽口を叩いたが、正直この現場にいるのは酷く辛かった。肉体を失った兄弟の魂が、今も風と共に彷徨っているかと思うと……。
ポイッ!「!?」
奴が腰から剣を一本外し、俺へ投げて寄越した。慌てて腕を伸ばし受け取る。
「いきなり何だ……おい!これ俺の剣じゃないか。何で手前が持ってる!?」
爺が渡したのか?いや、こいつは師ゲイル・ハワードの唯一の形見。そんな大事な物を会ったばかりの他人に預けるなど考えられない。だとするとこいつ、まさか盗んで、
「死んでくれませんか、ウィルベルクさん?」
にっこりしたまま自前の長短一対の剣を抜く。月光に照らされて、よく研がれた刀身がキラッと輝いた。
「死にたいんでしょう?お手伝いしてあげますよ」
踏み出すと同時に斬りつけてきた。咄嗟に後ろへ飛ぶ。
「っ!!」
避け切れず、切り裂かれた右の二の腕からビシュッ!血が吹き出した。
「何故逃げるのです?主はあなたの死を望んでいると言うのに」
「酔った人間にいきなり何するんだ!このキチガイ神父!!」
このままでは殺られる。さっきまでの絶望を一度封印し、俺は剣を抜いた。
「手加減はしませんよ。生憎私も忙しい身ですので」
キィンキィン!キ、ガキィッ!!
双剣から立て続けに巧みな斬撃のコンビネーションが繰り出される。受け流しつつも悪酔いし切った最悪のコンディション。集中が切れる度、手足に傷が増えていく。
(くそっ!頭が痛え、まだ吐き気するし……)このままじゃ確実に嬲り殺しにされる。死にたいとは思うが、こいつに殺されるのだけは絶対嫌だ!
「そろそろ終わりにしましょう」
貼り付けたような笑みを崩さぬまま、血で汚れた刃同士を合わせて構え直す。まだまだ余裕綽々って訳か。
「ちっ!そうはさせるか!!」
大体、何故こいつは突然襲って来た?殺される程恨みを買った心当たりは無い。なのに選りにも選ってこんな肉体的精神的に大変な時に限って、
キィン!キィン!「わっ!」
力で押し切られ、樹の幹に背中が付く。しまった!もう逃げ場が無い!
(爺、頼むから来るなよ……)
ギリギリ出現範囲外だが、手を出そうものならこの神父、一切容赦はしないだろう。自分だけならある程度自業自得だが、彼を巻き込むのは御免だ。って、結構余裕だな俺。
「これで終わりですね―――では、短い付き合いでしたが御機嫌よう」
形だけの挨拶が発せられ、長剣が脳天目掛け振り下ろされた―――