五章 約束の地
いた。「やっぱりここだったんだね」
聖樹の森の端、船着場に程近い開けた一角。近隣一帯の村の共同墓地だ。
その隅、比較的古い墓の前でオリオールは走り疲れたのか座っていた。私の存在に気付き、慌てて立ち上がる。
「兄様……」
「ゲイル・ハワードさんのお墓だったよね、そこ」なるべく刺激しないように言う。「ごめんね、やっぱり何も思い出せない」
「いいんだよ。きっとこの人も、土の下でそう望んでいるだろうから……」
弟は溜息を吐き、墓石に手を置いた。
一歩、二歩……鬼ごっこを諦めたのか、彼は歩み寄る私の胸に自ら飛び込んできた。
ドンッ!ギュッ。
「ねえオリオール。私達が初めて会った時の事、教えてもらえる?」
「宇宙船の中で目覚めた時……じゃ、ないよね?でも……ううん。兄様が聞きたいなら……何時までも隠してたって仕方ないし」
ほっぺたを胸に擦り寄せる。
「兄様の匂い、外に出ても同じだ……あの時もこうやって長い間抱き締めてくれたんだよ?懐かしいなあ」
「“黒の都”で?」
「うん。僕孤児で、何のしがらみも無かったから連れて行かれたんだ。元々はこの星の、もっと山奥の出身なんだよ。一角獣は清流と綺麗な空気が無いと生きていけないんだ」
それでさっき聖樹さんに環境の事を褒めていたのか。
「―――だから住処の近くに製鉄工場が出来て、煙突から黒い煙がもくもく空に昇って、僕以外はあっと言う間に死んじゃった。子供の方が環境の変化に強いんだって」
あっさり語った後、嫌だよねそう言うのってさ、凄く罪悪感あるじゃん、辛そうに俯いた。
「お母さんみたいだった、兄様。僕の話全部聞いて、何度も頭撫でてくれて。だけど……今なら分かるんだ。前の兄様は、ただ僕が『悲しんでいる』から慰めてくれたんだって」
「?」どう言う意味?
「ねえ。今の兄様なら、僕の境遇を聞いてどう思う?」
「え?突然訊かれても……」
目の前で家族が全員死ぬなんて出来事、私なら考えただけで耐えられない。この少年はよく自力で乗り越えられたな。
「親しい家族を亡くすのはとても、とても辛いよね。それでもいつも笑えるオリオールは素直に凄いと思うよ。……ごめん。こんな大切な話まで忘れてしまってて、また辛くさせちゃったね」
返事を聞いた彼は、口角をゆっくり上げる。「―――やっぱり」
「え?」
「やっぱり今の兄様の方がずっとずっと良い。大好き!!」ギュウッ!
良かった。緊張で強張った氣が解けていく……ん?あれ?
「“碧の星”出身の一角獣?って事は、元は不死じゃなくて獣族なの?」
「そうだよ。“都”の奥にお城があるんだ、“黒の燐光”の安置された。皆そこへ行って、テストに合格したら不死に……本人の意志は別としてね」
「?」
「少なくとも、僕等の偽パスポートを作ってくれたヘイト・ライネスさんは違ったみたい。騙されていきなり、だったって」
「!!?そんな……酷い……!」
六種の何かは分からないが、彼にも外界での普通の生活があった筈だ。それを無理矢理奪われ、自分の意志ではまず死ねない身体を押し付けられ、平和な人生を滅茶苦茶にされた。そして最後は一片の骨も残らず灰に……。
「だから前にヘイトさんは同族が嫌いだって言ってたんだね」
「うん。僕は何の役にも立たない子供だったせいかな、きちんと説明があって選ばせてくれたんだ。でもあの人は、パスポートの偽造スキルがあったばっかりに……」
何故?どうして?私達に家族や愛する人、気のおけない友人達を剥奪する権利など無い。
ポロッ。
「兄様泣かないで。言わない方が良かった?」
「ううん、教えてくれてありがとう。……ねえ、正直に言って。オリオールはどう?私達が、憎い?」
「言ったでしょ。僕の一族はもう皆死んじゃったんだ。家族は兄様と……ウィルのお兄さんや聖樹さん、白鳩のお兄さんお姉さん達だよ」弟は無邪気に笑う。「それで充分じゃん」
つまり、私以外の同族に対しては……ううん、ある程度は仕方ない。私だって今の話を聞いて少しだけ、彼等が嫌いになった。まさか代表のリュネさんの命令なんだろうか?迫害の経験がある彼女に、そんな非情な決断が出来るとはとても思えないけれど……。
「―――ねえ、私はハワードさんに会いたかったんだよね?彼は何者?」
「剣の腕が立つ傭兵、って前の兄様から聞いた。多分結構強かったんだろうね。でなきゃ会えた筈無いし。
その人と兄様は、色々外の世界の話をしたみたい。それで最後に『いつか訪ねて来い』って言われたらしいよ。『仮令俺がいなくなってても、後継者を必ず作っておく』。勝手な話だよね。しかもオジサン、一生独身だったらしくて約束の跡継ぎの情報は一切無し。まぁ今更見つけた所で、肝心の兄様が記憶喪失じゃ意味無いけど」
外界……その中に、昔の私が罪を犯してまで会いに行きたい程興味を持った話題があったのか?一体、何をそこまで訊きたかったんだろう……私は。
「シについて」
「え……?」
「口には出さなかったけれど、僕には何となく分かってたよ。兄様は『終わり』の事を聞きたいんだって。そうだよね、だって“黒の都”には……」
ゴオオオオッッッッ!!!!