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三十九章 朝の世界へ



「く、くすぐったいよ皆!!」


 男三人がかりで切断面をギブス固定されながら、誠がこそばゆさにケラケラ笑う。

「ちょっと誠、動いちゃ駄目だってば!」

「だ、だって……!!」

「笑うな!ずれて接着したらどうするつもりだ!?」

 シャーゼはさっきから舌打ちしっ放し。ただ言葉とは裏腹にブチ切れる兆候は今の所無い。どちらかと言うと、背信の精神的疲労で手元が危なっかしいラキスの方がハラハラさせられた。

「兄様、我慢我慢」

 リクライニングチェアの周囲を歩き回る弟に言われ、どうにか息を殺して耐える。

 数分後、一分の隙も無くガッチリウエストを締められた誠は、ようやく訪れた自由の余裕かラウンジの全面ガラス張りを覗き込む。一方、俺は椅子を一つ挟んだ隣で詩野さんに鎮痛剤を打たれ、胸部に包帯を巻かれている最中。手当て初心者ばかりだが、生憎神父は『闇鷹』の直撃で脳震盪を起こしてしまった。定員オーバー気味と言う事もあり(単に船長が拒否しただけと言う説が有力筋)乗船していない。


「“黒の都”が、燃えている……」


 勿論王が自国を灰燼に化す道理は無い。炎に包まれているのはあくまで“都”の周囲数キロだ。常夜の世界にやって来た、束の間の昼。まるで絵画のように幻想的な光景だ……照らし出された城や家々が、何処か気恥ずかしげに見えたのは気のせいだろうか?

「凄い……やっぱり王様って強いんだ。見て。怪物達が“黒の森”へ帰って行くよ」人智を越える奇形の巨大生物の大軍、その敗走を指差して少年はホッと溜息を吐く。「これならもう大丈夫だね、兄様」

「うん……良かった」

 左手を目の上に当て、瞼をそっと閉じる。「ありがとう、かあさま……」

「おい胴を動かすな!!固定がずれる!」

 給金泥棒に抗議の声を上げられ、慌てて捻った身体を元に戻す。「す、済みません」

「怪我人にそうカリカリするもんじゃないよ。―――他に傷は無いみたいだし、これで一応OKかな?」

「けどシャーゼの言う事も尤もだ。坊や、ちゃんとくっつくまで大人しくな」 

「ええ、二人共ありがとう。シャーゼさんも」

「ふ、フン!そう思うならとっとと寝ろ。エルシェンカ、シャバムに着いたら中央病院へ搬送するのか?」

「ああ。“腐水”の時と違って、これは流石に我が家で面倒見切れないからね。兄上も数日は集中治療が必要だし、いいよね?院長には既に僕から秘密厳守って事で要請してある」

「相変わらず気持ち悪いぐらい準備の良い奴だ……そうか、コンシュ家の時も怪我を……済まん」肩を落とし、溜息を吐く。「私は大馬鹿者だった。何も知ろうともせず」

「随分愁傷だな。全部トリックと妄想で片付けてた時の方がよっぽど元気だったぞ?」

 口を挟むとキッ!切れ長の目で睨まれた。

「以前の事は忘れろ。自分で思い出しても腹しか立たん」

「そこまで卑下なさらなくても……フィクスさんの判断は極めて常識的でしたよ?思い込みが非常に強くて、しかも人の話を聞かないだけで……」

 それ絶対貶してるだろ詩野さん?ここら辺、正にエルの教育の賜物だな。

 眉を顰める奴の背後から、自動操縦に切り替えてきた船長が現れる。右手には船に積んであったらしき輸血パックと点滴道具。

「坊ちゃまの容態は?」

「ああ、今は安定している。取り敢えず応急処置は終わった。次は輸血だ、頼むよ。僕は兄上を」

「ええ、任せて―――ウィルベルク?」

 ペチペチと頬を叩かれる。「あ」一瞬意識が飛んでた。

「鎮痛剤が効いて眠くなってきたのでしょう」

「驚いた。てっきり……どう?」

 弟は包帯の上から銃痕を探る。貫通したままは拙いね、回復魔術は得意じゃないが、まあ頑張ってみるよ、言って両手で印を結び始めた。

 癒しの力が傷を塞ぎ始めるが、正直誠の奇跡よりずっと効力が薄い。効き目はあるようだが、胸側だけでもしばらく時間が掛かりそうだ。それでもほんのりとした温もりと薬が睡魔を誘い、うつらうつらし始める。

「エル、代わるよ」幾分元気を取り戻した愛しい声。

「小晶!人より自分の心配をしろ!」

「もう大丈夫なのかい?」

「うん、右腕が無い分血がよく回るみたい。魔術を何度も使ったから氣が疲れてるよ?少し休んでて」

「じゃあお言葉に甘えて。美希、オリオールも少し眠るといい。野郎二人は今の内に嘘の報告書をお願いね」

「どうぞ、こちらです」ペラッ。

「「おい!」」

 ハモる怒声の直後リュネが小さく、あ、と発した。

「エルシェンカ。あなたが言わなくてもとっくにおねむよ、この子。拷問に掛けられた上あの大脱出劇だったもの。張り詰めていた緊張が解けたのね……」

 衣擦れ、続いて毛布を掛ける音。

「静かに。ゆっくり寝かせてあげましょう」

 弟の手が離れ、数十秒の後。懐かしい感覚が上半身を包む。ほわほわと温かい、まるで麗らかな午後の木漏れ日の下みたいだ……。


「ウィル」


 月の天使が最高に甘い声で囁いた。


「助けてくれてありがとう」  





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