三十四章 分かたれた聖人
「うっ……!」
階段を昇り終えて広がる光景に、予想していたとは言え呻きが漏れ出た。
俺と同時に空間転移した誠は、丁度胸上を斜めに分断されていた。傷口からは止め処無く真っ赤な血液が放射状に広がり、形の良い唇からも一筋零れている。
幸か不幸か、彼の意識ははっきりとあった。黒曜石の眼球が俺達を捉え、うっすら微笑む。
「うっ……!」「これは流石に酷いね……」
「兄様!!?」
背中から少年を降ろし、彼の背に腕を回して上体を起こさせた。
「良かった……」
「ああ、まーくんのお陰でピンピンしてるよ。ありがとな」
俺はもう以前の弱い自分のように現実から目を逸らさなかった。精一杯口角を上げて礼を言い、冷たくなっていく身体を抱き締める。心臓が張り裂けそうになりながら。
「ジプリールは……?」
「!!?」宿敵の名に、弟が背後で息を詰める。
「消えた。大方俺を始末したと思い込んで帰ったんだろう」
「そう……じゃあもう危険は……あ、駄目だ、かあさまがまだ……」蒼白い唇が硬直する。
「まーくんは何も心配するな。とにかく安静に!」
身動ぎしようとするのを止めるが、誠は恐怖に顔を強張らせて言う事を聞かない。
「早く、皆は逃げて……この怪我じゃ、私……!!」
「駄目だよ兄様!残るなら僕も一緒にいる!」
「俺もな。帰る時は三人一緒だ、約束しただろ?」
唇を震わせる彼に、お前一人ぐらい私達で運んでやる、だからジタバタして邪魔をするな、第七対策委員がポツリと呟く。どうやら完全に切断された訳では無いようだ、背骨一本で辛うじて繋がっている、とも。
「二人共、ギロチンを上げてくれ!今から誠を引っ張り出す!!」下の女性陣にエルが大声で頼む。ところが、
「駄目!ボタンが全く利かない……どうしてこんな状態で誤作動が起こったの?テスト段階では何も問題無かったのに。由香、どう?」
操作盤の裏をドライバーで開けた少女は、透化の魔術の解けた頭を振る。
「もう、誰がやったの!?回路全体が水でビショビショ!おまけにあちこちのケーブルが切れてて、今すぐ修理は無理そう」
「素人の私が見ても」秘書も覗き込む。「一度分解する必要があると思います」
「分かった」
「何をするのです!?」
処刑台を取り巻く住民達を割り、ジュリトが先程まで味方だった連中に引っ立てられた。ただならぬ雰囲気の源は長年積み重なった憎悪か。当然っちゃ当然だが、何もこんな時に。
「極刑だ!」「もう我慢ならねえ!」「よくも坊ちゃまを真っ二つに!!」「“燐光”に何かあったらどう責任取るつもりだ!?」「俺達皆死ぬんだぞ!!」
はっ!慌てて傷口の位置を確かめる……良かった。刃は心臓の数センチ下だ。安堵の息を吐きかけた俺の耳元で、はっきりと舌打ちがした。
「安心するには早えぞ変態野郎。掠って“燐光”が若干傷付いた。じきに再生はするが、それまで『奴等』が大人しくしてるかどうか……」
「何?」
燐の口調は珍しく焦りを含み、ヤバい状況なのだと理解させられた。
「不死族、じゃなさそうだね。何者だい?」
「見りゃ嫌でも分かるさ。けどまぁ今の所気配は無えし、来るかどうかは半々だがな。取り敢えずとっととこいつをどけろ。こちとら肺が潰れて息が出来ねえ」
「ああ、分かった。―――おいお前等!!」
俺は大声を張り、神父をリンチに掛ける寸前の住民達を呼んだ。
「そんな下らない真似してる場合か!?同族が身体を引き裂かれて苦しんでんだぞ!!そいつを袋叩きにする元気があるなら助けるのを手伝え!!」
不死達は聖族如きの突然の要請に困惑。隣同士ボソボソ相談し始める。と、俺の横で奴等の天敵がキレた。
「貴様等にとっての小晶の価値はその程度か!蝶よ花よと崇め奉っておいて、いざとなれば真っ先に“燐光”の心配!自分達の命がそんなに大事か!?たかが生き腐れの分際で!!」
「おい、少し言い過ぎだぞ!?」言い出しっぺの俺でさえ余りの罵詈雑言に吃驚する。
「五月蝿い!」
拳を戦慄かせ、対策委員は真っ赤な顔に青筋を立てて口を開く。
「小晶が外界で何をやっていたか知っているか!?頭のイカれた化物共とずっと戦っていたんだぞ、人命を守るためにな!!それに比べ貴様等の体たらくは何だ?与えられた命で何年何十年も平和ボケの暮らしをしおって!恥ずかしいとは思わんのか!?」
「きゅ、キューキンドロボー?ちょっと落ち着こうよ、ね?」反対側で介抱するオリオールもおろおろ。「流石に拙いよ。このままじゃジュリト様の前にボコボコに」
「そうです……すぐに謝って下さい」
「怪我人は黙ってろ!!」
元に戻った誠の説得にも、奴はそう怒鳴って耳を傾けようとはしない。
「いや、二人共。どうやら……効果あったようだよ」
弟の呟きに再度視線を向けると、悠久の時に寝惚けていた不死達の表情に変化が生まれていた。
「あの小僧には腹が立つが」「ここは私達の“都”。そして坊ちゃまは私達の太陽のような御方」「何をしていたんだ俺達は!?」「“燐光”が埋まっていようといまいと関係無い!」「一刻も早く救い出すんだ!!」
わーっ!歓声が上がったと同時に、メインストリートの方から両腕に工具箱を抱えた靭が走って来た。ガシャンッ!地面に置く。
「よく分からなかったんで、取り敢えず研究所にあったの全部担いできたぞ。マシンはぶっ壊れてるんだろ?なら鎖を外して全員で一斉に持ち上げるしかねえな。何処を切ればいい?」
ギロチンは処刑台内を潜って操作盤へとチェーンで結ばれ、見える範囲は等間隔に固定用金具が装着されていた。
設計主達は素早く壇上へ駆け上がり、俺達の横を通って鎖の続く穴へ。リュネは自分の手首程の太さの鎖を握り締め、ここよ、丁度チェーンの継ぎ目部分を示す。
「よし!じゃあ早速始めるぞ!!」
工具箱から片手斧を取り出し、筋肉隆々の両腕で勢い良く振り下ろす。
ガンッ!!ギイィンッ!!
「ちょっと待って!」鎖が半分千切れた時、弟が制止の声を上げた。「拙いぞ、このままだと刃の自重で誠ごと処刑台が真っ二つだ!」僅かに下がったギロチンを指差して言う。
「何!?おいどうすんだリュネ!?」
「こんな重量有り得ないわ……まさか、誰かに取り替えられた?」首を横に振る。「今はそんな事を追求しても仕方ない。坊ちゃまの横にジャッキを当てるわ。多分十秒も保たないでしょうから、その間に何とか全員の体重で持ち上げましょう。いい?チャンスは一度だけよ。もし失敗したら―――少なくとも上にいる人間は大惨事を免れない」
「靭。ここからは僕が魔術で。君は何時切れてもいいように両手で鎖を掴んで。シャーゼ、君は」
「分かっている。おいデカブツ、ロープ借りるぞ」
言うなり工具箱を探り、丈夫そうな縄を引っ張り出して自分と大男の腰を何重にも縛り付けた。端を眼下の住民達へ向けて放り投げる。
「いいか貴様等、絶対手を放すんじゃないぞ!」
靭は滑り止めの軍手を嵌めて鎖を掴む。その上から科学者がガムテープを巻いて固定した。
「リュネ、ギロチンの凡その重量は?―――一トン以上か、結構重いな。二人共、切断と同時に地面へ飛び降りるんだ。多分凄い勢いで上へ戻されるだろうから、下の者達は意地でも引き摺り下ろす事、いいね!」
おおーっ!!不死族達は肩をぐるんぐるん回し、綱引きの要領で直線二列に並ぶ。老若男女バラバラな中、横からやれやれと神父が近付く。
「それでは持ち上がる物も持ち上がりませんよ?まず前方から身長の高い順で並びなさい。力のムラを無くす為、なるべく男女交互になるように。間隔は一メートル弱に保って。―――そうです。脇でしっかり挟むように固定しなさい」
慣れた様子で後ろの子供等に指導する。
「いいですか?失敗は赦されません。腕の一本や二本、坊ちゃまに捧げるつもりで引くのです」
そう言って最後尾に陣取り、黒い神父服が汚れるのも構わず縄を握った。
「面白え事になってきやがったな。ん?お嬢ちゃん達、何処へ行く気だ?」
操作盤を離れ、“都”の奥へ向かおうとする女性二人に声を掛けた。
「研究所の観測室よ」振り向いた同胞が答える。「結界が弱まった可能性があるわ。奴等が動き出していないか、誰かが行って確認しないと」
「エル様、済みません。私はリュネさんに付いて行きます。誠さんを……必ず救って下さい」
申し訳なさそうに艶やかな黒髪ショートヘアの頭を下げる。
「勿論だよ。二人も充分気を付けて」
弟の言葉を無視し、技術者はさっさと歩き出す。だが秘書に追われるその耳は、壇上からでも見えるぐらい真っ赤だった。




