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三十三章 呪縛の消失



 ガタンッ!


 ギロチンが落下する風が肌を撫でる。しかしそんな些細な変化は意に介さず、俺はただ静かに誠が無事暮らせる事を祈った。誰に?少なくとも大父神ではない何者かにだ。仲間達でもない。もっと高い所にいるかもしれない、善で万能な存在へだ。


『……誰?その瓶が……いるの?』


 あ、本格的にヤバい。走馬灯まで走ってきやがった。初めて出会ってもう一ヶ月以上か……あっと言う間だったな。毎日新しい事があって、時間が過ぎるのが勿体無いぐらい楽しくて。

 あの時から思ってたけど、誠は真性の天然だな。女に間違われるのもしょっちゅうだし、あんなに可愛くてオリオールは本当大変だ―――二人の事、皆に一言頼んでおけば良かったな。

(爺、怒らないでくれよ?)

 誠を殺すよりは全然マシだろ?これからは俺の代わりに沢山美味いスイーツを作ってやってくれ。辛い宿命を乗り越えられるぐらいとびっきりの奴を一杯。


「駄目!!」


 反射的に顔を上げた。服の上からでも肩に赤く濃く出た数瞬後の傷越しに、声の方を振り返る。

 誠の澄んだ瞳は、まるで俺の決意も何もかも見透かしたようだった。目と目が合った次の瞬間、懐かしくも苦い浮遊感覚が身体を襲う。はっきり覚えている、これは―――コンシュ家の地下の時と同じだ。但し今度は俺の意志と全く関係無い。


「止めろ!!」


 全身を優しく包む温かな氣に抗うように俺は叫んだ。必死に。咽喉が潰れる程。何故なら、


「来るな!!」


 以前と違い、転移の奇跡は片方を運ぶだけでは済まなかったからだ。重い責任感を背負った使い手の精神状態を反映してか当人までも、


「止めろ!信じる!大父神も加護も何だって受け入れてやる!!だから」このまま先見通り死なせてくれ!!


 時の動き出しかけた世界に放った言葉を受け、赤い線がキラキラ淡い光となって消えていく―――神に設定された未来と言う名の呪縛は今、永久に失われた。


 ザシュッ!!!


 瞬きで瞼を閉じた〇・〇数秒の間に、俺は冷たい木製の床板から地面へ移動していた。やけに遠いギロチンの落下音が鼓膜を震わせたのに気付き、全身の血が一気に下がる。

「あ……」

 縛られていた両手は自由を取り戻し、右腕の中には蒼髪の少年。彼も突然の事態に吃驚仰天した。

「な、何でお兄さんが僕を抱えてるの!!?兄様!兄様は何処行ったの!?」キョロキョロ。首が千切れそうなぐらい必死に振る。何が起こったかを唯一知る俺は、親鳥を捜す雛のような痛々しさに思わず目を背けた。処刑台の上は酷く、静かだ……。

「お前はここにいろ。いいな?」

 有無を言わさず地面に下ろし、同じく呆然としたままの開発者に後を任せて立ち上がった。

 一歩踏み出す度、恐怖が現実と化した実感が皮膚を焼く。漂ってくる血臭。沈黙の中から微かに聞こえる、か細い息遣い……。

 ザッ。背後で音がし、左脚の靴が掴まれた。

「ヤダ!兄様、あそこにいるんでしょ!?僕も連れて行って!!」

「駄目だ!」

 両手を引き剥がそうと手を掛けたが、子供とは思えない馬鹿力だ。爪が割れるのも構わず、オリオールは革靴に指を食い込ませる。

「駄目なんだ!まーくんはあの下で……」残酷な言葉を飲み込む。「とにかく降ろして来るまで大人しくしていろ!」

「嫌だ!!」

「お前がいても足手纏いにしかならねえんだよ!!」

 こうなると男同士、意地と意地との張り合いだ。俺は本気で蹴飛ばすつもりで脚を振り、少年も靴を引き千切らんばかりに追い縋る。

「お兄さんの馬鹿!」

「それはこっちの台詞だ糞餓鬼!素直に人の親切を受けろ!!」

「はいはい二人共、喧嘩は止めなよ」

 弟は這い蹲る少年の肩を叩き、何があっても気絶しない自信はあるかい?と尋ねた。

「当たり前じゃないそんなの!」俺を見上げて「誰かさんと一緒にしないでよね」

「だってさ兄上。抱えてあげなよ。何故かは分からないが、あそこには君の代わりに誠がいるんだろう?」凶器の落ちた壇上を指差す。「早く行ってあげないと」

「……ああ。悪かったな、よっと」

 下半身の力の抜けた身体を背に負い、再び処刑台へと歩き出した。

「お、おい……何故誰も装置の傍にいなかったのに落ちた?しかもあの下に小晶がいるだと?馬鹿な……一体何がどうなって」

 シャーゼが血の気の失せた顔で言いつつ、弟と並んで階段を登って来る。残った詩野さんとリュネが急いで操作盤を調べに走るのが横目に見えた。





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