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三十章 銃声



 一発の爆発音が響き、俺は唯一銃を所持する弟の秘書へ向き直った。彼女は信じられないと言った表情でこちらを見返す。そして次の瞬間、シャーゼもろとも林から現れた謎の黒服の男達に銃口を突き付けられた。


「っ!がっ!!」


 突然心臓の横に刺すような激痛が走り、見る見る胸元が赤く染まっていく。撃たれた?一体何処から、誰が?


「ウィル!!!?」


 処刑台上の天使が繊細な声帯を潰しかねない大声を出す。

「おい、大丈夫か!?」

 崩れ落ちそうな身体を靭が支え、辛うじて立たせてくれた。

「っ……あ、あぁ……!心配するな……これぐらい平気だ……!!」

 完全に強がりだ。貫通した弾は肺にダメージを与えたらしく、呼吸する度鋭い痛みと窒息感が襲う。正直気絶していないのは奇跡に近い。


「下手に動くなよ、ウィル。急所は外したが、傷が広がったら危ないぞ」


 ライフルのスコープを覗いたまま教会の陰から出て来たのは、“都”に来た途端消えた弟の部下。油断無く俺と隣の靭に照準を向け、ラキス・フォナーはそう忠告した。

「ラキスさん!?」

「貴様、姿が見えんと思ったら!一体何の真似だ!?」

 スナイパーは目を伏せ、悪い、とだけ呟く。

「どうやら形勢逆転ですね」「ぎゃっ!!」

 “信仰者”は事態の急変に思わず立ち止まったオリオールの背中を蹴り付け、骨を砕かんばかりに踏み躙る。取り落とした己の携帯を拾っても尚、だ。

「止めて!!」

「坊ちゃま、駄目です!!」

 最後の縄を切り終え、彼は壇上から飛び降りて弟の元へ向かおうとした。が、技術者が必死に後ろから羽交い絞めで阻止する。

「放して下さい!ウィル!オリオール!!」

「兄様……がっ……!」

「馬鹿な馬風情が、よくも私を手こずらせてくれましたね」

 肺腑の上をわざと爪先で抉り、痛覚の無い幼子に的確な苦しみを与える。くそっ!とても見ていられない!自分の苦痛以上に沸々と腹の奥底から怒りが込み上げてくる。

「遅かったですねラキス。何をもたついていたのです?」

「協力者が人間の傭兵団とは知らなかったんでな、話が通じるまでに時間が掛かったんだ。余り外の奴等を不死の話で釣るのは感心しないな」誠を見ながら忠告する。「秘密が漏れる可能性だってあるだろ」

「それなら心配御無用です。彼等は私の命令に従う事以外、何も聞かされていません。使い捨てても一向に構わないと『紅鶸』のボスから承諾も頂いています」

「『紅鶸』だと?ちっ、戦争屋か。厄介なのが来たな」靭が爪先で地面を叩く。

 傭兵は見える範囲だけで十人前後。全員拳銃持ち。三人を人質に取られ、俺が満足に動けない状態での戦況は絶望的だ。

「おい、一つだけ答えろ。何で裏切った?」

「済まんウィル。サナトリウムから帰って来たばかりの難病の妹が」

「そう言う事かよ」察して途中で言葉を遮り、神父の方へ顔を向ける。「つくづく下衆だな、ええ!」

「治外法権区で暴れ回る聖族政府程ではありません。さて、靭。『まずは』ウィルベルクさんをあそこへ御案内なさい」

「!!?」

 立ち尽くす誠達を、正確にはその背後のギロチンを示して言った。

「んな事出来るか!?こいつは坊ちゃんの」

「そこの技師の女の罪を不問にすると言っても?」ニッコリ。「お前のような腕力だけが取り柄の男に、初めから選択の余地などありません」

「靭、駄目よ!彼を連れて逃げて!」

 壇上から叫ぶ隣人と俺を交互に見、米神にくっきり浮かんだ青筋をぴくぴくさせる。さっきまで強さの象徴だった拳は握り締められたまま、葛藤と恥辱に耐えていた。


「―――いいんだ靭。リュネを助けてやってくれ」


 複数の息を詰める音を掻き消すように、大男は音が周囲に響く程激しく歯軋りした。

「心配すんな。まだチャンスはある。今は油断させておくんだ」敵に聞かれないよう小声で囁く。「そう簡単に死なないさ。俺を信じろ」

「だが」

 正直言った本人ですら確たる自信は無い。しかし、

「頼む」

 こちらを最高潮の不安げな表情で見下ろす愛しき彼は今にも倒れてしまいそうだ。その視線に耐え切れず、俺は自ら断頭台へ一歩踏み出した。

「おや?靭、どうやらあなたの態度にウィルベルクさんは焦れたようですよ?言っておきますが、手を貸さなければ免罪は認められません」

「ああ、分かってるさ」

 視線を交わして合図すると、大男は黙って逞しい左腕を回し歩行の補助をしてくれた。

「あ、そうそう神父様。いい加減子供を足蹴にするのは止めてくれ。地べたに這い蹲ってちゃ、俺の首が飛ぶのが見られないだろう?」

「それもそうですね。では」


 ベキベキィッ!!「ぁ……ぎゃあああっっ!!!」


 乾いた音と小さな声、一瞬後に続いた絶叫。今度は機械技師が止めようとしても無駄だった。腕を振り払って軽やかに大地へ降り立ち、うつ伏せで痙攣する弟の元へ駆け寄る。

「兄様……変だよ、全然脚に力が入らないの……」

 背骨と一緒に神経をやられたのか。抱え上げた兄の手を力無く握り、少年は突然訪れた違和感に眉根を寄せた。

「大丈夫、何も怖くないから」

「うん……そうだよね、兄様達が一緒だもん。きっとすぐ歩けるよね?」

 重傷を忘れて無邪気に笑み、薄い胸に頬を擦り寄せる。が、


「この世で最も美しい物は愛、ですか。素晴らしい教えです、主よ」


 グイッ!横から顎を掴まれ、誠が目を白黒させた。

「坊ちゃまに触らないで!」

 脚を引き摺りつつ降りて来たリュネがパシンッ!神父の伸ばした手を叩く。

「やれやれ、懲りない女だ。―――まあいいでしょう。じきに大人しくせざるを得なくなる」

 兄弟を庇いつつ、彼女は素手で勇敢に立ち塞がる。

 そうこうしている内に処刑台の上へ到着。近くで見るギロチンは恐ろしくデカく、嫌になるぐらい切れ味が良さそうだ。

「まだ固定用の縄は残っているでしょう?―――そうだ、彼を後ろ手に拘束しなさい。丁度脳天から真っ二つになるように、ね。装置の性能を試す良い実験台です」

 しかも選りに選って初犠牲者かよ……。

「くっ!済まん……」

「謝るな、縁起でもない。まだ死んだと決まった訳じゃないだろ?」

 四半分は内心ガタガタの自分の為。もう四半分は罪悪感に苛まれる不死達や仲間の為。最後の半分は言うまでもない。今にも壊れそうな硝子細工の心を震わせる天使の為に、俺はわざと明るく言ってみせた。

 刃の真下で座らされ、子供用であろう金具に両手を固定される。成程な。これではどんなに身を捩っても頭上で光る暴力からは逃れられそうにない。

「犠牲は俺だけで充分だろう?詩野さん達は解放してやってくれ」

「聖族政府の人間を?冗談でしょう?」

「俺からも頼むジュリト」裏切り者も唾を飛ばし擁護する(遅えっつうの!!)。「フィクスはともかく、詩野さんはエルの婚約者だ。手を出したら全面戦争は避けられないぞ」

「裏切り者め!帰ったら覚えておけよ!!」

「言われなくても分かっています。彼女には義兄の訃報を届けるメッセンジャーとして働いてもらいましょう―――手土産を持たせて、ね」


 くす、くすくすくす……。


「し、詩野?」拳銃を背中に突き付けられたシャーゼが外れた声を上げ、隣の秘書を見やる。「おい、しっかりしろ。気が触れるにはまだ早いぞ」

「ふふ。私は至って正常ですよシャーゼさん。ただ神父様のお話が面白かったので、つい」

 朗らかに微笑む彼女に、敵は眉間に皺を寄せた。

「女、それはどう言う意味です?」

 誠達の所を離れ、恐怖と対極にある秘書へ近付く。

「ところでジュリトさん、エンターテイメントの本はお読みになられますか?」

「質問の意図が読めませんね」俺の方を指差す。「余り巫山戯るようならあそこへ並ばせますよ」

「では単刀直入に。私が説明したかったのは活劇物……矢張り御存知では無さそうですね。つまり」

 脅されているのも構わず暗天を見上げ、両腕を鳥の如く自由に大きく広げた。


「「ヒーローは一番良い所で現れると言う事です」だよ」





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