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二十九章 執行阻止



「判決、極刑!!」


 教会前は先程より一層騒然としていた。新たに十数人の武器を持った大人が処刑台の周りや、少し離れた下の操作盤前に立っている。全員無表情を装ってはいるけど、全体を覆う氣は理不尽に対する憤怒で一杯だった。

(うっ……痛、い……)

 狂った時の母程ではないけれど、長くいれば嫌でも影響を受けてしまう。早く解放しなきゃ、同族達を。

 一旦樹や家屋の陰に隠れ、急ぎ突入作戦の打ち合わせをする。

「こんなに協力させられてるのか。出来れば手荒な真似はしたくないが、そうも言ってられる状況じゃないな」

「多少の切った張ったは構わねえ。後で俺が詫び入れとく。とにかくまずは処刑台の電源を落とさねえと」

 十段の階段の先で、蒼白く輝く桜の光を反射して鈍く輝く鋼鉄の刃。向かって右下に据え付けられたコントロール装置を指差す。またコンピューター?でも今度はパソコンではなさそう。

「分かりました。そちらは私とフィクスさんで何とかします。皆さんは上へ行ってお二人をお願いします。誠さんが登れば、彼等は嫌でもそちらに注目せざるを得ない筈です」

「上で踏ん反り返る大将もな。救出と荒事は任せるぞ」

「ああ」

「陽動作戦って訳か。よし、お前等の策に乗るぜ」

 くいくい。ズボンを足元の弟が引っ張る。

「分かってる。オリオールと私はリュネさん達を助ける、だよね?」

「誠さん、これを」

 美希さんが使い古された鞘付きの調理用ナイフを差し出した。見覚えがある。教会のキッチンのまな板に置かれていた物だ。

「少し借りてきました。縄を解くのに使って下さい」

「助かります。有り難く使わせてもらいますね」

 左手で受け取り、大事に懐へ収める。

「僕の分は?」

「子供に刃物持たせられるかよ。まーくんのサポートをしてやってくれ」

「うん!頑張って早く聖樹さんとケーキ作りの続きをしないとね」

 ジャンプしてその場で回転する。これから同族と戦うとは思えない張り切りようだ。


「じゃあ―――行くぞ!」


 別働隊の二人と別れ、四人で民家の陰から飛び出した。




「その判決、待った!!」


 二メートル近い巨体から放たれた大声。一斉に約三百人分、六百の眼の視線がこちらを射抜いた。


「靭だ!」「やっぱり助けに来たのね」「でも後ろの男性は誰?」「!?おい!一番後ろ!」


 地が震える程の唱和に、予想していたとは言え本人の私も吃驚。靭さんが押し退けるまでもなく人垣が割れ、真っ直ぐ処刑台への道が出来た。

 壇上の神父さんは腕を組み、私達を見下ろして常の微笑みを浮かべる。

「おや、純血聖族に裏切り者の盗人。王の裁きを逃れるとは悪運の強い。ゴキブリ並の生命力と褒めておきましょう」


「聖族だって?」「例のおかしな法律を作った政府の奴か!」「のこのこ“黒の都”に来るとは良い度胸だ!!」


 拙い!人々の殺気がウィルへ集まっている。このままじゃ二人を助けるどころか、


「御紹介どうも。―――早速で悪いがリュネ達を返してもらうぜ、神父様」


 自信に満ちた宣言に場が鎮まり返り、静かな動揺が広がる。


「どう言う事だ?」「あいつ、あの六種嫌いで有名なリュネ様と知り合いなのか?」「靭とも協力しているようだし」「大体、城にいる筈の坊ちゃんが一緒ってのは一体……」


「静まりなさい。坊ちゃまの御前ですよ」

 神父様の言葉も、“黒の都”始まって以来の変事に慌てふためく彼等には届かないよう。彼のいる壇上を見上げつつ友人は腰に片手を当て、右手の人差し指で挑発的に指した。

「よくも俺達を罠に嵌めてくれたな。借りは返させてもらうぜ」

「手前等、言っておくが降参するなら今の内だぞ!俺は今凄え暴れてえ気分なんだ!ブン殴られるのが嫌なら離れとけよ!!」

 私のウエストぐらいある腕を捲り、靭さんが周りの警備の人達に警告を放つ。

「皆さん。逃げ出したらどうなるか、分かっていますね?」動揺した皆にニッコリ。「残念でしたね靭。泥臭い傭兵如きの言葉は聞くに値しないそうですよ」

「ケッ!つくづく下衆野郎だな手前は!!おいリュネ!大丈夫か!?」

 呼び掛けられ、ギロチンの下で死の恐怖に耐えていた彼女がこちらへ首を向ける。

「靭……それに坊ちゃま、ウィルベルク達まで……ごめんなさい。折角の逃げるチャンスを、私達のせいで……」

「気にするな。それより気をしっかり持つんだ」

「今助けます!」涙ぐむ彼女に私も告げる。「だからもう少しだけ我慢して下さい!」

「……はい」


「仕方ありませんね。坊ちゃまは私が保護します。残りの雑魚を速やかに鎮圧しなさい」


 逆らえない命令を受け、先頭の靭さんとウィルへ武装した不死の人達が一斉に襲い掛かった。


「でいやっ!!」「二人共伏せてろ!天破、早雲!!」


 腕の一振りが右側数人を薙ぎ払い、左側は凄まじい突風が吹き飛ばす。脚を取られかけた弟の手を取り、腰を屈めて耐える。


「きゃっ!」「わっ!!」


 巻き添えで転倒した住民達を横目に見つつ、私達兄弟は処刑台の木製の階段を駆け上がった。手足を拘束され横たわる二人の傍へ膝を付き、怪我と氣の具合を診る。

「坊ちゃま、先に彼を」

「はい。今、縄を切ります。後少しの辛抱ですよ」

 両目がまだ修復していない男性の耳元で声を掛ける。

「ボッヂャ……マゼン……」

「兄様!」

 ナイフを抜いた私は咄嗟に振り向き、ヘッドフォンを掛けたままの神父様と対峙する。

「いけません坊ちゃま、そんな物を振り回しては。迎えをお呼びしましょうか?」

 ポケットから携帯電話を取り出す仕草をする。

「どうぞ」

「?」

「来てもらった方が好都合です。かあさまは私の頼みなら何でも聞いてくれますから」

 下手な脅迫に、しかし彼はとても不快げに眉を顰めた。

「おや、代わりに大事なお友達の方々が犠牲になっても宜しいと?それに折角“都”まで降りて来られたのに、王が来れば逆戻りですよ?流石に三度目の家出は警戒するでしょうね」

「心配は無用です。今度はもう、一人じゃありませんから」

 私には待っていてくれる人も、こうして迎えに来てくれる人もいる。だから何も怖くなどなかった。


「隙ありっ!!」


 完全にこちらへ気を取られていた彼の手から携帯を奪い、弟は軽やかに処刑台の反対側へ。

「なっ!馬風情が、中々味な真似をしてくれますね」

「何それ?とにかく僕を捕まえない限り王様へ電話出来ないよ。ほらほら、鬼さんこちら!手の鳴る方へ!」

「待てっ!」

 二本の長短の剣を抜き、必死の形相で追い掛け始める。オリオールは程無く壇上から飛び降り、呆気に取られる住民達の中へ紛れ込んだ。「どきなさい!」

「まーくん早く!餓鬼が引き付けてる今しかチャンスは無えぞ」耳元で燐さんが囁く。

「そうだ!」

 改めて屈み直し、右足首から縄を切り始める。頭の両側がグシャグシャに陥没して、六種なら確実に即死だ。リュネさんも脚を撃ち抜かれて……これも神父さんがやったの?


「はぁっ!」ガンッ!


 下の操作盤にいた男性の後頭部を、シャーゼさんが剣で殴り付け昏倒させるのが見えた。素早く美希さんが機器の前へ立ち、知的な黒目を走らせる。

「どうだ、分かるか?」

「少し待って下さい……駄目です。スイッチがあり過ぎて、どれがどれだか全然」

「チッ!まだ下に人がいる以上、手当たり次第試す訳にもいかん」顎を上げる。「おい小晶!こっちが人払いしてる内に早くしろ!!」

「はい!」

 焦って手を動かすが、感情とは裏腹に縄は硬くて少しずつしか切れない。利き手じゃないから凄くやりにくい。でもどうにか両脚の戒めを解き、左手に移る。

「坊ちゃま、今の声は?」頭部を僅かに上げて科学者が問う。

「どちらもリュネさんの知っている人ですよ。エルの秘書の美希さんと、アイゼンハーク家で助けに来てくれたシャーゼさん。二人共、この処刑装置を停止させようと下で頑張ってくれているんです」

「!何を考えているのエルシェンカは!?こんな危険区域に婚約者を派遣するなんて……!!」

 置かれた状況も忘れて憤慨し、唇を噛む。ブチッ!よし、後一歩で彼を解放出来る。

「秘書、下手に触らない方が良いわ!電源の操作には専用キーが必要なの!!」声を張り上げて指示する。

「この差込口ですね。鍵は矢張り彼が?」

 言われた神父様は両手剣で人々を威嚇しながら、殺気立った目で弟を追い掛け回している。

「ええ。だけど回路を破壊するだけなら、私がそちらへ行ってものの数分で終わらせられるわ。心配しないで」

「壊す、のか?しかし、極刑になる第七はこれからも」

「いいえ。何時誰が潰されるかも分からない凶器など、“黒の都”には必要無い。―――そうですよね、坊ちゃま?」

「はい」

 仮令不死であろうと生命は生命。失ってまで償う罪なんて存在しない。


「だあっ!」ブゥン!「わっ!」


 勢い良く投げ飛ばされた男性が、危うく応戦中のウィルの鼻先を掠める。「危なかったぞ今のは!?巻き添えに当たったらどうする!!」

「おっと済まねえ。しっかしどんだけ脅迫してんだあいつは?俺だけでもう十人近くは相手にしたぞ。よっと」側面から棍棒を振り下ろす女性を、余裕綽々片手で抱え上げる。

「きゃっ!?」「何言われたか知らんが、慣れねえ無茶は止めろって。今の俺達は女でも手加減しねえんだから、さっ!」

 せめてもの情けと、ダメージの少ない草叢へポイッ!

「あ、言っとくが見てないぞ」

「弁解するな。変に疑惑が湧いちまうだろうが」

 ?何の事だろう?

「いや、本当にスカートの中なんて覗いてないぞ。そんな目で見るなよ皆」恥ずかしげにバリバリ。「大体下はスパッツ履いてたじゃねえか―――ぎゃっ!何怒ってんだ!?パンツ見られるよりはずっとマシだろ!!?」

 本人に薪を投げられつつ、傭兵は必死に弁解する。けれど何処か全員の表情は明るく、皆してじゃれている感じだ。良かった。今日の事が元で人々に溝が出来たら謝るに謝れない所だった。

 安堵の息を吐くと同時に、ナイフの感触が軽くなる。「やった!全部切れましたよ!!」

 一足早く自由を得た男性はゆっくりと起き上がり、血塗れの砕けた頭を床に着けんばかりに深く下げた。

「ア、リガドウ……ゴノゴボンバ……」

「無理に喋らないで。咽喉に負担を掛けてしまいます。あ」

 ふと視線を落とすと、先程まで蹲っていた女性が勇気を振り絞って階段を登って来るのが見えた。到着すると自身が汚れるのも構わず抱え起こし、細い肩を貸して立ち上がらせる。

「主人を救って頂き、ありがとうございます……」伴侶の彼女からも頭を深く深く下げられる。「このご恩は一生忘れません」

「どういたしまして。それより治療の方はお願いします。私にはまだやる事があるので」

 女性は泣き笑いのままもう一度頭を下げ、パートナーと階段をゆっくり降りて帰路に着いて行った。

「お待たせしました。次はリュネさんの番ですね」

 刃物の使い方も大分慣れてきた。以前は握るのも怖かったのに……。あの兎さん、最近は元気にしているのかな?

 ギイギイギイ……喧騒の中、私はひたすら手を動かす。そして、とうとう残るは右手のみとなった。


「そろそろ最後か!」

「みたいだな。嬢ちゃん達の方はどうだ!?」

「こちらも問題無い」バシッ!剣で叩きのめした男性に、追撃の蹴りを入れながらシャーゼさんが返答する。美希さんは銃こそ持っているものの攻撃はせず、怪我人を安全な場所へ運ぶよう周囲の不死達へ依頼していた。心優しい彼女ならではの判断だ。


「あいつ等、本当に聖族政府なのか……?」「神父様より私達の味方みたい」


 混乱する彼等の一人、同年代の青年に私も上から話し掛けた。

「彼女の言う通りにして下さい。ここで倒れて踏まれたら更に怪我をしてしまいます」

「ひゃっ!な、何故坊ちゃんが僕などに御言葉を?」

「?あ!どうか頭を上げて下さい!」

 土下座しかけた彼を慌てて止める。

「しかし」

「理由は偶々あなたが一番近かったからです。済みません。見ての通り私は今手が離せないんです。どうかお願いします」

 “燐光”を使って強制的に動かしたくはなかった。彼等は皆意志ある人格だ。ボタン一つで動く機械ではない。

「で、でも聖族に協力したら、後で神父様から何されるか……」

 そうか。救助にすら及び腰なのは、“都”全体に浸透した恐怖のせい……説得するのは骨が折れそうだ。

「良い気味だぜ。無力な坊やに全部押し付けるからこうなんだよ。報いを受けな」

「!!?」

「り、燐さん!何て事言うんです!?す、済みません!今のは聞かなかった事に」

「何を手を止めている!?そんな臆病者に構うな小晶!さっさと女をこっちに連れて来い!!」

「は、はい!」

 弁解する暇も無い。作業に戻り、ナイフをひたすら上下に移動させる。よし、後少しで、


 パァンッ!





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