二十八章 救出
処刑がまだ始まっていないのを確認した後、俺達は見つからないよう教会の裏へ回った。
「おい詩野。小娘に何を頼んだ?」シャーゼが訝しげに問う。「“都”の奥の方へすっ飛んで行ったぞ」
「秘密です。ね、誠さん?」
話を振られた奇跡使いは数秒小首を傾げた後、あ、やっぱり美希さんは知ってるんだね、意味不明の返答をした。
「何の事、兄様?」
「まだ内緒、かな?」「はい」
向かい合って互いに悪戯っぽく微笑む。
「それより、今は早く靭さんを助けよう」
「あ、ああ―――しっ!皆、待て!」
数メートル先に人の気配を感じ、団長として制止命令を掛けた。一瞬反応が遅れた誠も、俺とオリオールで服を引いて隠れさせる。
住居部の玄関も兼ねるらしき裏口を、男二人が立って見張っている。手には如何にも倉庫から引っ張り出してきたばかりの錆びた槍。あ、揃って欠伸した。いっそ清々しいぐらいの嫌々振りだな。
「何てやる気の無い奴等だ。さっさと気絶させて中へ入るぞ」
「あ、シャーゼさん!」
一人飛び出した第七対策委員は、射抜き殺さんばかりに睨み付けつつ男達に近付く。それに気付いた一人がぎゃあっ!頓狂な叫びを上げた。
「おい貴様等」鞘に入ったままの剣を腰から外す。「黙ってそこをどくか、後頭部を殴られて気絶するか、好きな方を選ばせてやる」
「だ、誰だお前は!?」
気迫に怯えつつ、片方がへっぴり腰で槍を構えた。その抵抗に奴は舌打ちし、苛立たしげにブンッ!剣を横に振る。
「ひゃあっ!」
こいつ等、マジで一般人か。可哀相なぐらいビビり切ってる。
「中の男に用がある。妨害する気が無いなら失せろ」締まった顎を上げる。「腰抜け共が」
「ひぃっ!」
「こ、こいつ!!」
素人の突きが繰り出されるが、勿論そんな甘い攻撃では訓練を受けた奴に届く筈も無い。さっと避け、鳩尾へ鮮やかなカウンターを決める。「ぐえっ!!」
「第七ならもっと根性を見せてみろ。父を殺した時のように」
憎悪の言葉と共に、すっかり戦意喪失したもう一人へ剣を振り上げた。
「眠って!」
鞘が脳天を直撃する直前、誠の一声が見張り達の意識を瞬時に奪った。ガンッ!相手が倒れて軌道が逸れ、地面に土埃が舞う。
「チッ!最初からそうしていろ」
「済みません。シャーゼさんがいきなり飛び出して行ったので」
敵とは言え流石に地べたで放置は気が咎めた。詩野さんと俺で野郎共を壁へ凭れ掛けさせる。どうやらおっかない政府員などいない幸せな夢を見ているようだ。口元がニヤけている。
「弁解するな。くそっ!」
額に青筋浮かべつつ、爪先で地面を蹴り飛ばす。が、その怒りは誠と言うより自分自身に向いている風だ。取り敢えず暴力を振るわないなら、いや、駄目だ。暴言で彼が怯え始めている。
「兄様を虐めないでよ」オリオールが諭し、そのままドアを押す。キィッ。「鍵は掛かってないみたいだね。行こ」
扉の先には人一人が立てる程度の狭いキッチンが設えられていた。一人暮らしの気楽さか、食料はバスケットのバケットが半分と、冷蔵庫に鍋ごと入った野菜スープのみ。聖職者様の清貧加減を観察してても仕方ないので、さっさと通り抜けて教会内へ。
ガンガンガン!!
靭の監禁場所は即座に知れた。俺達もさっき入れられた懺悔室だ。
「出せ!この裏切り者!!」
内側から何度も扉を叩き、怒り心頭に声を張り上げている。
「わっ!?」
前を歩いていた少年が中央付近でツルッ!脚を滑らせ、危うく転倒しかける。靴の裏を見、嫌悪感に舌を出す。
「うえ。何かこの辺、血の臭いがする―――え、リュネ様と一緒に縛られてた男の人、ここで頭をパーンてされたの?げ。じゃあこの白いの、もしかして脳味噌?」
俺が頷くとピョンッ!後方へ飛び退いた。
「早く言ってよそれ!お兄さんの意地悪!!兄様が踏んで転んでたらどうするつもりだったの!?もー!」
「何て恐ろしい……」憤慨する少年の隣で口元を押さえ、普段は沈着冷静な秘書も呻く。「早くお二人を助けましょう。取り返しが付かなくなる前に」
「ああ」
懺悔室のドアの前へ行き、ノブを捻って施錠を確認する。
「誰かいるのか!?」
俺達の気配に気付いた傭兵が尋ねる。その質問に答えるため王族が口を開く。
「白鳩調査団です。靭さん、怪我はありませんか?」
「その声、坊ちゃん?今朝方、王と城に戻ったんじゃあ……」
「まあ、色々あって。そんな事より今はこの扉を開けないと。鍵のある場所を知っていたら教えて下さい」
「駄目だ。鍵はジュリトのポケットの中だ。スペアも無え」
「分かりました。お二人共、下がっていて下さい!」
銀に輝く銃を鍵穴へ構え、詩野さんは躊躇い無く引き金を引いた。
パンッ!パパンッ!!
火花が飛び散り、弾丸が内部構造を破壊する。間髪入れずに俺がノブのすぐ脇へ連続で蹴りを叩き込む。
ガンッ!ガンッ!バンッ!!
警告通り出入口と反対に座っていた大男は、鎖と南京錠で雁字搦めの逞しい両腕を上げた。
「済まねえ。坊ちゃんの前で不甲斐無い姿を」
「謝らなくて構いません。後少しだけ我慢して下さい。すぐに外します」そこで彼は弱った顔を見せた。「でもどうしよう。この距離で銃を使うのは危険過ぎるし……」
「つくづく手間の掛かる奴等だ。詩野、針か安全ピン、無ければヘアピンでもいい。貸せ」
「少々お待ち下さい」
黒髪をセットした一本を外し、ハンカチで軽く汚れを拭き取って手渡す。受け取った第七対策委員は早速傍らへ座り込み、鍵穴をガチャガチャやり始める。
「鍵開けスキルも対策委員には必須なのか?」
「いや。昔父に習った。仕事はいつも定時上がりだったからな、よく他愛の無い遊びを教えられたものだ」
適当に見えたが、ものの十数秒で鍵が開く。重苦しい鎖を忌々しげに全身から外し、大男は立ち上がって伸び。その後凄まじい速さで誠の左手をデカい両手で掴んだ。
「坊ちゃんには感謝してもし切れねえ。助けてもらったご恩は一生忘れねえよ」バリバリ。「環紗での発言は謝ります。やっぱ持つべき物は友達だ」
「お、おい!こいつ等はともかく、私は小晶の友などでは……」
弱気な反論は大きな耳へ入らず、大男は自由を謳歌するように大股で懺悔室の外へ。
「靭、もう処刑まで時間が無い。力を貸してくれ」
「!?お前等、リュネ達を助けるつもりで俺を?」太い眉を顰める。「坊ちゃんと坊主以外は不死族じゃないだろう。なのに何で」
「言ってる場合かよ。前持ってた馬鹿デカい剣はどうした?」
「家だ。けど同族相手に武器を揮うつもりは毛頭無いぞ。あいつ等はジュリトに脅されているだけなんだ。悪くなんてねえ」
バンバン。分厚い胸板を拳で叩く。
「心配するな。“都”で俺に腕力で敵う奴はいねえよ」
「頼もしい限りですね。申し遅れました、私達は―――」
詩野さんがシャーゼの分と一緒に自己紹介すると、傭兵は豪快に笑った。
「聖族政府を仲間にジュリトの野郎と喧嘩か、面白え!一緒にあの高え鼻っ柱叩き折ってやろうぜ!!」
おお、如何にも体育会系らしい惚れ惚れする程の乗り気振り。こいつは強力な戦力だ。
快諾を聞き、シャーゼが意外そうな表情を浮かべる。
「あん?どうした兄ちゃん?」
「いや……小晶共は例外中の例外で、大抵の第七は私達と異なる思考回路だと思っていたので」
「何だよそいつぁ。同じ宇宙に生きてるんだぞ?考えてる事なんざそう変わらねえよ」
「気分を害したなら済まない。父を殺害されて以来、そう思い込まなければやっていけなかった」
力無く頭を下げる。
「親父さんを?下手に六種へ手を出す奴の心当たりなんて……いや、もしかすると」顎に手を当てる。「期待に応えられなくて悪いが、俺もチラッと噂で聞いただけだ。既に“黒の都”からは永久追放されて、今何処にいるかも定かじゃないしな」
「永久追放?ここに来たって事は、テストを受けにか?」
「多分な。だが『あれ』じゃどんなに温厚な試験官でも不合格しか出せねえよ」
この様子、一体何をしたんだそいつは?
「まあ、奴が親父さんを殺したって証拠も無え。力になれなくて済まん」
「そうか……情報提供、感謝する」
奴は存外軽く肩を竦め、チラリ、と誠の横顔を見た。




