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二十七章 異邦裁判



「反逆者は相応の報いを受けなければなりません」


 教会前広場は“都”を最初に訪れた朝と違い、厭な緊張感に満ち満ちていた。その元凶は中央に設置された無駄に巨大なギロチン装置と、壇上で両手足を縛り付けられた二人の男女。そして彼女等から数歩離れ、聖書片手に裁判を執り行う黒服の神父様だ。


「さて、リュネ。何か反論はありますか?」


 川の字で一度に五人は転がれそうな馬鹿デカい刃の下。濡れ衣を着せられた哀れな女技術者に、奴はムカつく程にこやかに問い掛けた。隣の男の名を呼ばなかったのは、肝心の利ける口がまだ満足に治癒していないせいだろう。


「狂信者に掛ける言葉なんて無いわ。それより靭をどうしたの?まさか彼まで」

「御心配には及びません。興奮気味でしたので、しばらく席を外して頂いただけです」


 近くの樹の陰から覗くに、処刑台を取り囲む民衆達は一様に困惑の色を現していた。一人頭を伏せて啜り泣く女性は、顔は確認出来ないが先程男の家の玄関で会った細君だろう。

(ゾッとしないな)

 重傷者を自宅から無理矢理引き摺り出された上の蛮行。その心情を慮ると……つくづく不運なオッサンだ。好奇心から俺に話し掛けたばかりに。早く下ろしてやらねえと。


「また神父様の癇癪が始まったよ」

「可哀相に、リュネ……良い娘なのにどうして」


 思った通り、殆どの不死族達は善良で健全な判断力のある民ばかりだ。まあ最終試験で誠との面会がある以上、そうそうブッ飛んだ性格異常者など存在しない筈(一人を除いて)。

「何て酷い……早く止めさせないと!」

 この場の誰よりも真っ青な顔で飛び出しかけた誠を制し、判決はまだだ、大丈夫、落ち着け、半分己にも諭す。

「でも」

「今出て行った所で全員捕まるだけだ。まずは周りの状況を把握しよう―――心配するなまーくん。二人は必ず俺が助ける」

 繊細な心を痛めつつも、慈悲深き天使は小さく頷いた。舞台では独断的な罪状説明が始まる。


「お前達は“黒の燐光”を盗み出さんとする六種を“都”へ招き入れた。幸い泥棒は既に王が排除しましたが、犯した罪は万死に値する」

「あなたの虚言もね!絶望に沈むウィルベルクを言葉巧みに騙し、坊ちゃまの目の前で王に殺させるためだけに呼び寄せた……何て人心を無視した恐ろしい策謀なの?今日こそ同族だった事実を恥じた日は無いわ」

「つまらない空想はお止めなさい。お前達に出来る事は最早、主への懺悔のみです」

 ガンッ!「ゥッ!」

「せめて彼は解放して!何の関係も無いの、お願いよ!」腹を蹴られた男の呻きと嘆願が重なる。

「挙手無しに被告人が意見する権利はありません。裁判の基本ですよ?」固く括り付けられ動かせない両手を一瞥して嘲笑。


「野蛮人が。弁護人もいない法廷の何処が正当だ」

「ええ。宇宙法を参照するまでもありません。この裁判、どう見ても無効です」

「どうにかしてブッ潰さねえと―――っておい!?」

 さり気に混ざっていた詩野 美希嬢とシャーゼ・フィクスは俺達の二メートル側面、民家の壁に隠れて様子を窺っていた。

「美希さん、シャーゼさん!何時の間に?」 

「つい三十分程前にな」舌打ち。「折角救助しにこんな辺境、しかも真っ暗闇の中まで足を運んでやったと言うのに、声を張り上げても無視か?随分な仕打ちだな」

 目の周りを真っ赤に腫れ上がらせながら言われても。思わず苦笑が漏れる。

「す、済みません。リュネさん達の事ですっかり気が動転してしまって」

 ただ一人素直な誠が頭を下げる。てっきり厭味で返すのかと思いきや、第七対策委員はおろおろし始めた。

「おい、止めろ。そんな状態で謝るな!全く、お前はちっとも変わらんな……」

 空の右袖を凝視しながら群集に聞こえないよう呟く。

「お姉さん達、暗いけど平気なの?」

 尚もブツブツ言う政府員を無視し、オリオールが秘書に尋ねる。

「ええ、安心して下さい。エル様に頂いた龍商会特製の薬で、ちゃんと皆さんと同じように見えています。この通り武器も携帯していますから、足手纏いにはならないつもりです」

 そう言う詩野さんの細い腰のホルダーには銀色の銃。中々様になってるな。帯刀したシャーゼと合わせ、戦えるのは三人か。ん?

「おい、ラキスはどうした?一緒じゃないのか?」

 エルは片眼鏡の狙撃手も同行させると言っていたのに、姿が見えない。

「知らん。気付いた時には消えていた。詩野、何か聞いているか?」

「いえ、私も特には。ですがここは不死の街ですし、彼の方が勝手は良く知っているでしょう」

「チッ、肝心な時に役に立たんとは。後でエルシェンカに職務怠慢の報告をしておけ」

 改めて五人(燐も入れれば六人)で裁判風景を眺める。


「さて。私も生憎忙しいのです。そろそろ判決を下し、あなた特製の処刑台を起動させるとしましょう」


「あのギロチン、位置がおかしくないか?」第七対策委員が首を傾げる。「胸の真上に設置されているぞ。刃も随分分厚い。普通死刑と言えば断頭刑だろう?」

「首が飛んだ程度で連中が死ぬかよ。ありゃ心臓の核を潰すために決まってんだろうが」

「!!!?」

 端正な唇から飛び出た乱暴な口調に目を剥いた。「小晶?今、お前が喋ったのか?」

「他に誰がいるんだよ、ええ?呆けるには早えぞ」

 燐はわざと眉を吊り上げ、綺麗な顔を歪めた。口があんぐりするのを面白がっているようだ。

「お前は大して驚いてないみたいだな。斑顔に聞いたのか?」

「はい。初めまして、ええと」

「小晶 燐だ」ウインク。「こいつ等よりは不死共の内情に明るい。質問があるならしろ」

「了解しました。では燐さん、核を潰すと言うのはつまり姉さんの恋人、ヘイトさんのように……」

「察しが良い奴は好きだぞ。ああそうさ。核が無くてもしばらくは反射神経で動くが、速攻で“黒の森”に放り込まれちまえばどの道一緒だ。あそこの連中はとにかく飢えてやがるからな。一時間もすりゃ骨も残らねえよ」

「街道の横に広がっていた森か。妙な唸り声は聞こえたが、まさかそこまでの危険地帯だったとは……」

 主導権を取り戻した誠が、周りを探るように眼球を動かした。何か気になる物でもあるのか?と、突然転進して広場と反対側へ。

「どうしたの兄様?」

「今、こっちに誰か歩いて行った」

「あ、おい!」「勝手な行動を取るな!」

 氣を追ってズンズン進む彼を放っておく訳にもいかず、俺達も後に続いた。



 辿り着いた先はメインストリートの一角。一メートル程の塀に乗り少女、由香が膨れっ面で脚をブラブラさせていた。

「あの、済みません」

 誠が声を掛けるとギョッ!慌てて飛び降り、そのまま平身低頭しようとする。

「止めて下さい、えっと……クッキーのお嬢、さん。私はただ、あなたにお話を聞きたいだけなんです」

「??お兄ちゃんが私なんかの?」

「そう自分を貶めないで下さい。と言っても、長年不死族として生きてきたあなたには難しいと思いますが……」

 困惑の色を示す彼女へ、唯一同性の詩野さんが優しく語り掛ける。

「まずは自己紹介させて下さい。私は詩野 美希。外界で誠さんに命を救われ、現在はある方の秘書を勤めさせて頂いている者です。お嬢さんのお名前は?」

「……由香。ねえ、ヒショって何?」聞き慣れない単語に興味を示す。

「分かりやすく言えばお仕事のサポートをする人、でしょうか。私が仕えるエル様は宇宙一多忙な方で、バックアップだけでも毎日てんてこ舞いです」

「お手伝いさんって事?じゃあ私と同じだね。あ、オリオールとさっきのお兄さんも一緒だったの?そっちの凄く目付きの悪いお兄さんも友達?」

「おい」

 子供相手に突っ掛かりかけた同僚を制し、親しげに微笑みかける。

「ええ。由香さんはどなたのサポートを?もしかして魔術機械研究の?」

「……うん、時々ね。私一人暮らしで、リュネ達とはよく一緒にご飯食べたりするの。でも………」

 成程。家族同然の人間の処刑を見ていられなくなって逃げて来たか。しかもあんな異常な裁判だ、無理もない。

 詩野さんが屈み込み、黄色のリボンの上から頭を撫でる。

「由香さん。私達は外界でのリュネさんの友人です。それに私のフィアンセ、エル様は魔術機械の宇宙一の大ファン。―――彼女を助けたいんです。どうかあなたの知っている事を教えて貰えませんか?」

「え……?お姉さん達、六種なんでしょ?なのにどうして」

「人を助けるのに理由が必要でしょうか?」

 横から雲上の人物に問われ、由香お嬢ちゃんは又もパニック寸前に陥った。

「だってお兄ちゃん、相手はあの神父様だよ?大人達も皆協力させられてるし……生きてる人達だけじゃ、救出どころか逆に処刑されちゃう!」

「待って!君は靭さんの家で隠れてたリュネ様に、僕等が教会へ電話した事を伝えたんだよね?さっきジュリト様が席を外させたって言ってたけど、何処にいるか知ってるんじゃない?」

 見た目同年代の質問に、彼女は小さく頷いた。

「ホント?」

「うん。教会の中だよ。―――リュネ、脚の怪我で消耗してたから、元気を出してもらおうと家で作ったドーナツを持って行ったの。そしたら神父様達が取り囲んでて、二人共……。こっそり後を付けたから間違い無いよ」

 処刑台の目と鼻の先か。しかし、死角の裏口から侵入すれば気付かれる心配は少ないだろう。

 詩野さんが革製のショルダーバッグのチャックを開け、未開封の板チョコを取り出した。配給に菓子は含まれていないのか、少女の目の色が変わる。

「くれるの?」

「情報提供料をお支払いするのは当然です。“都”には余り甘い物が無いんですか?」

「配られるのは年に数回。私はリュネのお手伝いしてるから、時々お土産とか貰うけど……ねえ、外の世界にはチョコレートより美味しいお菓子もあるの?」

「外に出て来れば分かるんじゃないか?」俺はわざと意地悪な返事をした。「まーくんみたいに勇気を出して、さ」

「勇気……?」

 秘書はシンプルな黒い紙包みを渡し、小さな両手を外側からそっと握る。

「落ち着いたら是非一度皆さんでシャバムにお越し下さい。美味しいパフェがあるカフェテリアを紹介しますから」

「本当!?あ、でも無断外出は……ううん。そこで勇気だよね、お兄ちゃん?」

 一人納得して頷く。

「おい小娘、くれぐれも妙な騒ぎを起こすなよ?私達第七対策委員が飛んで行くような、な」鼻を鳴らす。「大人しく観光を楽しむ分には目を瞑っておいてやる」

「女の子を脅かさないでよ。由香、気にしなくていいからね。この人マトモそうに見えてキューキンドロボーなんだ」パタパタ。「僕達を捕まえるなんてとてもとても」

 舌打ち。「黙れ餓鬼、こう言う事はきっちり最初に言っておかんと」

「―――変なの」

 少女は初めて頬を綻ばせ、年相応の可愛らしい笑顔を浮かべた。




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