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二十五章 業火再来


 

 信じられない光景に一瞬パニック寸前まで陥った。次の瞬間、脳裏を走ったのは神父の台詞。『もしも王が帰宅なされた時……』


「か、かあさま……何で?」


 振り返った黒目が同族を捉える。「ワームレイさんの話だと、後数時間は帰って来ない筈じゃ」

「ジュリトから電話があったのよ。お城に性質の悪い侵入者がいるって」

 手の中の白くシンプルな携帯電話を優雅に振ってみせ、ドレスのポケットに仕舞う。やられた、そう言う事かよ!つくづく人を嵌めるのが巧い聖職者だ!!

「さ、まーくん。大人しくお部屋へ戻りなさい。また点滴を外したりして、困った坊やだわ」

「……嫌、です」

 アイラインを引いた両目が大きく開かれるのを見つつ、息子は申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんなさい、かあさま。私、二人と一緒に家を出て行きます」

「何か不満があるの?ご飯?お洋服?それとも」

「違うんです。何も問題はありません。ただ……私がどうしても行きたいだけ、なんです。済みません」

 更に深く謝罪する。


「―――嘘よね?」


 動揺が消え、“魔女”は艶然と笑む。

「無理矢理言わされているだけでしょう、まーくん?」

「いいえ。これは私の意志で」

「お母さんをまた一人にする気なの?」

 次の瞬間、凄まじい腕力で息子を掻き抱いた。真っ赤なマニキュアを塗った爪が、服越しに薄い背中へ食い込む。

「っ……放して下さい!」

「あなたはずっとずーっと私の物。誰にも触らせないし、まして連れて行かせやしないわ」

 くすくす笑う狂人は、しかし空恐ろしい程艶やかで美しかった。

「そうよ。誰にも渡さない……仮令」右手から真っ赤な炎が噴き上がり、装飾の施された壮麗な長斧が出現する。その柄を掴み、恍惚と輝く刃を息子の肩口へ向けた。「また手足を捥いででも」

「っ!止めて―――!!」

 させるか!俺は剣を抜いて彼の下へ走る。


「加減はしない」


 突然、腕の桎梏から誠の姿が消えた。次の瞬間、“魔女”の左側面に出現する。


「死ね、化け物!!」


 黒い風が“魔女”の胸元へ蹴りを叩き込む。だがあと十センチと言う瞬間、


「炎よ舞え!」


 左手から炎の鳥が飛び立ち、燐は熱さに堪らず伸ばした脚を逸らした。


「頼む」「防!!」


 戻した踵が絨毯を擦る中、身体を取り戻した誠が左手を前に突き出す。嘴を突き立てんとする炎の鳥が光の壁にぶち当たって火の粉と散る。

 数十秒後。攻撃が止み、恐る恐る息子は防御を解く。

「あら。絨毯に穴が……ワームレイ」

「はい、奥様」不具者が最敬礼する。

「また修理する物を一つ増やしてしまったわ。悪いけどお願いね」

「了解しました」

 命令を終え、美しき女王は長斧を構え直した。

「掃除と寝かし付けが終わったら、お詫びにシャンパンでも開けるわ」

「ほう、素晴らしい提案です」何処がだ、この蜘蛛男!「何なら私もお手伝いしましょうか?」

「ありがとう。でも大丈夫、一人で出来るから」

「では私は先にキッチンでつまみの準備をしていましょう。では坊ちゃま、また後で」

 建築士は一礼の後、壁塗りの道具を持ったままスタスタと両腕で階段を昇って行った。後でって、あるかそんな物!!

「かあさま……お願いです、これ以上誰も殺さないで」

 息子の哀願に、母親は猫撫で声で答えた。

「怖がらなくても大丈夫よまーくん。『それ』は多分、昔蘇生させた時の副作用なの。決してあなたのせいじゃないわ。―――石を埋め込むデメリットは無いなんて、嘘っぱちもいい所だわあの四天使!!可愛いまーくんが粗野な声で私に『死ね』だなんて!充分過ぎるぐらいじゃないの!!」

「天使、だと?まさか……ジプリール、か?」

 何処まで絡んでいるんだ奴は?そしてその目的は一体、


「―――ウィル、ネスト……?」


 声に反応した赤い両眼が俺を捉え、大きな瞳が動揺する。

「間違い無い、その顔にその声……そう、そう言うつもり!!」

 ブンッ!細い右腕で勢い良く長斧を振り上げた。


「また性懲りも無くまーくんを殺しに来たのね!!赦さないわ!!」


「へ?」殺しに、来た?「何、だって?」

「まーくんは私だけの子供よ!それを奪い取ろうとする者は、仮令父親のあなたであろうと灰にする!!」

「おい!人の話を聞け!!」

「死になさい、ウィルネスト!!」

 ブワッ!今度は五羽の鳥が一斉に羽ばたき、迷い無く俺へ襲い掛かる。

「わっ!」

「オリオール!?」

 誠が片手で必死に氣の壁を張り、俺達を迫る業火から守ろうとした。が、怒りで力が増したせいか、さっきとはまるで熱量が違う。額から伝った汗が瞬時に蒸発し、多少離れている俺でさえ肺が熱で冒されていく。まして炎とほぼゼロ距離の彼は……駄目だ!このままじゃ全員焼き殺される!!


「外へ逃げるぞ!付いて来い、オリオール!!」

「うん!」


 素早く転進を告げ、俺は奇跡を使い続ける誠を両腕で抱え上げた。目指すは半開きの玄関扉の先、“黒の都”だ。


「あはははっっ!!」


 哄笑が城外にまで響き渡り、駆け抜ける暗黒の空気を揺らした。





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