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二十一章 外界との絆


 目を覚ました時、既にあの憎き建築士の姿は見えなかった。

「気が付いた?」

 どうやらここが食堂のようだ。長毛の深紅の絨毯から上半身を起こす。二十人は座れる長いテーブルと、染み一つ無い真っ白なテーブルクロス。勿論、上の蝋燭台等調度品はキラキラ輝く一流品ばかりだ。

 倒れていた俺を誠が不安な表情で覗き込み、テーブルの上にあったコップを差し出す。

「お水。飲んだ方がいいよ」

 透明な液体を見た瞬間、強烈な喉の渇きを覚えた。一気に流し込むと胃酸の酸っぱさが口内から一掃される。

「もう一杯持って来ようか?」

「ああ頼む」

 彼は一分と経たず持って来てくれた。二杯目を半分程含んだ所で、水自体の旨さに気付く。家の水と同等、或いはそれ以上だ。

「冷蔵庫に入っていたの。瓶入りの、長い川の名前が付いたお水」

 彼は全く変わらない。初めて出会った時のまま無垢で綺麗で、なのにあんな……。

「誠、あの」「それ以上言ったら殺す」

 首に殺意を持った五本の指の感触。

「あ、ああ……」

「まーくんは疎いから別にどうとも思ってない。手前も忘れろ。二度と脳裏に思い描くな」

「疎いとか関係無えだろうが!」

「締め殺されてえのか、この処女厨が」

「違えよ!大体手前さっきはホモとか言いやがって、何でんな態度デケえんだよ!?」

 反論すると、突然指が離れた。

「ウィル!?ど……どうしたの、急に……?」

 我に返った誠が恐々と手を引っ込めて怯える。

「あ、ああ済まない。まだ少し気分が悪いみたいだ」

「燐さんが……何か言ったの?」悲しそうに呟いた。「ごめんなさい。色々」

「い、いいよ……」彼が謝るような事じゃない。

「燐さん、口は悪いけど優しい人なんだよ?身体を動かす時も、いつも私を優先してくれる。本当はもっと……出たい筈なのに」

 薄い胸の前で両手を握る。

「ねえ燐さん、怒らないで。私、もっとあなたが外に出てもいいよ。折角自由になれたんだもの。夢の世界だけじゃなく、こっちでも思う存分活動して欲しい」

 その言葉に応える様に瞳が血色を帯びる。

「分かってるさ勿論。別に主を譲ってるつもりは更々無い。臨機応変に、な。無理に決める事じゃない。何時でも一緒なんだからな」

「そう……ならいいんです」戻った彼はそっと目を伏せる。「昔の記憶を持つ燐さんの苦しみが少しでも和らげば、私は」

 あ、成程。だから奴は不死族やこの城の構造にやたら詳しいんだな。

「や、嫌だなあまーくん。俺はどんな時でも元気だろ?」

「ええ、そうですよね……」

 その横顔に、不意に夢の幼子の面影が重なった。何故あんな夢を見たんだろう……?

 コップをテーブルに置いた俺は、細い身体をそうっと抱き締めた。

「ウィル?」

 肺一杯に嗅ぎ慣れない高級そうなシャンプーの匂いを吸い込み、代わりに船着場で溜まった灰を残らず吐き出した。もう俺には必要無い物だ。

 彼が何者で、過去に何があろうと関係無い。―――好きだ。愛してる。このまま死んでも悔いは無い。


「兄様達、何やってるの?」


 頭上から降りて来た声に吃驚仰天。慌てて身体を離す。オリオールは片方を猫の手状にし、耳に当てた。

「あっちにあったよ、電話。早くリュネ様に掛けよう。お兄さんはもう大丈夫?ワームレイさん、背中思いっ切り引き摺って運んでたけど」

「え?あ」

 指摘されてやっと背面のヒリヒリ感に気付いた。痛覚が鈍い故、特に動くのに支障は無いだろう。

「平気そうだ。ところでその蜘蛛男は何処行った?」

「ああ。あの人なら雑巾とバケツ持って階段の掃除してるよ。汚れてるの嫌いだから、王様」

「あ、そうか……済まん」

 言動はともかく仕事に関しては至極真面目な奴なんだな。後で謝っておかないと。

 俺達は立ち上がり、少年の案内で反対側の入口傍の壁へ。古めかしい城内と違い、壁掛け電話は最新式だ。留守電や短縮ボタンもちゃんとある。

「研究所の番号は知ってるか、燐?」

「いや、坊やは電話を掛けなかったからな。奴が出掛ける時は時々運転手に使っていたから、短縮番号の早い方に入ってるんじゃないか?」

「そっか。じゃあ試しに一番から」

 拡声機能ボタンがあったので、二人にも会話が聞こえるようONにして、と。


 ピッピッ。プルルルル……ガチャッ。


『坊ちゃま、大人しく部屋にお戻り下さい。自分から点滴を外したと知れば、王は更に嘆き悲しまれますよ?』

「残念だったな、俺だ」

『おや、死刑囚のウィルベルクさん。懺悔より遺書を遺しておいた方がいいのでは?』

「必要無い。おい、何で取る前に城の中からだと分かった?ナンバーでも出てるのかそっちは」

『何だ、そんな簡単な事ですか。この“都”内の電話は全て内線だからですよ。外線とは呼出音が違いますし、我が家の内線を鳴らすのは現在留守の王のみ。誰にでも出来る簡単な消去法です』

 つまり、少なくとも内線の範囲内に奴の友達はいない訳だ。

「ああ、分かった。じゃ切るわ」

 ガチャッ。受話器を一旦置き、何事も無く二番を押した。


 プルルル……ガチャッ。


『運命に抗うなど愚かしい。諦めて最後の時を大人しく享受する事です』

「何でまた手前が出るんだよ!?」十数秒振りの再会に反射的な嫌悪の叫びを上げた。

『あなたが短縮番号を片っ端から鳴らし、リュネに掛けようとしている事などお見通しです。残念ですがまだ研究所に帰っていないようですよ?因みに研究所は四番で、一番は教会、二番は寝室、三番は私の携帯電話ですのであしからず』

 ガチャッ。

「くそっ。少なくとも今連絡を取るのは無理そうだな」

 自分で頼んだ事とは言え、まさか首を締める結果になるとは思いもしなかった。

「そう。じゃあ今度は政府館に電話してみようよ。繋がるかな……?」

 白鳩の手帳を見ながら、今度は誠がボタンを押す。


 プルルル、ガチャッ。


『はい、こちら政府館。今度は誰だい?』

「エル、俺だ」

『兄上?』双子の弟は受話器の向こうで息を詰めた。『どうしたんだ一体?昨日の夜遅くに聖樹から捜索願が出ているんだぞ。今何処から掛けてる?くれぐれも早まった真似はするなよ』

「“魔女”が何時帰って来るか分かんねえのに、んな暇あるかよ」

『“魔女”って、“炎の魔女”の事か?兄上、状況を説明しろ。君がいるのは奴の本拠地なのか?』

「つうか城。居住者が三人しかいないくせに無駄にだたっ広い、な。しかも魔術機械の最新セキュリティシステムで閉じ込められたときてる。なあ二人共?」

「うん」「そうだね」

『?まさか……誠とオリオール?良かった、生きてたんだな』安堵の息。『二人共、怪我は?』

「僕は輸血を分けて貰ったから平気だよ。でも兄様は……燐のお兄さんが左脚を優先して治したせいで、右腕がまだ生えてこないんだ」空の袖を掴む。「僕のせいで……」

『落ち込むのは後にしなよ。不自由な間、君がしっかり誠をフォローするんだぞ?』

「うん。分かってる」

 発破を掛けた弟は誠、と呼び掛ける。

『間違っていたら教えてくれ。君の正体は“黒の燐光”で、しかも“炎の魔女”、予想では十中八九不死王だと思うが、ととても近しい関係にあった。そして君がいなくなったのを境に、彼女は捜索と共にとんでもない暴挙に出た』

「何処も―――うん、間違って無いよエル。凄い」

『了解した。多分優しい君は今凄く迷っているだろうね、多数の人命と引き換えに自由を得るべきかどうか』

「うん……正直まだ決心がぐらついてる。エルはどう思う?やっぱり私、このまま出ない方がいいのかな……?」

 弱気な声。拙い。フォローの言葉が咽喉を出かけた瞬間、受話器の向こうの弟に先を越された。

『おいおい、君は美希の命の恩人だぞ。何で僕にそんな非情な真似が出来るんだい?』

「でも、かあさまのせいでエル達は凄く忙しくなって」

『僕からのアドバイスだ。考え過ぎない事。生き物は必ず死に、文明は滅びる。肝要なのは日々を後悔無く生きる心掛け。君の一生を蔑ろに出来る程、僕等は誰も聖人君子みたいに立派に生きていないさ、安心しなよ』

 勇気付けの言葉に、片想いの彼は何かを感じ取ったようだ。深く頷く。

「うん、ありがとうエル。三人ですぐそっちへ戻るね」

『ああ、待ってる。―――ああ美希、誠からだよ。兄上とオリオールも一緒だ。少し話すといい』

 受話器を受け渡すカタン、と言う音と共にピッ。どうやら向こうも拡声ボタンを押したようだ。『誠さん?』

「はい。美希さん、長い間連絡もせず心配掛けて済みませんでした」

『いいえ。あぁ、また誠さんの声を聞けるなんて信じられません。何処から掛けているのですか?』

「“黒の都”の“城”から。?エルの他にも誰かいるの?啜り泣きの声がする」

『おい、聞こえてるってさシャーゼ。いい加減泣き止みなよ―――っわ!こら抱き付くな!服が汚れる!!』

 クスクス。

『騒がしくて済みません。フィクスさん、こちらへ来て下さい。誠さん、ちょっと待っていて下さいね』

 カタンッ。

『小晶……無事、なのか?』鼻を啜りながら、第七対策委員は酷く弱気な声で尋ねた。

「はい。私もオリオールも元気ですよ」

『そうか……済まない。私は今までお前を……頭から誇大妄想の患者としか……本当に済まなかった!』

「え?あ、ああそんな、構いませんよ。お陰で強制送還されなかったんですし。―――シャーゼさん?」

「キューキンドロボー?ねえってば!?」

 少年も顔を寄せて呼び掛けるが、受話器の向こうから返って来るのは嗚咽と断片的な言葉だけだ。

『戻って来てくれ……頼む……!このまま帰って来なかったら、私は……どう償えばいいか……』大袈裟な。

「え、あの……と、取り敢えず落ち着いて下さい」おろおろ。「私、何かシャーゼさんを困らせるような事言いましたか?」

 カタン。

『悪いね誠。こらシャーゼ、早く涙を拭け。通話が終わり次第“黒の星”へ出発だぞ』

『!!?』

『美希、ラキスと三人で至急向かってくれ。あいつも一応不死族だ、道中の案内は任せていい。護身用の銃の携帯を忘れずにね』

『はい、エル様。必ず皆さんを保護して帰って来ます』

 勇ましい婚約者にチュッ。うわ、本気で羨ましい。

「待て。来るなら“都”へは無闇に入らない方がいい。下手にあのドS神父様に見つかったら、女の子がいても何されるか分かったもんじゃないからな」リュネの負傷を思い出しつつ忠告する。

『分かった。じゃあ合流場所は“都”の入口付近にしよう。美希達を待機させておくから、君等は何としてもそこを脱出する事。いいね?』

「了解だ」「うん、分かった」「早く来てよね」

 ふと物音がして長テーブルの方を向くと、掃除を終えた建築家がキッチンへ道具を片付けている所だった。どうやら休憩の時間らしく、戻って来た手には紅茶ポットと柄違いのカップ。

 器用に片腕で椅子に座り、ポットを傾けた。トクトク……八分目まで赤茶色の液体を注ぐ。それを口に含みながらも、横目でずっとこちらを見ている。変人でも好奇心は人並みにあるようだ。?あれ?あのポット、何処かで……。

『さて、アイザ達にも無事の報告をしておかないと。随分怒られたからなあ、あいつ程ではないけど』恐らく背後でまだグズグズ言っている給金泥棒を示しつつ、弟は嘆息した。『ま、死亡報告よりは大分気楽だよ』

 白鳩の仲間達にとっても、あの火事の知らせは正に悪夢のような出来事だったに違いない。皆に大変好かれていた兄弟が突然……その抗議を弟にするのはややお門違いだが、俺も含め強いショックを受けた直後では無理も無かった。

「済まない、エル。酷い事言っちまって」


―――何が宇宙を統べる政府だ!この役立たず!手前等がもっと真剣に“魔女”を見つけてさえいれば、二人は死なずに済んだんだ!!


『?ああ、別に気にしてないよ。と言うかもう殆ど忘れてる。一週間に五回は頂くからね、その手の悪口は。いちいち覚えてなんかいられないよ。ああ、ありがと美希』

 ズズッ。

『でも今週は少し貰い過ぎたね。兄上にシャーゼに、ケルフとリーズとアイザ。それに聖樹。彼、冷静な口調だったけど結構怒ってたよ?昨夜も散々責められたし』

「爺が?」のほほんとした表情を脳裏に描く。

『ジプリールが兄上を追放したのを、あの爺さんは未だに根に持っているぞ。代理の僕にも心を開いていないぐらいだ』

 鬱病だった頃を思い返し、いつも心配掛けてたからな、自然に呟きが漏れる。済まん、代わって頭を下げた。

『だからいいって。恨まれるぐらいで丁度良いんだよ、公僕のボスなんて。―――それより一つ気になる事があるんだ。誰か、アイゼンハーク事件以降アイザに会ったかい?』

「え?ううん、僕達は会ってないよ。大きいお姉さん、どうかしたの?」

『いや、何か体調悪いみたいだったから。四にメールしたら接客中も時々ボーッとしているらしい。風邪かな?』

「母親の世話での過労が祟ったのかもしれないな」

「うん。オルテカで会った時も……無理してたから」

 服の下の痛々しい傷を思い出したのだろう。誠は“燐光”の辺りを押さえ、繊細過ぎる心の痛みに耐える。

『例の監禁されていた女性か。心神耗弱なんだって?症状が改善しないようなら精神科への通院を視野に入れた方がいいね。でも四の話では少しずつ一人で外出し始めたようだし、無用の心配かもしれないけど……』唸る。

「アイシャさん、前に怖い夢を見るって言ってた。大切な物を奪われる夢を……」

 怯えた表情で娘に縋り付いた両手。血を滲ませた逞しい腕を思い出す。

『誠、君の目から見てどうだい?ほら、シャバムの精神病棟の患者達は君の訪問で快方へ向かっているんだろう?彼女に対しても同じような感触があるのかい?』

 誠は小首を傾げてしばらく悩んだ後、分からない、囁くように答えた。

『奇跡でも治りそうにないって事?』

「違う。何て言ったらいいか……氣が、上手く感じ取れなくて。だから良くなってるか悪くなっているかも……」

「そんな事があるのか?」

「―――うん。彼女も含めて、今までで三人だけだけど」

「もしかして片方はあの怖い天使様だったり?」

「そう。もう一人はプルーブルーの……地下で襲われた時、不気味なぐらい氣を感じられなかった」

 彼は首を横に振り、ううん、多分偶々調子が悪かっただけ、力無く呟いた。

『詳しく調査する必要があるね。知奈の行方も目下捜させてはいるが、所属先の組織さえ未だ謎だ』ズズッ。『そっとしておきたいアイザには悪いけど』

「いや、やるなら徹底的にやってくれ。頼む」

 今も傷だらけで耐えているであろう彼女が少しでも報われるなら。

『ああ。追われる恐怖のせいで不安定な可能性も十二分にあるしね。生憎手掛かりは少ないが、何とかやってみる』

「お願い、エル」

 左手を胸に当て、誠は思い詰めた表情で頼んだ。




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