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二十章 耐え難き真実 




「とは言ったものの……どうしたものか」

 私の着衣はもう一着同じ物がクローゼットにあったので助かった。財布やパスポート、白鳩の手帳も服の下に纏められている。ただ火事の中で落としてしまったのか、ずっと身に付けていた筈のリーズに貰ったペンダントは無かった。何故外に繋がる品々を母が捨ててしまわなかったのか真意は不明だが、取り敢えず有り難くポケットへ納めた。 

 流石に弟の分は丁度良いのが無かったので、シャツとズボンを裁ち鋏で切って着せた。案外普通の服も持っているんだ。てっきりドレスやネグリジェしか無いのかと思った。

 その後改めて一階を隅無く見て回ったが、窓は全て完璧に閉ざされていた。セキュリティのせいか内鍵も凄く硬くて一ミリも動かない。

「オリオール、前は一体どうやって出たんだ?やっぱ鍵を事前に開けてたのか?」

「それが……歩き回る死体の事件の時、女の天使様が現れたでしょ?」

 聖王にして四天使の一人、ジプリール……そのアイスブルーの眼を思い出しただけで両脚が震えてきた。

「あの人が玄関を開けて、僕等の脱走を手助けしてくれたの。なのにシャバムで会った時、兄様が全部の元凶みたいに言ったんだ、掌を返して。訳分かんないよ、何で?」

 隻腕になった私の右側を守るように歩きながら弟は問う。

「連れ出すのを手伝っておいて、今度は悪い人達に言い触らすなんてよっぽど……兄様が生きてちゃ嫌みたいだ」

「大父神の御心のままに、なんだろうさ。奴の言い分は何時もそうだ。考えても気分が悪くなるだけさ。今はここを脱出する事に頭を使え」

「うん。だけど……兄様は何か良いアイデアある?」

「あ、うん。一応」

「本当!?」ピョコン!とジャンプする。「もう、僕等に遠慮しなくていいのに!ねえお兄さん!」

「そうだぞまーくん。で、どうするんだ?」

「あ、えっと……このお城の何処かに、ワームレイさんって言う建築家の男の人がいるの。彼ならきっとセキュリティの外し方も」


「残念ですが私は存じ上げません」

「わっ!!?」「ぎゃああっ!!」


 飛び退く二人の視線の先、私の頭上にワームレイさんは『いた』。下半身が太腿の付け根で無くなっているので、長く節くれ立った指で器用に天井へよじ登っている。服は作業で汚れてもいいよう、グレーのシーツを巻いて要所要所ボタンで留めただけの簡素な物だ。

「ま、まーくん!誰だその蜘蛛男は!?」

「今言ってた建築家さんだよ。丁度良かった、お話を聞かせて下さい。本当なんですか?」

 長い年月に及ぶ石膏作業でツルツルになった指が上から私の髪を撫でる。

「坊ちゃま相手に嘘を吐いてどうします?あれは別の者が取り付けた物でして、奥様はともかく私は一切構造を知らされておりません」

 真実だろうか?以前、彼は私を唯一の遊び友達、二ヶ月間いなくてとても寂しかったと言った。わざと知らない振りをして脱出を阻止する可能性は充分ある。

「お人好しのまーくんにしては頭が回るじゃないか」皆には聞こえない声でこっそり燐さんが褒めた。

 とにかくもっと情報が必要だ。質問を重ねる。

「誰が付けてくれたのですか?」

「魔術機械の技師ですよ、女の。坊ちゃまは取り付け工事の時、丁度孕んでいらっしゃったので覚えてはないと思いますが」

「!?」

「え、ええ。リュネさんの事ですね」隣で動揺する友人を無視して答えた。「彼女と連絡を取る方法はありますか?」

 彼は眉根を小さく寄せ、低く唸った。

「そんなに我が家を出たいのですか?奥様をまた悲しませて、親不孝な方だ」

「はい。皆さんに申し訳無いのは分かっていますが、私の居場所は外界にもあるのです」

 良心が痛む。でももう三人で決めた事だ。

「後悔なさっても知りませんよ……ところで先程、あの忌々しい神父と騒いでいらっしゃったようですが?」

「ええ。実は」

 私は正直に彼の策略で城に閉じ込められた事、出るためにどうしてもセキュリティを外す必要がある事を告げた。

「ほう。なら協力しましょう」

「!?ありがとうございます。でもどうして急に?」

「勘違いなさらないよう。単にあ奴の思い通りにさせるのが気に食わないだけです。電話は二階の食堂です。行きましょう」

 タンッ。彼は床に降り、先頭を二本の腕で四つん這いに歩き始めた。

 玄関ホールから螺旋階段を昇り二階へ。と、ウィルが蒼い顔でワームレイさんを呼んだ。

「何です?」

「いや、少し訊きたい事が。まーくん達は先行っててくれ。すぐ追い付く」

「え?別にいいじゃん。ここで訊けば」

「いいから行けってんだよ!!」

「あ……うん、分かった」怒鳴られ、しゅんとなった少年が左手を引く。「行こ兄様。オジサン、電話ってどんなの?」

「壁掛けです。入口近くにあるのですぐに分かるかと」

「はーい」

 階段を昇り終え、記憶を頼りに私達は右側へ。


 カツン。「ごめんオリオール。先に行って探してて」 

 

 謝って私は引き返す。気を遣ってくれたのか、弟は追って来なかった。

 階段脇では二人が顔を突き合わせて何事か喋っていた。と、ワームレイさんが胸元から写真を取り出し、ウィルに渡す。彼はそれをしばらく凝視した後うっ!と口元を押さえ―――吐いた。

「ウィル!?」

 慌てて彼の傍に寄り、背中を擦る。先行した筈の私の出現に、友人は恥ずかしそうに目を伏せた。

「随分神経の細い男だ」

 彼の手から写真をもぎ取り建築家へ返した。―――私がベッドの上で下半身を血塗れにし、同族を『産み出した』直後の一枚を。

「おえっ……だ、大丈夫だ、もう……」

 台詞とは裏腹に唇が紫色だ。それだけで受けたショックの大きさが窺える。

 慰問のために病院へ出入りしていたので、予め六種は『出産』で新たな生命を作ると知っていた。だからこの写真を見た時もそう驚きは無かった。六種を不死へ作り変える謎が解け、また一つ責任の重さを痛感しただけだ。だけど、まさか友人がここまで拒絶反応を示すなんて……。


「お前等……お前等は最低だ!!」

「ウィル止めて!」


 殴り掛かろうとした彼を不自由な身体で止めに入る。

「厳正な事前選別とテストは行われます。仲間を増やさなければ種の維持は出来ない」

「理由さえあれば全部赦されるってか?お前等のやっている事はただの陵辱だ!」

「―――そうですよ。だからどうしました?」

「何?」

「穢れた坊ちゃまに幻滅したとでも?」


 ガンッ!バンッ!!「ウィル!?何て事を!!」


 頬を強く殴られ、ワームレイさんの身体は階段の手摺りに叩き付けられた。崩れ落ちた彼を抱え、何とか立たせる。

「図星か」

「五月蝿えっ!」

 吐瀉物の饐えた臭いをさせながら、目を血走らせた友人は叫ぶ。

「心配は要りません。奥様に幾ら愛されようと、坊ちゃまには一欠片の快楽も無いのですから」

「“魔女”が……?う……ぇ」

 限界だ。彼は再び胃の中の物を吐き、そのまま失神した。





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