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十八章 残酷な再会



 それから何事も無く寝室へ戻され、ふかふかのベッドに降ろされた。

「意識も戻った事だし、後で診察してもらいましょう。取り敢えず安静にしているのよ」

 布団を肩まで掛けながら母は言った。

「不自由な身体なんだから、幾ら家の中でも出歩かないでね」天蓋から枕元へ吊り下げられた純金のベルを指差す。「用があったらちゃんとこれで呼ぶのよ?」

「はい」

「宜しい。じゃあお休みなさい」


 バタン。


「うっ……」

 ヒールの音が遠ざかるのを待って私は起き上がった。点滴を止めてから腕の針を抜き、ベッドを出る。

「どうするつもりだ?」

「オリオールを捜しに行きます。きっとこの建物の何処かに……!?」今、一瞬外に感じた氣、弟だ!「待ってオリオール!私はここだよ!」

 壁伝いに片手足でドアまで行き、身体を支えつつ何とかドアノブを捻る。キィ……。廊下に頭を出して左右を見回す。


「……兄様……」


 少年は思った以上に近くにいた。ドアのすぐ脇で蹲った彼は―――全身血塗れの上、腕と脚全て、それに片目が抉り取られていた。

「っ!?」

 痛々しい変貌振りに、一瞬我が目を疑う。何で?どうしてオリオールがこんな目に!?

 残った片目も暴行に濁り、強い恐怖と絶望を刻んだ顔は凍り付いた無表情だ。

「どう、したのオリオール……!?一体誰にこんな酷い事!!?」

「王様……ごめんね、兄様……」ヒックヒック。「僕が皆悪いんだ」

 私は素早く廊下を見渡した。何時“魔女”が戻って来るか分からない状況で、ここに無力な弟を放置しておく訳にはいかない。

「とにかく部屋に入って、早く!」

 私は片腕でどうにか小さくなった彼を抱え、寝室へ戻る。何処か隠せる場所は―――そうだ!

「兄様?」

「少し狭いけど我慢して」

 ベッドの下へ弟を横たえ、シーツを元通り被せる。よし、これで捲られない限りは見つからない筈。

 ところが寝室を見回して私は仰天した。部屋の絨毯には移動の痕跡として弟の血が点々と付着している。しまった!これでは言い逃れ出来ない。

「おいどうする気だ?飯の片付けが終わったら、奴はすぐにでも戻って来るぞ?」

「兄様……また口の悪いお兄さんと話してるの……?」

 シーツの中から弱々しい声。あれ、燐さん?また直接口から喋った?

「んな事より、今はどうこいつを誤魔化すかに頭使え。このままじゃ一発でバレる」舌打ち。「もう拷問に耐える体力は無いぞ」

「分かっています」

 誰が見ても虫の息だ。仮令核が傷付いてなかったとしても……どうする?廊下の血は知らないと言えば誤魔化せるが、この寝室の分はまず言い逃れ出来ない。かと言って、ちょっとやそっとの掃除では落ちそうもない……。

「兄様……もういいんだ。僕、出て行くから」

「待って!これなら」

 私は止めてあった輸血パックを持ち出し、破いて溢れ出した血を廊下へ撒き散らした。弟が這った痕跡を塗り潰すよう念入りにだ。

「これぐらいかな。後は」

 一度寝室に戻って枕元のベルを何度も鳴らし、ドアの前で立ち尽くして“魔女”を待つ。


 バタンッ!「まーくん!?な、何なのこれは!!?」


 廊下、そして手元から滴り続ける血を見て叫ぶ彼女に、私は表情筋を引き攣らせながら―――努めて気の狂った笑みを浮かべてみせた。



 作戦は見事成功。再度着替えさせられた私は弟の潜むベッドに強制的に寝かせられ、飛んで来たジュリトさん(彼も不死族だったのか)に精神安定剤を打たれた。目覚めると寝室の血は全て綺麗に拭き取られていた。

「オリオール、いる?」氣を感じ、安堵の息を吐きながら尋ねる。

「うん……兄様、大丈夫なの……?」

 そっとシーツを捲る。数センチだがマシュマロのような白い手足が生え、空いた眼球も頭蓋の奥から再生され始めていた。

「僕、ずっと怖くて震えてた……とうとうおかしくなっちゃったのかと思って」

「まさか、あれは演技だよ」

 まだ殆ど減っていない輸血パックを確認し、私は再び点滴を止めた。針を噛んで引き抜き、ベッドの下に蹲る弟の首筋に突き刺す。

「!?駄目だよ……!兄様だって手足が無いのに。それにあんまり再生が遅かったら、王様達が不審に思うかも……」

「オリオールよりはずっとマシだよ。動かないで。針が抜けてしまう」

「でも」

「じゃあ半分ずつにしよう。それなら大して怪しまれない筈」

「……ごめんなさい」

 数時間後。提案通り針を付け替えているとドアがノックされた。慌ててシーツを下ろす。「はい、どうぞ」


 キィ。カラカラカラ。「まーくん、おはよう」


 母はワゴンに六品の料理とティーセットを乗せて入って来た。

「おはようございます。よく起きてると分かりましたね」

「さっき廊下を通った時、物音がしたから。目が覚めたなら呼んでくれれば良かったのに。お腹空いたでしょう?ご飯にしましょ」

 拙い!彼女が長時間ここにいたら、何かの拍子に隠れた弟を見つける恐れがある。何とか追い出さないと!

「あの、かあさま。片脚では階段も昇り降り出来ません。怪我が治るまで食事を運んでもらってもいいでしょうか?」

「ええ、勿論。まーくんがそう望むなら」

「それと、食事の介助も……私は食べるのが遅いから、かあさまの手を煩わせるのは気が引けてしまいます」

「そんな他人行儀な事言わないで。何でもお母さんに頼んで、お願いよ」

 困った。一度はおかしくなった息子の提案だ、“魔女”も本気で困惑している。下手に突っ撥ねたら怪しまれそう、と思っていると、彼女は首を横に振った。

「―――もう、分かった。フォークだけで食べられるように、全部切り分けておくわね」

 キィッ、キィッ……ナイフでふかしたじゃが芋、ロースト人肉を一口大にしながら、彼女はずっと無茶なお願いをした私を心配げに見つめる。出て行った後も、しばらくは嘘を吐いた罪悪感でいたたまれない気分が続いた。




「―――これが僕の知ってる全部だよ」


 とんでもない内容の告白に、私は言葉を失った。

「信じられないよね……でも全部本当なんだ」

 膝と肘まで生えた手足を曲げ、蒼髪を絨毯に付ける。

「止めてよオリオール。お願い……」

 左手で土下座する頭を起こし、そのまま胸の前で抱く。

「ごめんなさい、兄様……ごめんね……」

「泣くな餓鬼。女々しい」

 燐さんが注意するも効果は無し。一層激しくしゃくり上げる。

「でも、だって……!ヒクッ、エグッ……!」

「五月蝿え。核に命じて今すぐ手前の息の根止めてやろうか?」

「わーん!!」

「駄目だよオリオール。大声出したら見つかっちゃう」ん?「燐さん。核にって、そんな事が出来るんですか?」

「そりゃあ、俺は“黒の燐光”の中に生まれた魂だからな。―――そう怯えるなよまーくん。他の連中ならともかく、何で唯一の協力者を殺せる?」

「協力者?」この半死半生の弟が?

「当たり前だ。俺達だけでこの城を脱出出来るか?無理だろ?」

 提案に頭が真っ白になった。出る、ここを?そんな事したら、

「兄様、僕……帰りたい……お兄さんや、聖樹さんの待ってる森へ………帰りたいよ」

「大丈夫だよオリオール。あなたは隙を見て私が必ず逃がしてあげる」

 どの道“都”に彼の居場所は無い。二度と会えなくなるのは身を裂かれる程辛いけれど、死刑よりはずっとマシだ。

「ヤダ!兄様も一緒じゃなきゃ嫌だ!!」

「―――そんな、我儘は駄目だよ……だって私は……」

 思わず顔を背ける。分かっている筈なのに、弟は何故そんな無茶を言うの?

「だったら僕、お兄さんに助けてって言って来る!すぐに兄様を迎えに来るから、絶対!!」

「………」

 絶句した私は、ただ小さな背中をトントンと叩く事しか出来なかった。




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