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十六章 再会と策略


「じゃあ安静にして待っててね」


 新たな輸血パックをセットし、“魔女”は私の頭を撫でて寝室を出て行った。ヒールの音が聞こえなくなるのを待ち、慌ててベッドシーツを捲る。

「オリオール、聞いて!教会にウィルがいたの!扉越しだったけど間違い無い。何で……どうしてここに……?」

 暗闇に潜んだ弟は目をパチパチした後、バタバタッ!慌ててベッドから這い出した。

「そんなの決まってるよ!いなくなった兄様と僕を捜しに来たんだ!」

 完治した両脚で立ち上がり、乱暴に点滴針が刺さったままの左腕を掴む。

「ほら、王様がいない内に合流しよう!今しか帰るチャンスは無いよ!!」

 希望に満ちた目を、しかし私はとても直視出来なかった。

「……駄目、駄目だよ私は……オリオールだけで行って。怪我も治ったし、何時までも狭いベッドの下にいたくないでしょう?」

「ヤダ!兄様と一緒じゃなきゃ嫌だ!」

「我儘言わないで、お願い」

 子供の彼だって分かっている筈だ。私が外界へ戻る、その大き過ぎる危険性を。

「ねえ!燐のお兄さんだって出たいでしょ!?」

「つか、こんな辛気臭え場所にいる理由の方が思い付かねえな。―――しかしどうする?鍵は留守用のセキュリティが働いて、今は内側からも開けられねえ。誰かがうっかり何処か閉め忘れてでもない限りはな」

「先にこっそり開けてくれば良かったね。うーん、困ったなあ。折角お兄さんが迎えに来てくれたのに……」

 苛立ちを誤魔化すように、弟は母が用意したワゴンの上の生春巻きへ手を伸ばす。シャキッ、シャキッ。もぐもぐもぐ。

「すっごく怖いけど料理は最高なんだよね、王様。お菓子だって何でも作れるし」

 確かに。毎回用意される十数種の料理、そのどれ一つとして平均以下の味の物は無かった。ただ、作るのに膨大な手間と時間が掛かっているであろう事が気になるが。


『いいえ。ちっとも大変じゃないわ。大切なまーくんの食事ですもの』


 昨日意を決して尋ねた時もそう。止む無く切断された利き腕に代わって生肉をナイフで切り分けながら、彼女は当然と言った風に答えた。


『口に合わないなら遠慮せずに言ってね』


 偉大な母性愛と同居する無慈悲な殺戮行為。その余りの落差に私は未だ酷く混乱していた。どちらが本当の彼女?

 冷めかけたコーンポタージュを飲みながら、先程の友人の言葉を反芻する。―――帰る時は私と一緒。彼ははっきりそう言った。

(ウィルは知らないんだ。私が……全ての元凶だって)

 きちんと告げれば良かった。そうすれば諦めて、今頃はもう“都”を離れてくれていただろうに。

「そいつはどうだかな」

 思考に燐さんが心中で口を出す。が、疑問の余地は無い。正体を知って尚、何故連れ戻そうとなんてする?存在するだけで危険極まりない、災いを。

(私さえ大人しくここにいれば、宇宙の平和は保たれる)


 カツ、カツ………。


 突然廊下から聞こえてきた音に、肩がビクッとなった。

「足音?でも……かあさまのヒール、じゃない?」

「!?ウィルのお兄さんだ!やったよ兄様、助けに来てくれたんだ!僕呼んで来る!待ってて!」

「あ、オリオール!!」

 血塗れの服の残骸を纏ったままバタン!弟は勢い良く寝室を飛び出した。私もまだ感覚の覚束無い左脚をベッドから下ろし、開いた扉から後を追う。左方向へ廊下を走っていく彼に向かい、ありったけの大声で叫んだ。


「駄目だよオリオール!もし別の人だったら、また拷問されて」

「ま、まーくん!?」

「わっ!!?」


 背後僅か数十センチにいた友人は、この数日で少し痩せたようだ。その代わり以前より内包する氣が一回り大きく、しかも強くなっていた。頬が赤い。ここまで走って来たのかな?

「急に飛び出して来たから吃驚した。もしかして今、前を思いっ切り走って行ったのあいつか?相変わらずおっちょこちょいだなぁ。―――おーい、オリオール!!俺はこっちだぞー!!」

「わぁっ!!何時の間に瞬間移動してるの!?」

 弟が全速力で戻って来ると、ウィルは笑った。

「瞬間移動も何も、俺は普通に一階から向こうの螺旋階段を昇って来たぞ?」

「一階から?え、どうやって入ったの?鍵は全部掛かってた筈だけど」

「ジュリトが窓を一つ開けておいてくれたんだ。まぁ性格は色々問題あるが、意外と良い奴なのかも」


「アホ!!」


「へ?ま、まーくん?」

 初めて聞く燐さんの暴言に、友人は目を丸くした。

「くそっ、そう言う魂胆か!おいボケ、とっととその窓まで案内しろ!まだ間に合うといいが……餓鬼も行くぞ!付いて来い!」

「うん!」

 次の瞬間、普段の倍の速度で身体が走り出す。わわ!速過ぎてウィルが目を剥いて驚いた。

 私達三人は風を切って螺旋階段を駆け下り、廊下を走り抜ける。「ここだ!」到着した部屋は物置のようだ。様々な大きさの木箱が幾つも置かれている。


 バチバチバチッッ!!「っな!?ジュリト!!手前、何やってやがる!!?」

  

 ウィルが入って来た窓、現在進行形で外から鉄板を溶接されて塞がれようとしている最中、に向かって怒鳴った。

「おや、ウィルベルクさん。意外と早かったですね」

 顔面に装着した金属製の頑丈なお面をずらし、神父さんはいつもの笑みを見せた。右手にはL字型の金色の道具。さっき先端から凄まじい蒼の炎を噴出させていた物だ。

「『早かった』じゃねえ!どう言うつもりだ!?俺達を閉じ込める気か!!?」

「先程、ウィルベルクさんは実に面白い提案をなさいましたね。ですから私も考えたのですよ」

 窓は既に四分の三以上覆われ、溶接は後向かって左側一辺を残すのみだ。あそこを塞がれたが最後、私達に脱出手段は無くなってしまう。

「もしも王が帰宅なされた時、坊ちゃまが寝室におらず、得体の知れない聖族と数日前拷問部屋から脱走した一角獣に誘拐されようとしていたら……さて、どうなるでしょう?」

 この口振り……知っていたんだ、私が弟を匿っていたのを。

「おい、冗談はよせ!そんな真似して何の得が」

「ああ、済みません。分かりやすく御説明致しますと、つまりウィルベルクさんとそこの盗人は」


 ニッコリ。「王の怒りを鎮める為の尊い犠牲、と言う奴です」


 頭で言葉の意味を理解出来た瞬間、目の前が真っ暗になった。それってただの……生贄、だ。

「う、嘘……」

 弟が今にも倒れそうな程真っ青な顔で呟く。

「おや、どうしてです?“黒の燐光”を一度盗み出し、今再び六種風情と同じ禁忌を犯そうとしているお前が、何故裁きを逃れられると?」

「“燐光”を、盗んだ!?ど、どう言う事だオリオール!??お前とまーくんは“燐光”を探していたんじゃあ」

 唯一事情を知らない友人は屈み込み、両手で弟の肩を揺す振る。

「……」

「だ、大体盗んだなら、肝心のブツはどうしたんだ?小晶邸の何処かに隠したのか?それとも」

 クスクスクス……ジュリトさんは酷く可笑しげに嗤う。

「本当に愚鈍な聖族ですね。まだ気付かないんですか?ほら、あなたの目の前にあるではないですか」

「巫山戯るなキチガイ神父!何処にんな黒ダイヤが」


「そこですよ」彼の人差し指が私を―――正確には私の心臓を指し示した。「見えないんですか?まだ薬の切れる時間ではありませんよ?」


 その時のミルクコーヒー色の目を、私は生涯忘れられないだろう。一瞬にして様々な感情が入れ替わり、彼の心中の混乱を如実に現した。

「大父神に因って体内に呪いの秘石を埋め込まれ、永久にこの闇の牢獄へ囚われる運命を背負わされた……堕とされし神、それが我が主」

 恍惚とした視線に、背筋を悪寒が走った。

「美しき主よ。御心配には及びません。もうすぐあなた様の日常は全て取り戻されます。―――罪は須く浄化される宿命にあるのですから」

「嫌……止めてジュリトさん!!私はどうなってもいい!二人を殺さないで、お願い!!」

 窓辺へ駆け出した私を、彼は溶接器具の炎の噴出で退けた。船着場での恐怖がありありと蘇るが、今怯んだら出口は永久に閉ざされてしまう!そうなれば二人はまず確実に……。

「兄様危ないよ!離れて!!」

 弟が脚にしがみ付き、距離を置かせようともがく。

「馬風情の言う通りですよ坊ちゃま。治るとは言え、また御顔に火傷が出来るのは私としても本意ではありません」


「道具から手を放し、地面にうつ伏せになれ!!」


 私の口を通して、燐さんが命令する。―――が、神父さんは涼しい顔のままだ。

「核よ、鼓動を止めろ!!」

 焦った声で更に上位の命を飛ばすけれど、またもや効果は無い。

「そんな汚い言葉は感心しませんね。まぁ何れにしろ幾ら叫ばれても無駄です。今の私には通用しません」

 空いた片手で耳全体を覆う銀色のヘッドフォンを指差す。

「長期間の観察の成果ですよ。声が脳にさえ届かなければ命令は無効化されます」

「ま、待って下さい!?じゃあ今まで会話していたのは」

「何分長く生きていますので、読唇術程度の技術は既に習得済みです。因みに視覚情報は命令として認識されないようですよ?」

 つまり、以前政府館でリュネさんにやったような強制的行動停止は出来ない……。

「ああ、坊ちゃま……お辛い表情も素敵ですよ。しばらくその黒目から光が失われる事は大変悲しいですが、きっと人形のような姿も酷く美しいでしょう」


「黙れ、この変態神父が!!」


 ウィルが猛然と私の横を通り抜け、鞘ごと剣で外へ殴り掛かった。しかし、一瞬だけ神父さんのバーナーの方が早かった。


 ガンッ!ガンッ!!「くそっ!開けろ!!」


 叫びつつ、友人は拳が真っ赤になるまで閉鎖された窓を叩き続けていた。





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