十四章 “魔女”の正体
「あら?」玄関の方から高い女の声。「どうしたのまーくん、そんな所で?まぁ……泣いていたの?目が真っ赤よ」
バッ!機敏に細い身体が離れ、鍵穴から声の主が見えた。
「いいえ、かあさま。何でもありません」
「本当?」
燃えるような深紅のウェーブ長髪と同色の瞳。誠と似た白いドレスを優雅に纏い、ヒールやマニキュアも上品な赤で統一している。美人だ、それもそんじょそこらではお目に掛かれないぐらいの。
「王よ」
あ、思い出した。この女、確か天宝商店で勇敢にも単身首狩り娘を追い掛けて行った奴だ。不死族だったのか、道理で、
「別名“炎の魔女”とも呼ばれるわ」
「!!!?」
あ、あいつが“魔女”!?聖族政府と警察が全力で捜索する、無差別大量殺人の指名手配犯……そんな奴が誠の母親で、不死族の長?そうか、だから火事の現場からここへ移動を。
「お母さん、これからちょっと出掛けないといけないの。出て来て早々悪いけれど、部屋に戻ってもらえるかしら?ご飯はお部屋に用意してあるから」
「はい、かあさま」
「良い子ね。じゃあお城に帰りましょう」
そう言った次の瞬間、女王はサッ!と息子を胸の前で抱え上げた。細いのに意外と怪力だ。
横抱きにされた誠に、片膝を着いた神父が声を掛ける。「坊ちゃま、今度はもっとお話をしましょうね」
「……はい」
玄関外までギッシリいた人々が一瞬で左右に割れ、口々に彼へ声を掛ける。温かくなさって下さい、ゆっくりお休み下さい、今年の祭りは是非御参加を―――どの言葉にも誠への親愛の情が溢れていた。
(辛いだろうな……)
応えようにも、優しい彼にはここでの記憶が無いのだから。
王族二人が完全に出て行くと、他の住民達もぞろぞろと教会を後にし始めた。と、一人の中年男が人の波に逆行しこちらへ向かって歩いて来る。
コンコン。「あの、済みませんお客人」
「何だ?」応じない訳にもいかず返事をした。
「先程この教会へ入る所をお見受けしたのですが、あなた様……もしかして、“白の星”の環紗で坊ちゃまと御一緒だった方ではありませんか?」
「!?あ、ああ、多分な。見てたのかあんた?」
「ええ。朝方えらく目付きの悪い刑事に連れられて、食堂に入られた所を大通りから」
ぷっ!刑事か、確かにな。兄弟揃って健全な朝食を食わせられた時の事を思い出し、俺は心の中で苦笑した。
「あそこは私の行きつけでして。あの時は他人の空似かと思ったのですが……坊ちゃまが外界にいたと聞いてもしや、と。本当なのですか?」
「ああ。記憶を失くした彼は、つい最近まで俺の近所で暮らしていたんだ」
真実に息を呑む男。
「道理で変だった訳です……私達に対しても、まるで初めて会うかのような態度を取っていましたから。そうですか、記憶が……」
「余り言い触らさないで」リュネが口を挟んできた。「無用な混乱は秩序を乱してしまうわ。お願い」
「リュネ様?そこにいらっしゃるのですか?行進の間、姿が見えないと思ったら」
「彼の話し相手を命じられていたの。それより早くこ」
バンッ!
再びの銃声。「ぎゃあっ!!」鍵穴から見える倒れた男は、無残にも頭の左半分が吹き飛んでいた。
「全く、今日はよくお喋りさんがいる日ですね」
カチャン。外鍵が開き、俺は怪我人を支えて懺悔室を出た。
「う、うぅ……申し訳ありません、ジュリト様……」
男は呻きながら、ぐずぐずに崩れた頭を床に付けて土下座した。立ち昇る血と脳漿の臭いが鼻を突く。
「彼に接触する権利などあなたには無い筈ですが?」
バンッ!バンッ!!
「ひっ!?や、止めてジュリト!彼はもう充分反省しているわ!!」
潰れたトマト状の物から目を覆い、女性科学者は懇願する。が、
「困りましたね。私は生憎『ゴミ』の言葉は習得していません。はて、何と言っているのやら……」
「―――を呼ぶぞ」
「?」
「手前が愛して止まない坊ちゃまを呼んでやるぞ、と言っているんだリュネは」
パッ!と腕を広げた。
「重傷者二人に凶器付きの加害者。この惨状を見たら、彼は一体どう思うだろうな?」
「馬鹿馬鹿しい。あの方は帰路に着きました。彼女等では到底追い付ける筈が」
「じゃあもし、俺が表に出て大声で王の悪口を言ったらどうなる?」ニヤリ。「取り敢えずカンカンに怒って追い掛けて来るだろうな、彼を担いだまま。でだ、もし『偶々』逃げ込んだ場所が血の海と化していたら」
「―――面白い事を言いますね。脅すつもりですか、愚か者の聖族風情が」
「先に脅したのはそっちだろうが。おい、立てるか?」
「ウグ、ググッ……」
声帯も破壊されたらしく、人間とは思えない音がした。頭の両側が無くなり鼻と口だけの顔になった彼は、それでも何とか俺の肩を借りて起き上がる。
「ズビ……マゼン……ゴベイワグヲ」
「気にするな。リュネ、彼の家は?」
「待って」
彼女は脚を引き摺りながら一旦玄関を出、三分程度して戻って来た。手にした黒いバスタオルを怪我人の頭から被せる。
「表は子供も遊んでいるから」
「やれやれ、天晴れなお人好し振りですね。―――ウィルベルクさん。それを運んだら急ぎ“城”の裏までお越し下さい。何の話かは」クスリ。「流石に分かっていますよね?」
「ああ」
裏の黒い悪意をヒシヒシ感じつつ、やっと彼に再会出来る喜びを噛み締めた。




