十二章 行進
「ごめんなさい……また」
「構わない。動かせるか?」
骨に留まった弾丸を剣先で抉り出し、リュネが持っていたハンカチでふくらはぎをキツく縛って止血する。処置する本人ですら耐え難い光景に、しかし彼女は気丈にも一度も目を逸らしはしなかった。
俺に肩を貸されながら試しに立ち上がり、大丈夫そう、乾燥した唇で言った。
「済まない。すぐ傍にいたのに」
「いいえ。もし抵抗していたら、ジュリトは何の躊躇いも無くあなたを撃ち殺していたわ」全身を緊張で強張らせる。「死体でも目的は達せるもの。とにかく無事で良かった」
狭い部屋に再びそろそろと腰を下ろす。死体でも……つまり“碧の星”で仮に殺されてても、奴の望みは結局叶った訳か。
「あのサド野郎。オリオールと言い、女子供に容赦無く手ぇ上げやがって」
俺はシャバムで少年が暴行された事を話す。「くそっ!」過去の怒りがムカムカと込み上げ、煉瓦の壁へ拳を叩き付ける。
「その程度で済んだならマシよ……罪の大きさからすれば、彼は確実に極刑」怪我した脚を擦りながら呟く。「即刻“黒の森”に放り込まれても文句は言えないわ」
「森?」
「フィジョラムからここへ来る途中にあったでしょう?星の九割を覆う異形の樹々……行ったが最後、仮令不死族でも二度と戻る事は無いわ」
「そんなに危険な場所なのか?」
「帰って来なくていい刑罰に使われる程度には」
死刑、って意味か?この口振り、過去にも何人かが処されたのか……?由香、あの子によると嘘と盗みが該当するようだが。尋ねると、不死族の女は小さく頷いた。
「ええ。窃盗はともかく、虚偽申告はこれまでにも何度かあったの。不死になる試験に合格したいがための小さな嘘が」
「は?不死族に入るのにテストがあるのか?」
てっきり希望と熱意さえあればいいのかと思った。
「当たり前でしょう?誰でもポンポンなられたら困るわ。私達の世界は完全な社会主義。人口と労働力のバランス管理は必須よ」
成程。子供も一応入れてはやるが、あくまで全体での割合を考えた上でって訳か。
「私は革新的な技術者としてジュリトにスカウトされたの。莫大な研究費と専用の研究所に釣られて……言っておくけれど後悔は無いわよ?魔術機械の実用開発に必要な時間と資金が与えられたのだもの。あのまま人間として生きてても恐らく……父の遺志は果たせなかった」
「じゃあお前の友達の、あの靭って大男は?」
「彼は元々何でも屋の傭兵よ。何度か依頼を受けた後、一匹狼で口が堅い所を見込まれたの。今は年に何度か出稼ぎに行って、外貨を“都”へ運ぶ仕事に就いているわ」
ふぅん、環紗やオルテカにいたのも仕事だったのか。
「今日も何処かへ?」
「いいえ、帰って来ているわ。彼、研究所の隣に住んでいるの。入った時期も近いからお互い少しはプライベートを知っている訳」
彼女は溜息を吐き、血の止まった傷の上を撫でた。痛みは無くても不快感はあるようだ。
「あの銃、お前のと同じだな?」
「あれの試作機よ。今は預けた事を一頻り後悔している所」
狭い部屋、自然と向かい合う体勢になる。気丈な女だ。知り合いのいない街に自ら根を下ろし、数十年単位で一人研究に没頭する情熱と忍耐。―――エルの奴もそこが気に入っているんだな、多分。
「あのさ」
「何?」
意を決し、俺は一番訊きたかった事を口にした。
「まーくんとオリオールは生きているんだな?」
予期していたのか、彼女は目を伏せて一度大きく頷いた。
「あの子供は知らないけれど……もうすぐ嫌でも分かるわ。お願い、どうか……何を聞いたとしても、気をしっかり持って。どんなに辛い現実でも……」
「あ、ああ。当たり前だろ」
そこまで念押しするとなると、相当の秘密が待っていそうだ。まあ仮令どうだったとしてもやる事は一つ―――命ある限り彼を守る、それだけだ。
「なあ、折角だからこの都について一通り教えてくれないか?」
「こんな時に暢気ね、エルシェンカの血縁らしいわ。……あの美人の秘書とは上手くやっているの?」
肯定すると、良い娘だもの、お似合いよね、若干寂しげに言った。あれ、もしかして彼女、弟の事を……?
「別に何とも思ってないわ」心を読まれた。「ただ人間だった頃からよく目を掛けられていたから。……話が逸れたわね、ごめんなさい」
人間だった、か。元々は別の種だった者達が、何らかの理由で永遠を手に入れた。恐らく厳しいテストをパスして。彼女は純粋に研究の場が与えられて嬉しかったようだが、他の住人達は一体どんな心境だったのだろう。故郷も家族も捨て去って、この暗黒の街へ来るってのは。
彼女は胸の前で腕を組み、静かに話し始めた。
「“黒の都”の全人口は、出稼ぎの者を含めても三百人前後よ。見ての通り特に産業は無し。食料等の必要物資は、ジュリトと他数名で月何度か支給しているわ。娯楽は特に無いから、刺激が欲しい人間は偽造パスポートを使って外界へ」
「街の様子だとそんなに金は掛からなさそうだな」
端から見る限り、住民は極めて慎ましい生活を送っているようだ。先程言っていた靭達の労働で充分―――いや、そうでもないか。
「お前の研究所と“黒の城”は費用が大変そうだな。あの城、調度品とか部屋も見た目通り多いんだろ?」
「………」
「でもあれは凄いな。外の王族でも住んでないぞ、あんなデカいのは」
「―――“黒の燐光”を安置する場だからよ。中では私達の王、不死王がずっと守っている」ギュッ。「私が生まれる遥か以前、気の遠くなる程昔から」
扉の外で、神父がモップで汚れた床を磨く音が聞こえてくる。『行進』とか言っていたし、誰かが来るのか?
「“黒の燐光”は絶対……だから私達の誰も、あれを管理する王に逆らう事は出来ない」
そう言えば不死の王に関して、俺は何の情報も持っていない。事情通のエルでさえ、王については一切発言を聞いた事が無かった。
「どんな奴なんだ?」
その時、外がにわかに騒がしくなる。今までひっそりしていた分、人々の歓声ははっきり聞こえた。
「―――来たようね。扉の傍へ」
「あ、ああ」
入口を挟んで、脚を引き摺る彼女は左、俺は右側に座り直した。




