十一章 常夜の街
「何だあれは……!?」
崖から見える光景に、思わず俺は唾を飲んだ。
“黒の星”唯一の公認の街、フィジョラム。その船着場で神父に貰った怪しげな薬を余りの甘ったるさに耐えて飲むと(スイーツと違って舌が痺れる甘味)、暗闇でも昼間と同じように目が見えた。二日間は効果が続くらしい。
「我が都にも年に数回は訪問者がありますから。この街はともかく、“都”の真の闇ではランプなど役に立ちません。便利でしょう?」煌々と照らす街灯の下、ぐるぐる回って感嘆する俺に奴はそう説明した。
それからフィジョラムを離れ、用意された馬に乗って細い交易路を北へ十数キロ。不気味な唸り声のする広大な黒の森(好奇心で近寄りかけたら危険だと警告された)を左右に、慣れない馬を乗りこなしながら数十分後。ようやく目的地に辿り着いた。
眼下にはぽつぽつ小さな家が建っている。黒茶色の煉瓦で作られ、殆ど同じ形をしていた。外界で言うとシャバムの一軒家に似ている。
そして、ミニチュアみたいな集落の向こうに『それ』はあった。
「ようこそ、“黒の都”へ。不死族を代表して歓迎します」
「あ、ああ……ありがと」
こんな巨大な城、生まれてこの方見た事が無い。この星には材料も労働力もロクに無さそうなのに、どうやって作ったんだ?何より一体何の目的で……。
「おや、“黒の城”が気になりますか?」
「気にならない方がどうかしてるだろ。何なんだあれは?」
「我々の原罪の象徴、とでも言っておきましょう」はぐらかししかしねえのかこいつは。いい加減質問するのが辛くなってきた。
砂利だらけの小道を降り、ようやく“都”へ足を踏み入れた。時刻はもう朝の筈だが、人気はほぼ無い。そもそも陽光が差さない地、外界での時間感覚は通じないと考えるべきか?
と、民家のドアが開き、中から七、八歳の少女がこちらへ駆けてきた。水色のワンピースに黄色いリボンを頭に着けた、何処の街にもいそうな子だ。
「おはようございます、ジュリト様。あれ、このお兄さん誰?」好奇の言葉の中に僅かな昏い影が走るのを俺は聞き逃さなかった。「もしかして『新しい人』?」
「いいえ。坊ちゃまのお友達の方ですよ、由香さん」ニッコリ。「仲良くしてあげてくださいね」
「お兄ちゃんの?嘘、お兄ちゃんに友達なんていないじゃない!?」
目をカッ!と見開き、彼女は可愛らしい八重歯を剥き出しに怒りを顕わした。
「帰って!嘘吐きと盗人は八つ裂きの刑なんだから!!」
成程、そいつがここでのスタンダードか。注意しておいた方がいいが、他に説明しようは無いぞ?恋人、とは口が裂けても言えないしな。
「いや、お嬢ちゃん。嘘じゃない。小晶 誠は確かに俺の大事な友達だ」片想いの。「信じてくれ」
返事を聞き少女は何故かぽかん、と間抜けに口を開けた。
「?どうした?」
「誰それ?」白い歯を見せたまま首をふるふる。「ショーショー?私、そんな人知らないよ?」
「由香さん、話は後で。付いてきて下さいウィルベルクさん」
優雅に一礼し、足早にそこを後にする。
「あの子も不死族か?」後ろの彼女に聞こえないよう小声で尋ねた。
「ええ。この街の住人は全員そうです」
オリオールより少しは大人だが、幼い子供には違いない。一体どんな理由で不死になったのか尋ねると、さあ?忘れてしまいましたね、またはぐらかされた。
ふと、目の前を光る何かが過ぎる。頭上を仰ぐと、
「これは……」
蒼白い光を放つ桜の花弁。はらはらと舞い落ち、夜の世界に一層幻想的な風景を作り出す。
「闇桜。この星にのみ自生する樹木です」
「綺麗だ……」けれど、何処か心の暗い部分を誘う美だ。陽の光を浴びないだけでこうも違うのか。
その後も住民の何人かと遭遇したが、神父が上手く言い包めて(脅迫とも言う)強制的に立ち去らせた。リュネが表向きなら、どうやらこいつは裏の代表者らしい。見慣れない異邦者に興味深々な彼等が、見た目は六種と何ら変わりない、奴の前でははっきり恐れの目をしている。それを含め質問したい事は山とあったが、臍を曲げられて置いてけぼりも困る。大人しく目的地に着くまで待つ事にした。
「どうぞ」キィ。
開かれた教会のドアを潜ると、女が一人箒で床を掃いていた。振り返った彼女と俺は同時に互いを指差す。
「ウィルベルク!」「リュネ!」
魔術機械創始者は以前瓦礫に潰された腕を顎に当て、思い切り眉根を寄せた。
「そんな……ジュリト、どう言うつもりなの?彼をここへ連れて来るなんて……」
「いけませんでしたか?―――事を丸く収めるには必要でしょう?」
驚愕。
「っ!!?な、何を言っているの!!この聖族は坊ちゃまの命の恩人なのよ!それをあなたは……!?」
「おや、リュネ」唇を歪め、蔑む眼差しを同族へ向ける。「情でも移りましたか?てっきりあなたはあの聖王代理に懸想しているとばかり思っていましたが」
「誤解を生む発言は止めて!そうよ、いけないわ!実兄にもしもの事があったら、流石にエルシェンカが黙っていない。下手をすれば外交問題に発展するわ!仮代表として面倒事は御免よ!!」
不穏な言い方だな。いよいよこいつの目的が分からなくなってきた。
「ほう、意外と移り気なのですね」
バシッ!
頬を張られた神父は、しかし一際余裕の笑みで見下す。
「今度は暴力ですか、浅はかな。矢張りあなたの利用価値は技術力だけのようですね」
「おい!」
これには俺がキレた。ガンッ!相手に痛覚が無い事も忘れ、思い切り反対の頬を叩く。
「ウィルベルク……」
口元を押さえ、彼女は震えながら名を呼んだ。
「慈悲深い神父様とは思えない暴言だな」
「誤っているのはリュネの方ですよ、無知で愚かな聖族殿。彼女の発言はれっきとした反逆罪。表で言えば即裁判沙汰です」
「その通りよ……」悔しげに唇を噛み、涙を堪える。「少なくともここではジュリトの方が正しいわ、真っ当過ぎる程。でも……」
「何でしょう?」
「それが本当に坊ちゃまのためになるかと言えば、絶対に違う」
「ふむ……成程。貴重な御意見、ありがとうございます」
奴は懐に手を入れ、何かを取り出した。
バンッ!
「っ……!!」
黒い凶器から放たれた銃弾は彼女の左脚を撃ち、バチバチッ!高圧電流を発生させた。同時に全身を激しい痙攣が起こり、一瞬海老のように背中が反り返る。
「ほう、中々面白い玩具です。『あなたがいなくなった後も』末永く使わせて頂きましょう」
「ぅう……!」
魔術機械の放電はすぐに止み、俺は彼女に駆け寄って上半身を抱え起こした。
「大丈夫か!?しっかりしろ!!」
「ウィルベルク……お願い、坊ちゃまを助けて………私達の過ちからあの方を解放出来るのは、きっと……」
「教会で私語は慎みなさい」
ガンッ!「うっ!!」
蹴り飛ばされた細い身体が床に叩き付けられ、切れ切れだった言葉は無残に中断を余儀無くされた。衝撃で不自然に曲がった脚の傷から、俺達と同じ真っ赤な血が溢れ出す。
「やれやれ、掃除のやり直しですね。もう行進は始まっていると言うのに、つくづく困った女だ」
神父はゾッとする程冷たい目で俺を見た。ちっ、これがこいつの本性かよ。
「ウィルベルクさん、済みませんがその『ゴミ』と一緒に奥の部屋へ行って下さい。私がいいと言うまで絶対に出て来てはいけませんよ?」
「―――ああ、分かった。だが一つ聞かせてくれ。リュネをどうするつもりだ?」
「心配なさらずともすぐにまた会えますよ……すぐに、ね」
答えになってない答えを聞き、俺は無言のまま彼女を肩に担いで祭壇の左、懺悔室らしき小部屋に入る。突然の暴力に恐怖したままの身体を降ろすと、ガチャン。無情な外鍵の音がした。




