不老不死
つたなく、きたない文章ですが、誠心誠意、書いてみました。
読んでいただけたら幸いです。
「不老不死になれるクスリ……ですか?」
と、男は訊いた。
恰幅のいい中年男性である。
「そうだ。それを100万円で売ると言ってるんだ、悪くあるまい?」
対する男は、サングラスに黒いコートを着ていた。
「しかしなぜこうも唐突なんです? ――私とてそんな大金、すぐにご用意できるわけではありませんよ」
2人は建物と建物の間にある、小路で話をしていた。まだ昼間だが、日が当らないため薄暗くなっている。
「なあに……簡単な話さ」
サングラスの男は含み笑いをもらし、「お前の細君、危篤状態なんだってな。名前はなんと言ったっけか。バカ子か? アホ美か?」
「そんなひどい名前ではありません。それに私と同じ中国人です」
恰幅のいい男は躍起になって言い返した。
「商談における冗談だ。気にするな」
サングラスの男は、「名前くらい知っている。魯迅だろ!」
「そこまで高名な名前ではありませんよ」
と、恰幅のいい男が反論をすると、
「すまん、交渉中なので高尚な話題へ持っていこうとした」
と、サングラスの男はあやまった。
「そうですか……」
恰幅のいい男は笑って、「魯鈍ですよ」と正解を述べた。
「そっちの方がひどいじゃないか。バカ子、アホ美がかわいく聞こえるわっ!」
「ちなみに私は愚鈍です」
恰幅のいい男が名前を述べると、サングラスの男は哄笑した。――交渉中に、である。
「アハハ……。――馬鹿が自己紹介してるみてぇ」
「馬鹿ではなくて、愚鈍です」
「ハハハ……。愚直な馬鹿だ」
サングラスの男はなおも笑い続ける。
「愚直じゃなくて、実直なんです」
恰幅のいい男は向きになって言った。
サングラスの男はそれをなだめて、「俺は、笑談ではなくて商談をしにきたのだ!」
と、話をもとに戻した。
「不老不死のクスリ……買うのか、買わないのか」
「だからさっきも言ったでしょう。そんな金は……」
「お前の会社の営業成績……それを考慮すれば、どこの金融会社もよろこんで快諾してくれるだろうよ」
「つまり、私に借金をしろ、と?」
愚鈍は、いぶかしそうな目で相手を見た。
「金と命。金と女。はたしてどちらが大切なのか……。金はまたすぐに手に入る。だがお前の魯鈍な妻は、2度と手に入らない」
「…………」
愚鈍は思考をめぐらせた。
熟慮の末、「わかりました。払います」
と、言った。
「まさに愚者も千慮に一得あり、だな」
「私は愚鈍ですけどね……」
「ハハ……。似たようなもんだ!」
こうして交渉は成立し、クスリの売買取引が行われた。
――1カ月後。
謎のクスリのおかげで借金こそ背負ったものの、愚鈍の妻、魯鈍は無事危篤状態から解放されて……いなかった。
未だに入院をしたままである。
しかし、そのクスリの存在――
――つまり、不老不死そのものが虚偽、いつわりだったわけではない。
むしろ真実であり、まことであったのだ。
ではなぜ、彼女の病状は回復しなかったのか。
それには理由がある。欠点、欠陥がある。
「もしもし。密売人さんですか?」
愚鈍は真偽を審議するために、相手の信義を吟味するために、サングラスの男に電話をかけた。
病院の廊下、公衆電話を使っている。
「はい。アホの田中です」
間違いない、サングラスの男だ。
「アフロ田中さん、妻の病気が一向によくならないんですけど、どういうことでしょう?」
アフロ田中……ということは、密売人の名前は田中らしい。
「アフロではなく、アホの、です。そこ注意です」
「答えてください、アホ!」
愚鈍は語気をあらげた。
「アホって……ひどいなぁ。まったく……」
「あなただって私のことを、愚直、愚者、馬鹿とまで形容したじゃありませんか。それに妻のことまで……」
「わかりましたわかりました。愚鈍な愚鈍さん」
名前を呼ばれただけなのに腹がたつ、と愚鈍は思った。
「では、この物語のオチを解説しますよ」
コイツ……オチまで用意していたのか、という言葉を愚鈍は呑み込んだ。
「すぐに終わります」
そして田中は言った。「俺が間接的に投与したクスリは、たしかに不老不死になれるクスリです」
「しかし……妻は……」
愚鈍は口をはさんだが、田中は意に介さず続けた。
「ただし、老いることも死ぬこともありませんが、病気はします。心臓が止まろうと、思考が止まろうと、生きつづけます。四肢の感覚器官が壊死しても生きつづけますし、呼吸が止まっても生き続けます」
「バカな……自然の摂理に反している」
「そうですよ、ありえません。しかしこう考えてみてはどうでしょう。身体は朽ちても精神と霊魂は現世に残存する。言い方を変えれば繋縛されているということになります。このクスリは決して無病息災を約束するものではありませんから」
「では妻は……」
愚鈍はその場にくずおれた。
「そうです。未来永劫、四六時中、彼女に安泰はありません――あるのは辛苦のみです。彼女のために、せいぜい苦心してやってくださいよ」
たっぷり間をあけてから「愚鈍さん」と田中は言った。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
心から御礼申し上げます。