教育実習スタート!~Complex~
「氷上三琴です。本日から三週間と短い間ですが、御崎原高校で勉強させていただきます! 皆さん、よろしくお願い致します!!」
男どもの歓声が……、特にあがらなかった。漫画とかで、たまに美人もしくは美男の先生が来たりしたらキャーキャー騒ぐなんてシーンがあるけど、実際朝礼の時にアジャアジャ叫ぶヤツなんていないだろう。誇張し過ぎです。その後は質問が殺到するけど、恋人いますかなんて質問してるヤツなんか見たこと無いぞ。教育実習ではその辺の幻想とね、お別れしてほしいよね。
――
「氷上せんせぇは彼氏いるんすかぁ? いないなら俺立候補しちゃおかな?」
いたよ! しかもうちのクラスに!
「おい、未だに布団にカンボジアの地図を作るお遍路坊主。早速ナンパすんじゃねえよ」
「誰がお遍路坊主だ! 後おねしょなんかしねえよ! ひ、氷上せんせぇ! そんな哀れむような目で見ないで!」
「ふふっ、おもしろい子ですね。彼氏は実は生まれてこの方いないんです。ずっと前から好きな人はいるんですけどね」
教室がフリーズしました。振り分けると、まず女性陣は、
『この人……天然だっ!』
続いて小川、
『すぅ……、すぅ……、もうカンツォーネだよぅ……』
男性陣、
『好きな人が……っ、いる……、だと……』
そして最後のこの方。
『ねえちゃあああん!! 何故そこで俺を見る!?』
「ほか、氷上先生に質問あるヤツ。いないね、うん。おっ、どうした江井ヶ島、手なんか挙げて。ジャンケンチョキ! はい勝った!」
「誰が先生とジャンケンするためだけに手を挙げるか!! 氷上先生って氷上君とどういう関係なんですか!?」
確かコイツ前も僕に似たような質問しなかったか? 野次馬か? パパラッチか?
「恋人です」
「あ・ね・だ!!」
彼女ね、指導案とか大学での成績は優秀なんですよ、特に指導案は文句の付け所が見つからなかったぐらいです。でもね、それらを全て打ち消すレベルの残念さも持ってるんです。その名はブラコン。身内に一人いるから余計分かるというか、
「ジー」
「ジー」
先生が氷上を見る目と、姉さんが僕を見る目が一緒なんですね。ククク……、これはブラコンな姉を持つ者しか解らぬものよ。弟を愛おしむ目じゃなくて、一人の異性として熱烈な目線を送ってる……。
嬉しくは……ないな、うん。
――
「氷上先生、弟がいて嬉しいのは良いんですが、何記念撮影してるんですか」
「氷上先生、睦君が保健室に行ったきり帰ってこないんですが、ってどうしましたか? 満ち足りた顔をして」
「氷上先生、彼女は日直です。睦君の彼女でも女でも無いので、その手にした分度器下ろしてください」
優秀な人ほど欠点が見えて来ると残念な展開になる。ブラコンというレッテルを一度貼られると、忽ちそれは学内中に広まり、ブラコン美人教育実習生、しかも弟はかつて生きる伝説と呼ばれた元不良という売り文句で、良くも悪くも氷上先生は有名になってしまったと言うわけだ。
「マー君に手を出しちゃダメだよ?」
相変わらず、弟が可愛い過ぎて暴走中。これさえなければ完璧なんだけどな……。
「クチュン! 誰か噂してる……?」
あ、身近に一人似たようなのがいたわ。
――
暴走が終わった氷上先生はと言うと、
「うう……。またやってしまった……」
と軽く自己嫌悪モードに突入する。一応彼女も彼女なりに悩んでいるらしい。
「マー君が可愛いのがいけないんだよ……」
ゴメンナサイ。僕にはアイツの可愛さが米粒一つに書いた般若心経の一文字ぐらいも理解できません。
「今なんつったぁ?」
「!?」
まさか心の声が漏れてた!?
「不届き者には、教育を。屋上行きよ。マー君の可愛さをその身に叩き込んであげるわ」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」
姉さん、どこの病院ならお薬出してくれますかね?
――
「お帰りこう君! ってどうしたのそのカッコ!」
「怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ……」
「何が起きたの……?」
「怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ怖いよ…」
「今なら……、ハグッちゃお」
「それはNG」
――
「つまり、不用意な発言のお陰で、氷上先生の教育的指導を受けてきたと」
「二人の愛の記録とか言うアルバムを見せられ氷上との思い出を延々と語られたよ。しかも大事なことらしいから3回は同じパートを聞かされるし……」
一緒にお風呂を入るのを拒絶された件ではついつい泣いてたもんな。そこまで人間崩れるほどの魅力がアイツにあるのか?
「へ~。気持ちは分かるなぁ」
「分からないでよ!! 当事者は良くても、巻き込まれる側はその限りじゃないよ!」
「日本古来より、姉とはそのようなDNAを持っているのよ」
ドヤ顔で戯れ言をぬかす。
「言ってることがめちゃめちゃだよ!! 何その突然変異!!」
弟は遺伝子レベルでツッコミ役なんですかね……。
「でもアルバムかぁ。氷上君も赤ちゃんの時は可愛かったんじゃない?」
赤ちゃん? あれ? そういや……。
「赤ちゃんの時の写真見てないぞ……」
生まれてすぐの写真ならアルバムの一番最初にあったはずだ。でも二人の愛の記録とやらには小学校の入学式からしかなかったと思う。
「あれ? そうなの?」
「見間違いなんか有り得ないよ。だって何回も見せられたんだよ? 忘れようにも忘れられないよ」
嫌という程見せられたからな。構図とか写真の配置も覚えちゃった。
「生まれた時の写真がなくて、一気に入学式まで飛ぶのは変な話だね。あまり触れられて欲しくない事情があるんだよ、きっと」
「事情……ねえ。個人的にはあの姉弟って謎が多いんだ。弟は手の付けられない不良だったんだけど、ある日を境に更正するし……」
生きる伝説と呼ばれた不良だ。そう簡単に更正するとも思えない。やっぱり何かあるんじゃないか……?
「まあ個人的な興味だから、あまり人様の家庭の都合に踏み込もうなんて気にはならないよ」
「それもそうだね。触らぬ神になんとやら。ってね」
まあ余り面倒なことにならなきゃ良いんだけどさ……。




