鏡の城を駆け抜けろ前編~Hayate~
第一走者
どこからか競馬とかに流れるファンファーレが聞こえる。ったく俺らは競走馬かっての。かけられてんのかぁ?
『えー、マイクテスッ、マイクテスッ、日の当たる坂道をキックボードで駆け抜ける。みんなぁ、時間だよぅぅぅぅぅ!!』
南雲さんの声が聞こえる。けどこれは、うちのクラスの従兄大好き南雲美桜なんかじゃなくて、最高にクレイジーな暴君様だ。不覚にも良いって思った自分が馬鹿だ。女なら誰でも良いのか? 俺。
『用意は出来たかなぁ? それじゃあ第一走者始めるから構えなさい。レディーっ、ゴー!』
「駆け抜けるぜぇ!!」
合図とともにダッシュする。ピッチャーだからって別に投球練習ばっかやってたわけじゃねえ。習慣ってのは怖いもんでいくらチャラくなっても、気づいたら朝は走りこんでたぐれぇだ。そんなウサギ野郎に負けるほど、
『遅いんじゃないか?』
「なにぃぃぃぃ!?」
自分で言うのもなんだが、俺は運動全般が得意だ。たぶんトライアスロンに出ても完走できるだろう。
リレー競技に出ても、常に俺はヒーローだった。足の速さにもそれなりの自信があると思ってる。でもなんだこいつは!?
『爆走ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 遅い遅い遅いようぅぅぅぅぅぅぅ!! 話にならないようぅぅ!! もっともっと加速加速かあそくぅぅぅぅ!!!!』
メチャクチャ速ええんだよ!! こんなの反則じゃねえかぁ! チーターか!? ボルトか!? だからウサギなのか!?
『ハッハッハー!! そう私は風! 風になるのだぁぁぁぁ!!! ビカムザウインド!! ディベンタイィヴェント!! スタンティヴィータ! ウインドフェアリ! ビリウィンド!! ザスタンウィンツ!! レギュエルシー!! とまらねええええ!!』
意味のわからない言葉を発しながら、ウサギ野郎は駆け抜けていき、俺の視界から消えやがる。
「負けっかよ!!」
あのまま奴に舐められっぱなしは癪だ、とにかく奴に食らいついてやる!!
――
「えー……」
ウサギ野郎を追っかけた俺を待っていたのは、
『ぜぇ……、ぜぇ……、もうだめぇ……。ちょっと休んでこ……』
慢心相違で横たわるウサギの姿だった。
「これはあれか、ウサギと亀かよ」
そりゃああれだけ後先考えずに全力疾走すりゃ息切れ起こすに決まっているだろうに。その点、俺の武器は体力だからな、マラソンとなると敵はいねえんだよ。
「じゃあな、クソウサギ野郎。ずっとそこで休んでやがれ」
――
第二走者
「おーい、茅原ぁ、バトンだぞ、後は頼んだ」
「あら、結構速かったのね」
チャラチャラしていたからスグへばると思っていたけど、案外やるみたいね。中学時代はエースだったってのも嘘ではなさそう。
「さて、バトンをもらったのはいいのだけど、私はどうすればいいのかしら? ヴァイオリンとバトンを持たされて走らないといけないのかしら?」
『まあね。まあ、行けばわかるよ』
「あら、ありがとう。それではお先に失礼するわ」
相手の先頭走者はまだここにたどり着いていない。いわばチャンスだ。今のうちに彼女と距離を離しておかないと――
――
「まったく、それならそうと言って欲しかったわね。最初からヴァイオリンを持って走る必要はあったのかしら?」
矢印に沿って走っていたが、矢印が指している先は先ほどのダンスホールだった。つまり私は一周してしまったわけだ。意味はあったのかしら? いや、まさかこのためだけとは言わないわよね?
『茅原! 茅原! 茅原! 茅原!』
ダンスホールにはいつの間にかオーディエンスが集結していた。ありがたいことに私の名前を連呼してくれる。私が一周している間に集まったのかしら?
「そして、これを弾けってことかしら?」
私の前にあるのは譜面台と楽譜。しかしまぁレースに合いそうな曲を選曲したわね。これを弾き終われば先に進めるってわけね。
「指のウォームアップしていないからあまり弾きたくないんだけど、やらなきゃ進めなさそうだし、弾かせてもらうわ。急いでるから曲の解釈は好きなようにやらせてもらうわ。物足りなかったらごめんなさい」
「曲は、チャールダーシュ」
――
『さっすがぁ! 指が十分に温まってないのにこの早弾き! 魅せてくれますなぁ』
『でも、うちはもっと速いよ』
『さて、どちらがヴィルトゥオーソの名に相応しいかな!?』
『イッツショータイッ!!』
――
「そんな!?」
指が温まりきっておらず、思うように動かない。それでも私は、今自分の動かせる最高速のスピードで演奏しているつもりだった。でも彼女は……、
『よそ見してる場合じゃないと思うよ!?』
指にモーターが入っているのではないかと疑うレベルの超絶技巧を見せる。弦が切れてしまうんじゃないかと思うぐらいの速さでオーディエンスを沸かす。
『ほらほら、まだまだ行くよっ!!』
彼女は余裕の笑みを浮かべ、さらにテンポを上げる。先にはじめたというアベレージも彼女の技巧の前では無いに等しかった。
「っ!!」
『おっ、あげるねぇ!! まだまだ行くよう!!』
こちらがテンポを上げると共に、オーディエンスたちの盛り上りはあがっていく。いつもなら奏者冥利につくんだけど、今日のところは煽って欲しくないわね。正直限界よ。
『フィナーレ!!』
「!?」
彼女のほうが先に弾き終わる。その後すぐに私も最後の小節を弾ききり、オーディエンスたちに一礼をした後、盛大な拍手とブラボーの雨の中、急いで彼女の後を追いかける。古村君、ごめんなさい。せっかくあなたが作ったチャンスを潰してしまったわ……。
――
第三走者&第四走者
『おまたー! はいっ、バトン!』
『おうおう、先についたのは俺たちのようだな。さて、悪いがお先に行かせてもらう!』
ガチムチと小さな女の子というなんともアンバランスな二人は、息の合った動きで駆け抜けていく。とはいえボクらも師匠と弟子の関係だ。阿吽の呼吸はマスターしている……と思う。
「はぁ、はぁ……、ゴメンナサイ。出遅れたわ」
いつもクールで人を近づけさせない雰囲気を漂わせている茅原さんだけど、今の彼女は体育のあとの息切れしているただの女の子だ。どうしてかいつも体育は見学しているからちょっと珍しいかも。
「西邑っち! いくよ!!」
「うん!」
相手の二人は確かに息がぴったりだった。阿吽の呼吸ってああいうことを言うんだろうな。でも、僕らも負けるわけにいかない。善本さんを助けることができるのは僕たちだけなんだから。
「「せーの!」」
「右っ!」
「左っ!」
ドタッ!
「あなたたち……、大丈夫なのかしら?」
「普通右からだよ!!」
「最初にそういってよ!!」
「きぃ! 西邑っちの癖に師匠に口答えするなんて、あー! まどろっこしいのはもう無し!! 西邑っち、しっかり捕まっててよ?」
二宮さんはそういって僕を抱えようとして、
ドタッ!!
「足がくっついてるんだからお姫様抱っこは不可能よ?」
「ああああ!! イライラするっ!! いくよ、右からだからね!!」
「うん!」
「「せーの!」」
「右っ!」
「右っ!」
ドタッ!!!
「なんで右って言って左足を出すのさ!!」
「……すんません」」
西邑さんはしおらしく謝る。可愛いって思ったの。それとちょっぴり誤られることが気分がいい。
「漫才はもう良いから、早く行きなさい」
「「せーのっ!!」」
「「右っ!」」
「「左っ!」」
「「右っ!」」
「「左っ!」」
「本当に大丈夫なのかしら、あの二人……」
――
第四走者
「……」
『クックックックック……』
誰だよこいつは!! 四人集のお約束の五人目らしいが、さっきから邪気眼を持つ者しか使わないような闇属性な笑い方をしている。一言もしゃべらないで笑ってるだけだもんな。気味が悪いよ、割と本気で。
「あのー?」
『クックックックック……』
「もしもーし」
『クックックックック……』
「料理を英語で?」
『クック』
何だろう。負ける気がしない。




