鏡の中へ~Reverse~
エイプリルフールに姉が過去からやってきた。始業式に中学時代の教え子に出会った。入学式に決闘の対象にされた。姉の誕生日に決闘を申し込まれ、エロゲに付き合わされた。チャラ男を更生させるために、あれこれ考えた。アベさんに追われた。夜の屋上で銀河を見た。ヴァイオリンを始めたい女の子に付き合って楽器を買いに行った。ゴールデンウィークはゲームで終わった。ブラコンな姉に悩む仲間を見つけた。ヨーロッパ風の古城でかくれんぼをした。まだ5月半ばというのに、なかなかに内容の濃い日々を過ごしてきたと思う。それでも、鏡に入るなんて体験は初めてなわけで。
「しかし、派手な鏡だなぁ。絶対鏡としての役割よりも、オブジェ的な役割のほうが強いだろうな」
僕は鏡のある部屋に来ていた。ここに来た理由は一つ、姉さんと善本を助けること。それだけだ。
「でも先生、どうすれば鏡の中に入れるのでしょうか?」
「うーん、どうすればいいんだろうか……」
先ほどの黒いもやも、僕らがこの部屋に来た時には、鏡の中へ帰って行ったらしい。モニタールームにいる本城さんはそう言う。これじゃあ八方塞だ。
「なあ伊織、お爺さんからこの鏡について何か言われていた?」
この城のオーナーである麻生伝助氏なら何か知っていたかもしれない。伊織の遊び場だったんだ、何か忠告していたはずだ。
「お爺ちゃんからここを使うときに忠告されたことと言えば、鏡の部屋には入っちゃいけないってことでした。ごめんなさい、もっと早く思い出せばこのような事態になることがなかったのに……」
「子供の頃の話だから仕方ないさ。やっぱり、この鏡はいわくつきのものだったのかね? 子供の目に届かない所に置こうとするなんて。処分すればよかったんじゃないの?」
「いくら呪いの鏡とは言っても、これは立派な芸術品ですからね。迂闊に動かせなかったんだと思います。お爺ちゃんが変な所にこだわるから……、はぁ」
伊織は溜息交じりに言う。一時は自殺しそうなぐらいにまで自分を追いつめていた伊織だが、今は少しばかりましになっている。彼女の責任を少しでも減らすことができたのだろうか。
「鏡に入るなんてそんなアリスみたいなまね出来んのかね……」
助けると意気込んだものの、実際のところはノープランであるため、正直言うと僕もどうすればいいか分からない。もしかしたら、ひょっこり鏡の中から出てくるかもしれないし、このまま帰ってこなくなるかもしれない。責任問題やらを問われることは間違いないし、姉さんの秘密が世間に公表されるかもしれない。自分の保身のために助けに行ったと思われるかもしれないが、あの二人を救出することこそが僕の債務なのだ。四の五を言ってられない。
「触ったってただの鏡だもんなぁ、割ってみよっか?」
高尚な芸術品だろうが、僕かりゃすりゃただの派手な鏡にしか見えないので、表面を叩いてみる。コンコンと音がする。つまりはすり抜けるなんてことは出来なさそうだ。
「となると、なんであの二人は連れてかれたんだ? 姉さんは過去からやってきた天才素人発明家だし、善本なんてネガティブで少し霊感がある(らしい)高校生だぞ」
霊感に呼応でもすんのか? と鏡に向かって、
「臨兵闘者皆陣列在前エロイムエッサイムチンカラホイクロマクハアガサイオリハオレノヨメ」
呪文を唱えてみました。
「……」
顔を真っ赤にする伊織。まあこんな子供だましで……、
『やあ』
「……」
『呼ばれて飛び出て楽しい仲間がポポポポーン』
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」
さっきまでのシリアスなムードが一瞬にして台なしになる。僕の人生にシリアスは必要無いようだ。
「これは……」
『ちょっ、そんなに驚く必要なくね? ちょー傷つくんですけど~乙女のハートがブロークンって感じ~』
「……」
『……』
今僕たちは誰と話しているんだ?
なんで、鏡に映る僕らは、違う動きをするんだ?
『あれー、自分達の置かれてる状況がイマイチ分かってないって感じ? その顔ちょーウケるんですけどー、写メっちゃっていいですか?』
鏡に映る伊織は、なぜか一昔前のコギャルのような喋り方をする。はっきり言って、同じ顔、同じ声をした下品な女だ。
『しかし僕らは余り変わらないね。個性がないものは反転しても無個性ってことかな?』
鏡に映る僕は、勝手に変なことをぬかしているが、聞く限りは本質的には変わってない気がする。
「って何冷静に考察してるんだ僕は!! 疑えよ! 自分の網膜に映る現実を疑えよ! 夢オチだと思えよ!」
『ちょwww独り言デカすぎwwウケる爆』
「mixiとかに呟く感覚で草とかつけんじゃねえよ!!」
律儀に爆まで音読してくれるし……。
――
「「反転鏡?」」
『そ、反転鏡。コイツには結構な歴史とか、とある一族の凋落を見てきたとかイロイロあるんだけど、それはいいや。鏡に映る人間の逆の性質を持った個体が映るんだ』
つまりは、伊織のような上品かつ可憐なお嬢様タイプは、渋谷とか原宿のギャルサーに所属してそうなギャルになったと。
『そうそうwwwてか下品な女とか失礼なんですけど~。ギャルサーに謝ってください~』
ギャルサーが下品なんじゃなくてお前が下品なんだよ!
「性質は違えど、同じ顔、同じ声を持つ者が下品なと言われるのは余り気分がいいものじゃないです」
「!? 伊織、そういうつもりじゃ!!」
「帰ってたら、また鬼ごっこをしましょうね?」
100人中95人が恋してしまいそうな笑顔でいうが全然ときめかないし、恐怖しか感じない。ちなみに恋に落ちない残り5人はアベさんズだ。
『でもあんたら全然変わってないしwww特に会話が回りくどいというか話が脱線しまくるというか』
「余計なお世話だよ!!」
どこに行っても回りくどいキャラなのか!?
――
『なるほど。鏡の中に連れていかれたそちらの世界と姉さんとコッコを連れ戻したい、というわけか』
鏡の向こうの僕たちに事情を説明する。向こうの世界でも姉さんはいるようだ。
「ってコッコって誰?」
自然過ぎてスルーしかけたが、コッコという聞き慣れない名前があがる。状況的にアイツしかいないんだけど……。
『あ、ああ。そちらの世界では違うのか。どんな呼び方をされているか知らないけど、コッコってのは善本幸子のあだ名だよ』
うちの世界の善本はコトノハとかサダコって呼ばれそうなネクラっ子だからな。向こうの世界ではなんか元気そうで良かった。
『でもさー、脅かすだけじゃ連れ帰る必要なくね?』
コギャルな伊織が語尾にハテナを付けながら言う。
「なりかわるとか?」
お嬢さんな伊織が語尾にハテナを付けながら言う。
『なりかわる……、か。なあ、君達の世界の姉さんとコッコがどんな性質――いや性格でいいや。とにかくどんな人かって言うのを教えてくれないかな? 例に漏れず反転しているのなら、ちょっとばかりややこしい事になりそうだ』
鏡の僕は、顎に手をあて考えるように聞く。
「えっと――」
――
『ブラコンで……』
『ネガティブ……だと……?』 二人の特徴を話した後、鏡の二人は、バツの悪そうな顔をする。どこかまずったか?
『さすがにこれは笑えね~わ。まさかここまで正反対だなんて、やっぱウケるわwwwゴメンさっきの嘘ww』
コギャルはあまりに違うのか、笑えないといっときながら思いっきり笑う。
『確かに笑い事じゃないかもしんないぞこりゃ……』
一方の鏡の僕は、相変わらずマズそうな顔をしながら呟く。
『厄介な事になる前に急いだ方がいいな。悪いけど、来てもらうよ!』
鏡の僕はコチラの返答を聞かずに、
「なっ!?」
「へっ!?」
鏡から腕を伸ばし、僕らの手を掴む。
「ってええええええ!!?」
『っと!』
そして鏡の中に引っ張られてしまう!!
――
『ようこそ、アベコベな世界へ』




