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姉が過去からやってきた。  作者: ゴリヴォーグ
三つのヴァイオリンのための前奏曲
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がっきや!!~Pekin Violin~

「楽器を教えて欲しいって……、貴女ヴァイオリン弾けるの?」

 普通は弾けないから教えて欲しいんじゃないの?

「弾けないよー」

 ほらね。

「そもそもヴァイオリン持ってんの?」

 持っているから教えて欲しいんじゃないの? まさか持ってないなんて無計画なわけ……、

「持ってないよー」

 持ってないんかいっ!!

「センセイ、ワタシコイツナグリタイ。シンチョウガ8センチグライノビルマデナグリタイ。ナイタアトモナグルノヲヤメタクナイ」

「オイ、ヤメロ。ソウスレバタイガクエンドダゾ」

「あははっ、おもしろいねー」

「「……」」

 なんというか、どこまでもマイペースなやっちゃ。逆にこちらの毒気が抜かれたぞ。現代のストレス社会を生きるお父さん方、一家に一台小川優花をどうですか? こりゃ買わない手はないぞ。

「もってないけど今日買うよー」

 明るい声でのんびりと言う。

「買うって……、お金持ってるの?」

「えーとねー、ちょっと待っててー」

 小川はポケットに手を入れる。

「あれれー、お財布どこにやったんだろー?」

「どうせ鞄じゃないの?」

「あ、落としちゃいけないってお母さんに鞄に入れなさいって言われてたんだあ。ゆうかったらうっかり屋さんだー」

 手で拳骨を作って頭をたたく。

「ハァハァ、センセイ、コイツクッテイイカナ?」

「セイテキナイミデカ?」

 抑えてください。自分を見失ったら負けですぞ。

「あったぁ。ええとねえ、これだけあれば大丈夫かなあ?」

 そう言って小川が財布から取り出したのは、

「ひぃ、ふぅ、みぃ、ぎょうさんあんまんなぁ」

「ほんまでんがなぁ」

 本場の人が聞いたらドツキまわされそうな関西弁をつい話してしまった。それほどまでに、

「もしかして足りない?」

 諭吉さんたちの山でした。

「大丈夫よ! 問題ないわ! さ、楽器屋に行きましょう!!」

 急に元気になった神楽は、小川の手を引いて走り出す。なんか嫌な予感しかしないんで、僕も彼女らを追いかける。

「これだけあれば……、ウェィヒヒッ!!」

 凄い笑い方だな、今の。



――



「さあ、着いたわよ!!」

「わあ、楽器屋さんだあ」

 僕たちがたどり着いたのは、

「ようこそ! 神楽楽器へ!!」

 やっぱりそう来たかああああああああああああああ!!!!!!!!!

「ここお前んちじゃねえか! 楽器屋だけどお前んちじゃん!」

「なにを言ってんだか。ここは神楽楽器であって、神楽凛子とは何の関係もございません」

 この町に神楽なんて珍しい名字がお前ら以外にいるわけねえだろ!!

「あー、分かったぞ! お前が何をしたいか分かったぞ!! じっちゃんの名にかけてまるっとすべて真実はいつも一つのQ.E.Dで問題解決勝訴だよ!!! 小川が楽器に関しての知識が疎いことをいいことに、巧みな営業トークで子供向けの練習用ヴァイオリンを買わす気だな!!! 値札に0を三つぐらい付け加えるつもりだろ!!」

「ウィェヒヒッ!!」

 大丈夫か? いろんな意味で……。



――



「バイオリンがいっぱいだぁ。どれを買えばいいんだろー?」

 小川さん、僕を見てもヴァイオリンのことはさっぱり分かりませんよ? こういっちゃ怒られるんだろうけど、どれ見ても一緒に見えるんだけど……。

「初心者に向いている楽器というと、いかに脱力して弾けるかって言うのが課題になるの。初心者だから安価な楽器を買うって人も結構いるけど、私からしたらもったいないと思うわ。そうね、例えばこれ」

 神楽がとりだしたのは、艶やかな茶色と流れるような形が美しいヴァイオリンだった。

「これはメイドインチャイナなんだけど、一般に中国産って低価格低品質だと言われがちじゃない? けどこいつは一味違うわ。中国産の低価格を武器にし、さらに初心者が使っても癖なく良い音が鳴らせるという優等生よ。一つ一つ手作りにこだわっているからいつもは注文しても待って貰うことになるんだけど、幸い今回は在庫にあったから出してみたってわけ」

 言われた通り、中国産ってあまり良いイメージがなかったりするんだが、見た目に手抜きも感じられないし、イタリア産のヴァイオリンと言われても違和感がないので騙されてしまいそうだ。

「ま、一回どんな音を奏でてくれるか実演した方がよさそうね」

 慣れた手つきでヴァイオリンを構え、弓をセットする。

「曲は、そうねG線上のアリア」

 神楽は曲名を言うと、弓で楽器を撫で始める。なるほど、結構様になってるじゃないか。普段は元気いっぱいの神楽とは打って変わって、ヴァイオリンを操り艶やかな歌を歌いあげる彼女はとても美しく思えた。神楽の想いが、気持ちがヴァイオリンを通して伝わってくる、そんな気がした。

 アリアを厭らしいぐらいに弾き切った神楽はこちらに礼をする。思わず僕は拍手をしてしまう。

「すぅ……、すぅ……」

 こいつにクラシックは無理なんじゃないか?

「寝るほど退屈な音楽家、それとも心地よい音楽だったか、実に気になるわね」

 神楽さん、青筋立てないでください。

「すぅ……、ふぇ?」

 小動物みたいにかわいらしい声をあげて小川は覚醒する。

「あははー、心地よくてついついウトウトしちゃったよー」

 よかったな、後者だぞ。だからシンバルを頭の上に構えないであげて!!

「大丈夫よ……、峰打ちにするから……」

 シンバルに峰なんかあんの!?



――



「にしても流石にこいつは高いんじゃねえの? いくらメイドインチャイナだからってさ、ちゃんとお仕事に見合った金額払わないと怒られるぞ」

 一つ一つハンドメイドと言っていたぐらいだ。これで30万だったら国際問題になるんじゃないの?

「残念、不正解! なんと30万もしません!!」

「な、なんだってー!!」

 これで30万もしないとかお買い得じゃないのか!?

「そうね。だから人気商品なのよ。意外かもって言ったら失礼だけど、北京ヴァイオリンってクオリティが高いのよ。特にこれは素晴らしいわ。ストラディバリの隆起を見事に再現しているし、何より初心者にお勧めされる理由は力を抜いて弾くということが出来る楽器、音が鳴ること、音を鳴らすことを教えてくれる楽器ってところかしら。さっきも言ったけど、私からしたら初心者こそ思い切っていい楽器を買うべきだと思う。確かに初めのうちは、良い楽器を使ってもその楽器の性能を充分に使いきることはできないと思う。でもだからといってそれが無駄になってしまうわけじゃないわ。楽器に、良い音というものを、毎日、無料でレッスンしてもらえるんだから。言ってしまえば、、良い楽器は第二の教師なのよ!! さて、難しい話はこの辺にして、一回弾いてみた方がよさそうね。小川さん、ちょっとおいで」

 よくあんなに見事な宣伝をなにも見ずに言えるもんだ。僕も買いたくなってきたじゃないか。

「ヴァイオリンはこう構えて、あー、それ逆! そうそう。そんでもって弓を構えてっと。あら、結構似合ってるわよ」

「えへへ、そうかなあ」

 服屋の店員がよく似合ってますなんて言うようなもんで、実際は合成写真みたいなもんだろと思ったが、ヴァイオリンの小ささが意外と小川にピッタリで違和感が無い。

「で、弾いてみましょうか。この弦を解放状態で弾くとソの音が鳴るわ」

 ドじゃないんだな。

「ヴァイオリンはG線(ゲーせん)から始まるからね。Gって言うのはドレミで言うソってこと。気になるならこれでも読んでて!」

 神楽はこっちを見ずに教則本を投げてくる。扱い雑だなぁ……。まあ時間つぶしにはなるかな。



――



「意外とやるわね……。もうスケールをマスターしたのね」

「先輩が弾いたとおりに弾いただけだよー」

「この子まさか……、考えすぎか?」

 どうやら学生組は即興ヴァイオリンレッスンが終了したようだ。さて、小川は気に入ったのか?

「ゆうかこの楽器買いたいなあ」

「他にもあるけど……、本当にそれでいいの?」

「うん! この子がいいなあ」

「よし来たっ!! 御会計こちらになりまーす!!」

 どうやら商談成立のようだ。後はフェアトレードであることを祈るだけだ。

「一括払いでお願いしまーす」

「はいはーい! あざーしたー! 修理とかメンテの時は神楽楽器をよろしくっ!」

「先生、先輩ありがとー。わたしサラを大切にするねー」

 サラ? ジョンのお母さんか?

「あの楽器サラサーテって言うのよ。だからサラなんじゃない? ま、楽器に名前付けたら愛着わくって言うし、別に良いんじゃない?」

「へえ。サラを大事にしろよな?」

「はーい。さよーならー」

 最後まで自分のペースを保ちながら、小川は新しい世界に飛び込んだのであった。



――



「ってアイツ財布忘れてるぞ!!」

「落し物は預かりますねー」

「お前にだけは渡したくねえ!!」



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