今夜星を見に行こう~Night on the Galactic Railroad~
さて、夏の大三角形や冬の大三角形と聞くとメジャーだが、春の大三角形となると知名度が下がってしまう。試しにネットで調べたら、ウェブサイトの量も前の二つに比べて少なかったのが証拠だろう。
しかし、「春の」と言うと、春のパン祭りやら春の祭典が有名だろうが、天文的には春の大曲線が有名だろう。春に東の空高くにのぼっているおおぐま座にある北斗七星のひしゃくの柄の部分を、カーブに沿って伸ばすと、うしかい座のアルクトゥールス、おとめ座のスピカの一等星が見つかる。それを繋げると春の大曲線の出来上がりだ。気になる人はプラネタリウムに行くなり、春の夜道を散歩してみるなりしてみたら良いだろう。言葉で説明してもらうより、自分自身の目で見た方が感動も倍増だろう。
春の大三角形はどこにある? って話しだが、アルクトゥールスとスピカを繋げて三角形になる星を探せばいい。そこで見つかるのがしし座のデネボラだ。この三つを繋げて春の大三角形という。ちなみに、この三角形は結構でかいため、広角レンズを用いても、ギリギリ全部入るぐらいだったりする。
「こう君星に詳しいんだね」
「僕が詳しいんじゃなくて、先代の部長様が天体マニアでさ、何かと知識をひけらかしてきたから覚えちゃったってわけ。伊織も似たり寄ったりだけど、アイツはアイツで自主的に調べたり、プラネタリウムを作ったりで色々勉強しているみたいだよ」
「顧問なのに詳しくなくていいの?」
「たまにはそういうのもいるさ」
今夜星を見ましょう。天文部部長の提案によって山本五十鈴の体験入部が執り行われた。僕も顧問だから学校に向かっているのだ。
「私星をじっくり見るの初めてなのよね。折角作った望遠鏡も使わなきゃ粗大ごみだし」
さて。何で部員でも体験入部生でもない姉さんもいるのかというと、
「伊織ちゃんと夜で二人っきりなんてアニマルにならないわけがないわ!! お姉ちゃんも同行します!」
てな具合で、いっちょ前に保護者を気取っているのです。
「まあ伊織も大人数で星を見る方が楽しいって言ってるからいっか。でも天文部なんて基本的に僕と伊織の二人っきりだぜ? そんなに保護者名乗るなら天文部に入部したら良いのに」
姉さんのことだから、天文部室に来ると思ってたんだけどな。
「ま、お姉ちゃんには色々やることがあんのよ」
どうやら入部する気はないそうだ。
――
「美桜さん、こんばんは」
「伊織ちゃん、こんばんは」
「先生、無事だったんですね」
「あぁ、おかげさまでな。当分お手洗いには行きたくないな」
伊織が去った後、野郎達を恐怖のどん底に陥れたアベさん×5との鬼ごっこをするはめになってしまった。逃げても逃げても予想外の所から出てくるし……、質量保存の法則を軽く無視してたぞ? 今なお尻を狙われてんじゃないかと思っているのに。
「まあ三年もすれば良い思い出になりますよ」
ぜってーなんねえよ!!
「すみませーん! 待たせてしまいましたか?」
僕らに遅れて山本がやって来る。時間を見るとまだ10分前だ。
「んなことないぞ。僕らが早過ぎただけだ。予定より早く着いたから今から行くか?」
「そうですね。それじゃあ今から体験入部を始めます! それでは屋上に行きましょう」
僕達はこの学校で一番星が見える屋上へと向かうことにした。
――
崎高の立地は山の方にあり、通学の面としてはチョットばかり坂を上がる必要があるので辛いが、星を見るとしたらなかなかの好条件だ。流星群の日には屋上に沢山の侵入者がやって来たりもする。まあ天然のプラネタリウムみたいな所だ。
「ここに来たのはあの日以来だな」
あの日――姉さんが10年前から時を越えてやって来た日。今では姉さんも自然にクラスや学校に溶け込めているから忘れがちだが、姉さんは本来この時間に生きる人間じゃない。これがもしSF映画とかだったら、タイムパラドックスやらなんやら小難しい話や副作用的なのがあるのだろうが、今のところ目立っておかしなことはない。小説は現実より奇なりってことなのかな?
「それじゃあ準備しますので山本さんと美桜さんはパンフレットを読んでお待ち下さい」
伊織はお手製のパンフレットを二人に配ると望遠鏡をセットしだす。あっ、そうだ。
「伊織、姉さんが開発した望遠鏡があるんだけど……」
「開発した? 見たところ普通の望遠鏡ですが」
組み立ててみると、まあ一般にある望遠鏡とさほど変わらない気がするんだけどな。
「まあ、そいつは使ってからのお楽しみってことで」
一体どんなギミックがあるのやら。まさかウルトラの星まで見れるとか?
「僕はセブンが一番好きです」
「立場的には80って答える方が良いのかな?」
「私はティガが一番ですねー」
「私は断然こう君!」
こう君幸せものだねー。三分間しか活躍出来ないのかー。
――
「さて、そろそろいい時間ですね。山本さん、春の大三角形はご存知ですか?」
「えーと、スピカとアークトゥルスとデネボラを結ぶとできる三角形でしたっけ?」
「そうですね。人によったらアークトゥルスはアルクトゥールスって言ったりもしますけど」
このまえ誰かがアルクトゥルースって自慢げに語ってたけどな。騙るの間違いか。何だよ歩く真実って。F-1かっての。
「春の星座というと、秋のそれよりかは多いですけど、意外と少ないんです。詳しくはパンフレットにも書いてあるので割愛させていただきますが、春の星空って言うのは銀河の円盤に垂直な方向にあるので星座の量が少ないんです」
「まあなにより実際に星を見て見ましょう。折角ですので伊織さんの望遠鏡も使わせていただきます」
山本は姉さん作の望遠鏡に目を通す。
「なにがちが……って嘘!?」
突如山本は仰天したような声を上げる。
「どうした!」
山本が見ていた望遠鏡を覗くとそこには……。
「……、姉さん、なにこれ?」
望遠鏡が映し出したもの、それは……。
「いやー、プラネタリウムに行ったときに面白星座ってのがあってね、ついつい私も作っちゃったんだ。面白望遠鏡を。いやぁ、なかなかの自信作なんだけどどうかな?」
「凄いのは認めるよ、確かにこれは凄い」
何が凄いかって? 望遠鏡を覗くと、勝手に星座を線で結んでくれるのだ。あれがデネブ、アルタイル、ベガ、君が指さすなんとやらみたいな感じで。なるほど、これなら初心者でも春の星座を見つけることが容易くなるわけだ。
「って僕が言いたいのはそんなんじゃなくて!! 何この星座!?」
姉さん、これはちと高機能すぎませんかね? 自動で星座を点で結ぶまではいいのだが、六等星レベルの星々まで巻き込んだ結果、
「いざこ座ってなんなの!? ギャグか!? ギャグのつもりで言ってんのか!?」
いや、たしかに神話なんていざこざやら喧嘩やらって内容も多いけど!!
「スピカとアークルトゥスの間に銃弾飛び交ってるじゃねえか!!! 何が起きたのこの夫婦星!!!」
「浮気?」
「ロマンティックもへったくれもねえええ!!!!!!!」
夜空にむなしく僕の叫びがこだまする。
――
「さて、春の星座を見るうえで一つ見逃せないのが銀河ですね。かみのけ座からおとめ座にかけての集まりはすごいの一言に尽きますが、そうですね。今回はりょうけん座にあるM51、子持ち銀河を見てみましょう」
伊織はそう言って望遠鏡を調節する。M51ってなんかカッコいいよな。
「姉さん、M78星雲ってホントにあるんだぜ」
「そうなの? ウルトラの星って実在するんだ……。ちょっと感動」
実際のところはM78星雲はガスの塊だから生物がすめないんだけどね。
「山本さん、望遠鏡を覗いてみてください。きっと感動しますよ」
山本は言われるままに望遠鏡を覗きこむ。
「凄い……」
彼女が発した言葉はたったそれだけ。でもそれだけの言葉にどれだけの思いが、感動が詰まっていたのだろうか? 深くを語る必要もないか。
「……」
こうして時間は過ぎてゆく。彼女は星の海で捕まえる事が出来たのだろうか。自分だけの一等星を。
――
「伊織さん、今日は本当にありがとうございました!!」
天体観測も終わり、撤収作業をしていた僕らに山本が話しかける。
「私、今日は本当に素晴らしい経験をしたと思っています! それと同時に悔しいんです。今までこんな世界を知らなかったなんて……。伊織さん、私天文部に入部します!!」
「山本さん……」
伊織は少し考えて、
「まあ星が好きな人を拒む天文部なんてありませんからね。山本さん、よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします!!」
ぶんっって音がするぐらい大きくお辞儀をする。
「私も忙しくなければ天文部に入りたいんだけどね」
姉さんは小さく笑い呟く。
「さ、帰ろうか!! 今日は山本さんの入部祝いってとこでこ、先生が奢ってくれるよ!!」
「ちょ!!?」
「じゃあ私イタ飯食べたいです!!!」
「いいですね! 私少しいいところ知っているんですけどそこに行きませんか?」
「「さんせーい!!」」
「僕の人権はああああああ!?」
まあ、こんな日もありかな。
――
「あの……、伊織さん、マジスンマセン」
「感謝の気持ちは、エクレアで!」
この日、私南雲航は、教え子からお金を借りました。




