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ぷろろーぐそのよん そして彼女は~Lonely happy birthday~

 10年後の僕に会いに行きたい。という果てしなくしょうもない理由(少なくとも姉からしたら死活問題らしいが)だけで、姉はタイムマシンを完成させた。というか高校入学前の女子がどうやってタイムマシンなんか発明したのか?なんて質問はこの人にとっては無価値だった。聞いたところで返ってくる返答は、

「だって私はお姉ちゃんだし! 不可能なんかないのだよ!」

に決まってるし、いつ発明したのかと聞いてみても、

「えーと、学校の休み時間とか、学校がない日は家で作ってたよ。3年もかかったけど」

って返ってきた。まったく、この人は全世界中の科学者に喧嘩を売っているのか。3年で出来たら凄いだろうに。  

 このように、うちの姉に対してはそういう細かいことをいちいち気にしたら負けなわけです。「どうやってタイムマシンを作った」という過程云々より、「タイムマシンがそこにある」という事実の方が重要なようだ。映画みたいなものだと思う。かの有名なSF映画だってタイムマシンが出来るまでの話云々よりも、タイムマシンを使って過去に行ったり、未来に行ったり、時には西部劇の世界に行ったりという冒険がメインになるでしょ? だから同じように、彼女の発明品は結果さえ見ていればいいのだ。秘密道具の作られる過程なんか退屈だろうし、もし説明されたとしても、僕にそれを再現することは出来ない。

 だからこの10年間僕らは待つことしか出来なかった。一度叔母のつてで、タイムマシンの「特許」をとったという学者様に姉のタイムマシンのレポートを見てもらったことがある。学者の出した結論は「馬鹿げてる」の一言だった。学者の言う理論とかは何一つ分からなかったが、少なくとも姉のレポートでは10年後へのタイムスリップは難しいとの結論が出た。それ以降、こちらから出来ることは待つことしかないという結論に至り今日に至るわけだ。もし姉が帰ってきたら件の学者様と討論をして欲しいと思う。

 もちろん帰ってきたらの話ではあるけど。




「あ、流れ星。えっと、世界平和、世界平和、世界平和! 先生、これで世界は平和になりますよ?」

 伊織の声で現実に戻らされる。流れ星か、世界平和はいいんだけど、伊織も華の女子高生なんだからさ、自分の欲望に忠実な願い事をすればいいのに。

「自分で言うのも恐れ多いですけど、僕は恵まれているほうですからね。それに、本当に欲しいものは自分の力で何とかしますよ。だからこそ、自分ひとりでは実現できないだろう願い事をする方が良いんですよ」

 妙に達観した答えが返ってきた。流石お嬢様。伊織ちゃんマジ聖母。

「せめて聖女にしてくださいね。僕は聖母なんて歳ではないですよ」

 よーし、もう僕は突っ込まないぞ。むしろ気にしちゃ負けだ。目指せ、脱サ○ラレ。

「だから先生、心の声が駄々漏れですよ?」

 ……自分のペースでがんばってみよう。

「まあ、そこまで気を落とさなくても大丈夫ですよ。あっ、また流れ星! 先生も何か願いませんか?」

 流れ星か。そういやあの日もこんな感じに星降る夜だったな。僕の意識は、再び回想の中へと沈んでいく。






 10年前の3月31日 御崎原高校 屋上にて


「さぁ、いよいよ世界が変わる瞬間がやってくる!! こう君は歴史的瞬間の生き証人となるのです!」

「お姉ちゃん、本当にやるの?」

 僕はお姉ちゃんにそう尋ねる。ブラコンやら変態素人発明家とかなんだかんだ言ってもたった一人の姉なのだ。ここ最近は残念なことに変態的な思い出しかないけど、それでもお姉ちゃんは僕の事をいつも守ってくれた。何があっても味方でいてくれた。その事実は変わらない。だから僕は少しの希望を持って聞いた。タイムマシンなんか止めてくれたら良いなって。そう答えてくれたら嬉しいなって。

「もちろんよ! 何のためにタイムマシン、その名も「未来で待ってる君1号」を完成させたと思っているの!? それは未来のこう君に会うため! そして未来のこう君とシッポリムフフフフ……、やばい、想像するだけで鼻血が出てきた」

「はい、ティッシュ」

 やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんでした。安定の変態。弟としていたたまれない気持ちになります。そして、そのネーミングセンスはどうなんでしょうか。あまりにもそのまま過ぎやしませんか?

「あぁ、こう君ありがとう。ご褒美にギュ―ってしてあげる!」

「それどちらかというとお姉ちゃんへのご褒美だよね!?対象を間違えてるよ!?って胸が当たる!!」

「ギュー、ああ、ああスーハー、スーハー、全身にこう君成分が行き渡っていくよ!!こう君で満たされちゃうよ!」

「誰かー!!助けてくださーい!お姉ちゃんに捕食されちゃう!」

 力を振り絞り何とか拘束を解く。まったく油断もすきもあったもんじゃないよ。黙っていたら自慢のお姉ちゃんなんだけどなぁ。どうして天はお姉ちゃんに常識というものを与えなかったのだろうか? 恨みますよ?後、何ですか。こう君成分って。

「説明しよう! こう君成分とはその名の通り、こう君に抱きついたり、こう君と話したりすることでお姉ちゃんに蓄積される素敵成分だよ! ちなみに私の体の80パーセントを構成しているから欠乏すると大変なことになるの」

「なにその変態成分!? あと水分より多くね!?」

 本当にこの人は人間なんだろうか……なんか色々進化の過程を間違えていると思うんだけど。姉離れできるかなぁ……。

「ひどい、お姉ちゃん離れだなんて……。こう君をそんな子に育てた覚えはありません!!少し前まで一緒にお風呂に入ったり同じ布団で寝ていたのに……。お姉ちゃんのお婿さんになる! って言っていたのは嘘だったというの!?」

「お婿さんになりたい! なんていつの話だよ!? というかこの年になってお姉ちゃんと一緒にお風呂入ったり一緒の布団に入って寝ないといけないなんて恥ずかしいよ!!社会の常識とか言ってたよね!?修学旅行で姉離れできないシスコン疑惑が立っちゃったよ!僕来月から中学生だよ!? そして人のモノローグ読まないで!!」

「違いますー! 南雲家はお姉ちゃんと弟は常にべったりしていないと死んでしまう一族なんです!! だから中学校のときはクラブにも入らないでこう君との愛の時間を満喫していたのよ!」

「聞いたことのないよ! そんなシスコン上等な変態一族だなんて!!お父さんと叔母さん見てもそんな素振り全くないよ!? 勝手な因縁作らないでくれる!? 後、一応聞くけど、「愛の時間」って姉弟愛だよね? あ、姉弟って姉と弟のことであってド○ンと東○不敗の愛ではないからね?」

「確認しなくても分かっているよ! そりゃあ愛っていったらお姉ちゃんが弟に向ける普遍的な愛のことよ? 庇護欲とかそういったものでしょ?」

 ここで男と女の関係とか言われたらどうしようかと思ったよ。ほっと一安心。したのも束の間、

「全ての姉という生命体は弟という最も近しい異性を愛し庇護するものなのよ。」

 おや? 雲行きが怪しくなってきました。

「つまり!! お姉ちゃんがこう君に溢れんばかりの愛情を向けるのも姉の宿命! そして私はこの宿命をあえて受け入れることにした! さぁ、こう君、共に運命を背負いましょう!! 二人で背負えば軽くなるよ!!」

「断固拒否します!!」

「かーらーの?」

「だが断る!」

 やっぱりお姉ちゃんは残念な美人でした。なぁ、中村。お前、いつも美人な姉がいて羨ましいやら文句を言うけどさ、欲しけりゃくれてやるぜ?こんな姉でよければ、しかも今なら1万円で。と心の中で考えていたら、

「嘘……こう君がお姉ちゃんを他に売り飛ばそうと考えているなんて、しかも1万円というお値打ち価格で……」

 見る見るうちに姉の綺麗な顔が絶望に支配されていく。あれっ?もしかして口に出ていた?

「私、こう君以外のお姉ちゃんになるぐらいなら……生きている理由なんかない。飛び降りてやる!!」

 そう叫んで姉は屋上から身を投げ出そうと……って待たんかい!!

「何で自殺しようとしているの!?」

「だって……こう君が私を愛してくれないのならこの身を投げ打つしかないわ!! 止めないでこう君、来世でまた会おう!」

「現世でおなかいっぱいだよ!! 早まるなぁぁぁ!!!」

「こう君、どいて、私殺せない!!」

あー、この女めんどくせぇぇ!! 家族の顔が見てみたいわ! って僕か。ってやってる場合じゃない! 靴まで脱ぎやがってるし! そしてリアルタイムで遺書まで書いてる!!

「ああーもう!! 愛しているから! ものっそい愛しているから!! お姉ちゃんはいつまでも僕のお姉ちゃんだから!! 未来に行くんでしょ? だから飛び降りなんて真似は止めて!」

「今、愛してるって言ってくれた?」

「愛してます!! だから遺書を捨てて靴を履いてこっちに来てください!」

「まだこの世界に希望はあったぁ!!」

 絶望が希望に変わる瞬間を見た。悲しみの涙はうれし涙に、地獄は天国に。見事な変わり様だ。そしてお姉ちゃんは抱きついてきた。その勢いに負けて押し倒される形になる。ってこれは拙くないですか?

「えへへへ、こーくん! だーいすき!」

「だからって急に抱きつくなよ!! そして当たってるから! 胸が積極的に僕に当たってるから!」

「あててんのよ」

「出来れば消極的にお願いします!!」

 姉と弟の夜は更けていく。




 屋上でのひと悶着をなんとか収めた僕は一息をつける。ふと思ったら自殺をすんでのところで食い止めた経験のある12歳ってそうそういないと思います。そしてなんというか、お姉ちゃんの豆腐メンタルには苦労させられます。そう考えると、お姉ちゃんの弟をやっていけるのは、世界広しといえども僕だけではないかとも思えてきた。

「こう君、ごめんね。つい取り乱しちゃった」

「ついってレベルじゃなかったけど怪我しなくて良かったね。落ち着いた?」

「うん。ありがとう、こう君。」

 前も思ったけど、普通にしていたら美人で、何でも出来る自慢のお姉ちゃんなんだけどなぁ。チート性能の代償は余りにも大きすぎたな。

「さて、こう君との楽しい時間も過ごせたし、そろそろ行こうかな?」

 お姉ちゃんはそう言いながら立ち上がるとタイムマシンのところへ向かう。「行かないで」そう言おうとした時、

「私にとってはつい一瞬のことかもしれないけど、次にこう君が私に会うまで、10年間もある。その間に色々経験すると思うんだ。辛い事も、楽しいことも。もしかしたら、何らかの罪を犯して警察のお世話になっているかもしれないし、お姉ちゃん的には一番つらいけど誰か好きな人が出来て家庭を作っているかもしれない」

「お姉ちゃん……」

「今はまだ私のほうが身長が高いけど、3年もすればこう君の方が高くなると思う。次会った時は見下げられちゃうのかな。ふふ、ちょっと悔しいな」

お姉ちゃんは笑いながら言う。月明かりに照らされたそれは余りにも綺麗で、まるで月に帰るお姫様のようだった。

 僕は何もいえなかった。たった一言、行かないで、もっと一緒にいてって素直に言えばよかったのに。

それすらを許さない程、お姉ちゃんは一番綺麗だった。多分これから出会う女の子の誰よりも。

「こう君、ちょっと10年後に行ってくるね」

 待ってよお姉ちゃん。行っちゃ駄目だよ――僕を置いて行かないでよ。

「それじゃこう君、行ってきます」 

行かないで、美桜お姉ちゃん……


 お姉ちゃんの周りを光が包んでいく。そりゅうし?とか言う物なんだろう。手を伸ばせば届く距離にいたはずの彼女の姿が薄れていく。

「お姉ちゃん――」

今にも消えそうなお姉ちゃんは口を開いた。それが最後に聞いた言葉だった。

「こう君、ハッピーバースデー」

そして光が強まり……


ハッピーバースデートゥーユー ハッピーバースデートゥーユー ハッピーバースデーディアこう君♪

ハッピーバースデートゥーユー


 屋上に残っていたのは僕と姉からのプレゼントだけだった。


 2001年4月1日 南雲航 13歳の誕生日


 



 それ以来、誕生日はあまり好きじゃない。

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