名前を捨てたい男~L'homme qui veut abandonner le nom~
今日は入学式のはずだった。これから3年間をこの学校で過ごす子供たちの入学を許可し、これからの活躍を願う、とある先生の言葉を借りると、厳かに行われるべき行事だ。そもそも学校で一番最初に訪れるイベントだしな。その後に歓迎集会でも開くなら開いたらいい。別に羽目をはずし過ぎない程度なら何をしても笑って許されるだろう。決闘ショー? お好きにどうぞ。でもね、それは入学式を無事に終わらせた前提でやってください。
「香取理奈の決闘の申し入れは受け入れられた。故に決闘を許可する。しかし、今は入学式だ。面白かったから私はかまわないが、この後用事のあるご家庭もあるだろう。予定より時間が押しているもんでな。もっとも後は教師陣の紹介なんだが、とてもじゃないが出来そうにないな。準備していただいたところ悪いが、以上を持ちまして、入学式を閉会いたします。保護者の皆様はそのまま席にお座りください。いくらでも文句を聞きましょう。新入生諸君は順次自クラスに戻ってください。それでは、新入生が退場いたします。皆様、盛大な拍手でお送りください」
……パチパチパチパチパチパチ
とても拍手が出来る状態でもなかった気がするが、それでもどこかで拍手が始まると皆それに釣られて拍手を始める。そして最終的には体育館中を拍手の雨に包まれる。これからの彼らの活躍を祈って僕も拍手をする。……はぁ、クラスに戻りたくねえなあ。
――
「えーと、これからホームルームを始めます。後僕は今この時点を持って南雲航の名前を捨てるので、欲しい人は僕の名前と交換してください。どうですか? 伊藤君。今なら決闘の人質って言うオプションがつくけど?」
「いや、結構です」
「ですよねー。まあいいや、んじゃプリントやら必要なもん配るから前から配ってくように。もしプリントが余ったら後ろの棚においておいてくれ」
努めていつも通りにホームルームを始める。教室内を見渡すと一つだけ席が空いている。多分今頃理事長室で絶賛お仕置き中なんでしょうね……。あの理事長の場合、入学式をハチャメチャにしたことよりも、
「二人とも、何でそんな面白いことを私に言わなかったのだ!! 言っていてくれたら体育館に闘技場の一つや二つ用意したというのに!」
楽しんでそうだな……。
「南雲せんせーい? 何黙りこくってんですかあ?」
「南雲? だめじゃないか、同級生のことを先生というなんて」
「いや、先生の事言ってんですけど……」
「やだなあ、江井ヶ島さん、僕は南雲じゃないよ。僕の事は……、そうだな、北原白秋とでも呼んでくれ」
「ある日せっせと野良かせぎ!? じゃなくて先生! 南雲さんとはどのような関係なんですか!?」
クラス員の9割が僕に視線を集める。ちなみに、残り1割は赤本読んだり夢の中にいたりする。
「どのような関係って……、姪っ子だよ。姪っ子の担任なんて別に珍しくないだろ?」
「いや、十分珍しいと思いますけど……」
腑に落ちない顔をされる。逆に聞こう、どんな関係なら満足するんだよ?
「……奥さん?」
「自分の年齢を確かめてみろ。まだ結婚できるね……んれいもいるな」
そっか、姉さん16歳じゃないですか。
「僕の姉さんの子供なんだよ。この高校に来るにあたって偶然にも僕のクラスに来たってわけ。OK? はい、その話は終わり!! 時間も押してるんでちゃっちゃとするぞ。自己紹介とか委員決めだとか」そういうのは明日するから各自面白い紹介を考えておくように!! 以上! 委員も何もないから出席番号1番伊藤君、終了の合図を」
「って俺!?」
「そう俺。委員が決まるまでだから我慢してくれよ」
「はいはい。えーと、起立」
ガタッ
「着席」
ガタッ
「礼」
ゴンッ!!
「いつの時代のネタだよそれは!?」
――
「南雲、今日は災難だったな」
職員室に戻った僕をキリがニヤニヤしながら迎える。
「まったくだ、いつ二次被害が来るかビクビクしてるよ」
「いいじゃねえか。JK二人がお前を賭けて決闘するってんだ。色男はつらいねえ、ヒューヒュー」
「その口縫わすぞ。色男には色男なりの悩みがあんだよ」
「んだそりゃ厭味か? そうそう、教頭が喜んでたぜ、また賭けの対象が勝手にやってきたって」
ギャンブル狂いもいい加減にして欲しい。
「南雲先生、ちょっと良いか?」
うんざりモードの僕を理事長が呼ぶ。なんですか? 決闘の事ですか?
「まあそれもあるが、今日のパーティーについてだな。美桜には19時に私の家に来てもらうようにしてくれ。準備は君と私と加納先生で行う。それと他に君の嫁も招待している」
僕の嫁? 今彼女いないんだけど……。
「皆まで言わせるな、いつも君といる御令嬢だよ。聞くところによると彼女も美桜の秘密を知っているのだろう?」
「そうですけど……。なんですか、その僕の嫁ってやつは?」
「私から見たらそう見えるんだがな。しかしなんだ、嫁といったら今期はシャニーたん一択だな。」
「そんな関係じゃねえよ! 後誰だよシャニーって!!」
「シャニーたんを知らないのか? 仕方ない、シャニーたんを知らぬ非国民に魅力を存分に語ってしんぜよう。まず最初に断っておくが、シャニーたんは私の嫁だ」
あんた3ヶ月前は別のキャラを嫁とか言ってなかったか? あれか、1クール毎に嫁がコロコロ変わるのか。そんなんだから未だに未婚なんだよ。
「今失礼な事を考えなかったか? まあいい。シャニーたんは現在絶賛放送中のアニメ『アウェイディ』のヒロインの一人で僕っ娘令嬢だ」
僕っ娘令嬢ってどっかで聞いた事がある気がするぞ……。
「まあ萌え豚どもの心を鷲掴みにしたキャラデザ、聞くだけで耳が幸せに癒し系ボイス、さらに所々見せる色気が私をとりこにする。ストーリーにも……」
なんだろ……、完璧にあの人だよなシャニーたんって。峰子さんがひたすらにアニメを語り続ける中、僕は今日の誕生日会に来るという伊織のことを考えていた。